一章〜非望〜 六百七十一話 近づく距離に
アリシアと、次に見る露店を遠目に探しながらアレルは先程のゴミ問題について考える。
確かに、アリシアに対して話した内容通りの所もあるにはあるのだろうが、この広場が本当にそうなのかというところはアレルにも判らない。例えば、ある場所ではゴミを持ち帰って欲しいと思うが為に敢えてゴミ箱を撤去したら、逆にゴミ箱が無いからとゴミをその場に置いて帰る人が増えたとかはよく聞く話だ。しかし、管理者側の意図を汲んでちゃんとゴミを持ち帰る人達も確かにいる訳で、その辺りは個々人の習慣によるのだろうなとアレルは考える。
そもそも、ゴミを持ち帰るなんて考えすら無ければ、ゴミ箱を撤去する事自体間違っていると憤慨するだろうし、子供の頃から自分で出したゴミは持ち帰ろうと言われていれば例えゴミ箱があろうとゴミは持ち帰るかもしれない。そう考えると、先程の串焼きの露店の串も裏に捨てるか表の筒に入れるかは、それまでの生活習慣に依存しているんだろうなとアレルは思ってしまう。
「あっ、そうだ! ねえアレル、さっきはお金を払ってくれてありがとねっ」
そこへ、不意に思い出したみたいに感謝を伝えてくるアリシアは、言いながらアレルの手を取りそのまま自然と握ってくる。それを、アレルは手を繋ぐ為の口実かと思いつつも、アリシアのやりたいままにさせておく。
「別に、それぐらい今更だから良いよ」
「それは駄目! いつもそうだからと言って、お礼をしないのは違うでしょ?」
「······そうかもな」
「かもじゃなくて、そうなのっ! もう······それに、お金ならアレルに渡されたのもあるし、私だって払えない訳じゃないんだから」
アリシアの言うお金とは、ヘッケルへ入る前に万が一の為にと渡したものだろう。ただ、それは本当に万が一の備えなので、アレルとしてはこんな所で使って欲しくないので軽くため息を吐く。
「あのな······あれも、一応お小遣いで渡した金じゃないんだぞ」
「わ、解ってるよ、それぐらい。でも······アレルのバカ」
と、またしてもアリシアにバカと言われてしまったが、このバカはアリシア的に何かを解って欲しい時のバカだなと、言われ過ぎた所為でアレルは何となくアリシアの意図を読み取り始める。
「······されっぱなしは嫌なんだろ? 大丈夫だよ、解ってるから。でもさ、そういうのは本当に返せる余裕が出来てからにして欲しいんだよ。焦るみたいに返されても、困るだけだしな」
「アレル······解って、くれてたの?」
「まあ、あれだけ言われればどんなに鈍くても、な」
これまで、何度かアリシアとは言い合いの様になる事があったが、アリシアは負けず嫌いでどこか自身と対等でいようとしてくれてるのをアレルは感じていた。そこから考えれば、アリシアがこういった場面での貸し借りを気にする事ぐらい容易に理解出来る。
そして、その感覚は間違っていなかったみたいで、アリシアは悟られまいとしながらもどこか嬉しそうに頬を緩ませている。
「ふ、ふ〜ん······そういう事なら、今はアレルの言う事を聞いてあげる。でも、後でちゃんと返すからねっ」
「ああ、アンネの気の済む様にしてくれ。······まあ、どうせ返してくれるなら感謝とか労いの言葉とかで充分だけど」
「うん······そうだよね、アレルはいつも見返りなんて求めてないもんね」
言われながら、アレルはどうしてアリシアがここまで自身と対等でいようとしてくるのかと思う。身分を考えるなら、本来対等でいようとして頑張る側は自分の方ではないのかとアレルは一言言いたい気分になる。
ただ、アリシアはそんな事を思っているアレルへ更に続けて話してくる。
「アレルって、変に悪ぶったりするけれど本音は全然そんな事なくて、照れ隠しでそんな事してるんだよね?」
「は?」
「私だって、気付いてるよ。アレルが凄く優しくて、自分だって不安だったりするのに他の人を不安にさせない為に無理して明るく振る舞ったり、いつも私達に大丈夫だって励ましてくれてるよね? 自信なんて無いのに、それでも任せておけって私達に言って自分の事を自分で追い詰めちゃう······本当にバカなんだから」
言われて、そんな自覚なんて無かったアレルではあったが、優しげな微笑みを向けながら告げてくるアリシアに何故だか顔が熱くなるのを感じる。
「バ、バカ言うなよッ!? 俺は、別に──」
「うん、アレルがそう言い張るならそれで良いよ。······今は、ね?」
クスッと、誤魔化そうとする自身を笑うアリシアに、これ以上は墓穴を掘るだけだと悟ったアレルは顔を背けて黙り込む。ただ、どういう訳かは解らないが、自分以上に自分の事を解ってくれている誰かがいる事にアレルは形容し難いフワッとした感情を覚える。
「あっ! 次は、あそこを見てみよっ」
しかし、そんな感情を覚えたのも束の間、アレルは何かしら目当ての店を見つけたアリシアに引っ張られてしまう。その先には、この時間にしては少しそぐわない小物などを扱っている露店がある。
「いや、そんなに引っ張らなくても」
「いいから、こっち」
まるで、童心に帰ったみたいに見えるアリシアの行動に、アレルは度し難いなと止める気も無いのに心の中で呟く。ただそれは、もしかしたらアリシアに対して甘くなりがちな自身の気持ちに対しても言った事なのかもしれないとアレルは思う。
そして、露店の前まで引っ張って来られたアレルは、足を止めたアリシアに続いて足を止め露店の商品に目を向ける。そこには、一見綺羅びやかな宝石があしらわれた装飾品が並べられてはいたが、どこか興味の薄そうなアリシアの様子からそれらが模倣品ではないかとアレルは思う。
「うん、アレル他に行こ」
「ありゃ、お嬢さん彼氏に買ってもらわないのかい?」
「はい、私達にはまだ早いと思いますので」
それではと、引き留めようとした露店の店主をヒラリと躱したアリシアは、再び返事が出来なかったアレルの手を引いてその場を後にする。そんなアリシアに、アレルは周囲に聞こえない様に小声で話し掛ける。
「なあ、あれってやっぱり模倣品だったのか?」
「うん、少し懐かしくて見てみたけど······アレルもああいうの知ってるの?」
「ああ、元の世界だと高級な宝飾品を購入すると、普段使いで本物を傷付けない為にそっくりのものを一緒に渡されるみたいな話があるって知識が残ってる」
ただ、それも何かのテレビドラマや漫画などの知識かもしれないとアレルは少し自信なさげに話す。すると、アリシアはそうなんだとアレルへ返して少しだけ自身の話をし始める。
「私は、そこまで欲しい訳ではなかったんだけど、やっぱり人前に出る時なんかに必要になるからって買ったりした時にね、ああいうのも渡されるの。でも、ああいう······本物に対してもだけど、それよりもアレルとルリちゃんから貰ったリボンの方が私は嬉しいかなっ······なんてね」
アハハと、アリシアは言った後で恥ずかしくなったのか、誤魔化すみたいにぎこちない笑みを浮かべる。そんなアリシアに、アレルも微笑みを返しつつ気持ちを言葉にする。
「わざわざ、照れる様な事口にしなくても大事にしてくれてるのは判るから。いつも、色々と伝えようと頑張ってくれてありがとな」
「うぅ〜······アレルのバカ、そういうのは気付いても言わなくて良いのに」
と、更に追い打ちをかけられたアリシアはアレルから顔を背けるも、その視線の先に何かを見つけた様でアレルの手をグイグイと引っ張り始める。
「次はあそこっ、あそこ行こっ!」
「いや、だからそんなに引っ張らなくてもついていくからさ」
そう言いながら、引っ張られる先を確認したアレルは、どうやら次に連れて行かれるのはベビーカステラの様な焼き菓子を売っている所みたいだと思う。ただ、こうしてアリシアに手を引かれて歩くのも、そこまで悪くはないなとアレルは思い始める。
そうして、露店巡りはまだ暫くは続きそうだなとアレルは感じるのであった。




