一章〜非望〜 六百七十六話 忍び寄る影
戦闘においてこそその真価を発揮すると、そういう意味合いで双剣術のアマデウスが伝えてきた通り、アレルは自分だったなら選ばない攻撃法を不審者に対して繰り出した。ただ、それはあくまでも選択肢の提示、現在のアレルの身体能力で可能な範囲で行える最良の方法みたいだった
シープヒルでの、ルクスタニア流剣術古流のアマデウスの様に身体の支配を自動操縦みたく切り替えるのではなく、身体の支配権はアレルが握ったままで例え難しくとも可能な攻撃方法をアレルへと伝えてくる。それも、戦闘中に言葉などではなく刹那の合間に理解を強制させる様な速度でだった。
しかし、それのお陰でかなりあっさりと不審者を撃退出来た事をアレルは感謝する。状況だけを見れば、負傷させられ部屋へ押し入れられてもおかしくはなかった。ただ、今の様な動きが出来たのも以前ロバートから受けた整体術の賜物だと思うと、何故か複雑な思いを感じるのはどうしてだろうとアレルは思ってしまう。
「お、お客様っ!? こ、これは、一体······?」
そこへ、一部始終を見ていたはずにも関わらず事の次第を、トレイに四人分の皿とフォークに切り分ける為のナイフを載せて持ってきた従業員がアレルへ訊ねてくる。
「一体って、見てたなら判るだろ? 部屋の外にいた不審者を撃退しただけだ。こっちは襲われた側で、詳しい事情はコイツに訊いてくれ」
言いながら、アレルは逆手で握ったままの右手のダガーで、意識を失っている不審者を指し示す。しかし、その不審者も頭巾を被り顔下半分を布で覆っていた為に、どこの誰だか判別がつかない。
なので、アレルはダガーの切っ先を倒れ伏す不審者へ向けながら、その顔を確かめる為に頭巾と布を剥ぎ取る。
「コイツはッ──!?」
その顔に、アレルは見覚えがあった。いや、正確にはつい先程見掛けた顔だった為に直ぐに誰だか判った。
それは、アレル達が宿に戻って来た際にすれ違った、夕食を外で済ますか宿で食べるかと話し合っていたとアレルが思っていた二人組の片方の顔だった。つまり、話していたのは宿と外のどちらで仕掛けるかという内容であり、それを夕食の事だと勘違いしたアレルが迂闊だったという事になる。
(瑠璃ッ、そっちは無事か?)
慌てて、不審者が二人組という事が判った瞬間に、アレルは瑠璃へアリシアの無事を確認する。すると、風詠を使用していたせいか、瑠璃の驚いた様子もアレルへ伝わってくる。
──あ、主様っ!? は、はい······ルリの方は何も問題ありません。あの、主様がこちらをお使いになっているという事は、何かあったんですか?
その言葉から、風詠への切り替えに気付いた様子の瑠璃に、アレルは余計な説明は要らないだろうと判断する。
(ああ、でも詳しくは後で話す。取り敢えず、アリシアを狙って近づく気配があったら直ぐに教えてくれ。······まあ、俺の方でも風詠で宿の中も含めて周囲を探りはするけどな)
──解りました、ルリはアリシア様を誘導して部屋の鍵を施錠して頂きますね。
(ああ、頼む)
そうして、色々と察してくれた瑠璃とのやり取りが終わったアレルは、戸惑ったままその場で立ち尽くす従業員へ声を掛ける。
「なあ、コイツ宿の中で見掛けた奴なんだが、連れが少なくとももう一人いたはずだ。部屋はどこだ?」
とはいえ、既にアレルは風詠によって宿の東側でやけにソワソワした気配を放つ人物がいる事を知っている。おそらく、ソイツが先程すれ違った時にもいた不審者の連れで間違いないだろうとアレルは考える。
しかし、今アレルの目の前にいる従業員はこういった事態に対する裁量を持っていないのか、オロオロとどう対応すれば良いか判断出来ていない反応を返してくる。なので、まごついている時間が勿体ないと感じたアレルは、いっその事朱羽根を使ってしまおうとする。
「そこの貴方、何をしているのでしょうか?」
ところが、そこへ一階から不穏な気配を感じてなのか、カウンターを離れたルチアーノが二階へ姿を現す。その事には、風詠で察知していたアレルではあったが、何故かルチアーノは自分の宿の従業員であるはずの者に鋭い視線を向けている。
「ルチアーノ、もしかしてコイツもそこの不審者の仲間なのか?」
瞬間、トレイを抱えていた従業員姿の男はビクッと肩を震わせる。
「さあ······しかし、当方の宿では見ない顔ですね」
「へえ」
ルチアーノの返事を聞いて、アレルはダガーを従業員姿の男へと向けて構える。風詠で、こんなにも近くにいるのに戸惑いしか感じさせない目の前の男を不思議に感じるも、敵ならば容赦はしないとアレルは斬りかかる為に姿勢を僅かに低くする。
──ガシャン!
「す、すみません! お、俺は頼まれて、ただ従業員の格好をしてこれを運べって言われただけなんですっ!?」
そう言って、従業員姿の男はトレイを投げ捨てつつダガーを持つアレルへ向かって、無抵抗を示す為に両膝をついて掌を見せた状態で両手を上げる。
それでも、アレルは簡単に警戒を解かずにいると、降伏した男の後ろから投げ捨てられたトレイを拾ったルチアーノが怒気を隠した表情で近づく。
「······そう言うのであれば、割れ物ぐらいそっと床に置いて欲しかったですけどね」
「ヒッ!?」
その冷ややかな声に、降伏した男は顔を青褪めさせる。だが、アレルとしてはそんな男よりもルチアーノの方へ確認したい事があるので、構えはそのままにルチアーノへ訊ねる。
「まず、何でこんなのが紛れ込んでいるんだ?」
すると、ルチアーノは両手を上げる男の耳元に顔を寄せて表情を失くす。
「······オイ、死にたくなければ今から話す事の一切を耳にいれるな」
「ヒッ、は、ひゃいッ!?」
脅しの言葉を耳元で囁かれた男はビビり散らかし、上げていた両手で耳を塞ぎ亀の様にその身を縮こませる。それで、アレルもダガーを構えるのを止めて、不審者から剥ぎ取った頭巾でダガーに付着した血液を拭ってから右太腿の鞘へと納める。
「申し訳ありません。別件で黒羽根が動いている為に、人手不足を補う人員補充の際に妙なのが潜り込んだみたいです」
「それは、馬車の荷物を下ろす時にもいたか?」
「いえ、流石にそれは私が知っている羽根に限ってやらせました。倉庫の鍵も、私が直接管理しているので大丈夫です。ただ、それで重要人物相手だと悟られた上に私もカウンターを離れていたので、その時にそこで失神している様な者を宿へ引き入れられたのだと思われます」
ルチアーノの言葉から、荷物の方へ何かをされた可能性は無いと判ったアレルは一先ず安心する。しかし、そこから生じた新たな疑念をアレルは口にする。
「それだと、拉致騒動以前の時点で既に従業員側にもコイツ等を纏めて引き入れた奴がいないと成り立たないよな?」
「ええ······でないと、そこのゴミが従業員の服を着ていないでしょうから。私の不手際で、お手を煩わせてしまって申し訳ありません」
ルチアーノの言葉から考えるに、騒動以前にルチアーノが採用した人物達の誰かが今回の黒幕なのだろうとアレルは思う。つまり、現在宿にはこの場にいる二人の他に少なくとも従業員側に一人、客側に一人妙な連中が入り込んでいるという事になる。
ただ、元黒羽根の拉致から始まった一連の流れが、こうしてアリシア達へと届いている事にアレルは変な胸騒ぎを感じてしまう。それでも、自身だけでは焦ってもどうにもならない事から、アレルは目の前の事から片付けるのを優先する。
「謝罪なんて要らない。今は、起きた事に対処する事を優先してくれ」
「はい」
そうして、アレルは不意に訪れた危機に対して、早急に動き出そうとするのであった。




