一章〜非望〜 六百七十七話 掴みきれない目的
元黒羽根の拉致に端を発する今回の件、流れとしては拉致の一件を解決する為に黒羽根が動き、それにより直ぐに動ける範囲の黒羽根が抜けた穴を補填する為の人員が必要になる。そこで、予め商会に潜り込んでいた間者が、何かしらの行動を起こす人物を宿の内部に引き入れる。そして、いざ目標と思われる人物が姿を見せた時点で、失敗しても切り捨てる事の出来る実行役の者達を呼び寄せる。その間者によって、内部に引き込まれたのが従業員服の男であり、実行役が二階ですれ違った二人組なのだろう。
おそらく、そんな感じではなかろうかとアレルは考える。なので、自身だけが疑われない所から高みの見物を決め込んでいる奴がいると睨むアレルは、ソイツだけは絶対に炙り出してやると闘志を燃やす。
「それでアレル様、これからどうしますか?」
「そうだな······まずは、そこで寝ている不届者を拘束して、どっか人目につかない所にでもぶち込んでおいてくれ。それと、ルチアーノはこのプルプル震えている奴を連れて従業員の方の内通者を探っていてくれ」
アレルは、初めに襲撃しようとしていた頭巾の男を指差し、次に従業員の服を着ていた男を指差して話す。すると、ルチアーノも察しは良い方なのか、アレルの指示の意図を理解する。
「成る程、確かに服を渡されたこの者ならば、顔や声で今回の一件を画策した人物を特定出来るかもしれませんね」
「まあ、それもあるけれど······コイツの話も本当みたいだし、口封じに殺されるなんてのも少し可哀想だからな。俺かルチアーノの、どちらかが傍にいれば向こうも手出ししづらいだろ?」
「······少々、甘過ぎませんか?」
アレルの沙汰に、ルチアーノは何も知らなくても加担した時点で同罪だと言葉よりも目で訴えてくる。
確かに、ルチアーノの言い分もアレルには理解出来る。しかし、風詠で伝わってくるものの中で唯一、この従業員服の男だけが悪意を持っていなかった。それが判っている為に、アレルの判断は冷酷なものから遠ざかる。
「他の二人からは悪意しか感じられなかったが、コイツだけは本当に何をさせられているのか解ってなかったみたいなんだ。······まあ、そこから考えるに今ルチアーノの持っている皿かフォークに毒でも塗ってあるんだろう。それを知らなかったでは済まされないのも解るが、善人だと判る人間が不幸になるのも見たくない」
「やはり、甘いですね。しかし、私もこの者にはまだ利用価値があると思いますので、それが無くならない間はアレル様の考えに従いましょう」
自身が任された宿で騒動を起こされた怒りもあるのか、ルチアーノはハインリヒの教え子らしく心無い言葉を返してくる。ただ、そこには同期の仲間の安否が不明という落ち着かなさがある事も考えられ、目の前の連中が拉致に関わる者達かもしれないと思うと抑えきれない感情も湧いてくるのだろうと察せられる。
それでも、現状で信頼出来る人間が少ない為に、アレルはルチアーノに冷静でいる事を求める。
「なあ、憤るのも解らなくはないけど······俺としては頼りにしたいから、ルチアーノには冷静な対処をしてもらいたいんだが?」
「······ええ、解ってますよ。こうして、感情的になりやすい所を懸念されて一人だけ外されたのですから」
アレルの言葉に、視線をアレルから外したルチアーノは自虐を口にする。その姿に、やれやれと思うアレルではあったが、従業員の方に紛れ込んでいる人物の目的が少し判らない。
もし、相手側にここに泊まっているのがアリシアだという確信があったなら、こんなその場限りの信用のならない者達に任せず己で行動した方が成功率は上がると考えるはずだ。しかし、それをしてこないという事は確信が無い事の証となり、更に言えばアリシアとの確信が無くとも殺しに来ているという事になる。そんな無差別に殺して、件の間者に一体どんな利益があるのだろうとアレルは考える。
そうアレルが考えている内に、ルチアーノは失神している頭巾の男の処理をやり始める。懐から取り出した縄を使い、両手両足を縛ってから背面でそれらを繋ぐ様にして縄で輪を作りしっかりと結ぶ。
そんな、アレルから見れば嫌がらせにしか見えない縛り方を終えた所で、アレルはルチアーノに声を掛ける。
「なあ、ルチアーノって戦闘力に自信はあるのか?」
「どうしたんですか、突然?」
そうして、頭巾男の拘束具合を確かめていたルチアーノに、アレルは考えていた事の結論だけを訊ねる。だが、そんな風に返されてしまったので、仕方なく事の詳細を説明する事にする。
「あ〜、そうだな······まず、どこかこっちが何者かの確信も無しに殺しに来ている感じがする事から、相手は殺しにも無関係の者を巻き込む事にも躊躇いの無い暗殺者の可能性が高い。それも、······商会と俺達の関係に気付いている連中かもしれない」
「······確かに、羽根の内部情報は知らずとも、誰か貴賓を密かに助けている空気だけは悟られるかもしれませんね」
ルチアーノは、内側に潜り込まれてはいるが、羽根には関わらせていないはずだという言葉を口にする。おそらく、羽根には訓練期間もある為に、その間に色々と調査もした上で信頼出来る人間のみを羽根として登用しているのだろうとアレルは思う。
「まあ確かに、こうして捨て駒を使ってくるあたり、自らが危険な所まで踏み込む様な奴じゃないだろうな。それでも、身を守る為ならなりふり構わず人質なんかも取る可能性がある。だから、そうなる前に片付けられるかって訊いたんだ」
「······そうですね、あるか無いかで言えば自信はありませんね。少なくとも、同期達の班長をしている者よりも私は戦闘面で劣るので」
ルチアーノは、ここで任せろとは言わず正直に自信が無いと口にしてくる。そこについては、アレルも変に見栄を張らずにいてくれて助かるなと感じる。
「解った。それじゃ、内通者の炙り出しには俺も同行する。ただ、その前にソイツの連れが二階の東側にいるみたいだから、それを拘束してから一階へ向かう」
「はい······申し訳ありません。私が、ロバートさん程でなくともせめてメッサーぐらいに戦えればアレル様を煩わせる事も無かったのですが」
「いや、正直に言えば俺だって自信なんかねえよ。それでも、二人いればどうにか出来るだろってだけだ」
そう、戦闘に関しては寧ろ訓練すら受けていないアレルの方が自信なんて無い。それでも、アリシアを守る為に勝利が必要なら是が非でも引き寄せてやるという覚悟がアレルにはあるだけだった。
「まあ、取り敢えず連れに状況を伝えてくる。その間に、ルチアーノは拘束した奴をどこかにぶち込んで、そこの偽従業員に協力を取り付けておいてくれ」
「はい、解りました」
話を終えたアレルに、ルチアーノは頭を下げて返してくる。そうして、その場での後始末をルチアーノに任せたアレルは、アリシアへ注意を促す為の現状説明をしようと自分達の部屋の扉を叩くのであった。




