一章〜非望〜 六百七十二話 世界が変われば物流も
焼き菓子の露店を見た後も、アリシアの興味が尽きるまでアレルは露店巡りに付き合わされる。そうなると、最早二人の間に妙にギクシャクした空気があった事なんて嘘みたいに、アレルは上機嫌のアリシアに振り回されてしまう。
露店は、夕食前だからか食べ歩き向きのものが多く、中には食器の回収を兼ねて露店の隣にテーブルと椅子を出してスープ類を提供している所もある。ただ、聞いていた話では食材なども手に入ると聞いていたので、時間帯によって場所の交換や商品の入れ替えなどが行われている可能性がある。その証拠に、ぶどう酒なんかを提供している店もあって、ほろ酔い気分でつまみを求めて歩く人の姿も散見出来る。
アリシアによると、公国の方ではブドウが生産されている土地があり、公国産のぶどう酒は街道を通って王都へも運ばれているらしい。逆に、シープヒルなどで作られた腸詰めなどが公国や大陸西方へと運ばれる事もある為、露店の中には腸詰めを焼いている店もある。それというのも、交易を担う商人なり商会も商売をするには関税を支払う必要があり、ルクスタニアでは各町村でそれを支払う仕組みらしい。ただ、その支払いに関しては王都の方で上限を割と低く設定していている上に、現物支払いも可能にしているので各地に地方の名産品などが出回る様になっているとの事だった。
「でもね、少しでも利益を増やそうとすれば、出来るだけ町に立ち寄る回数を減らした方が良いでしょ? だからって、野営して町に立ち寄らない商人を狙った盗賊なんかもいて、そういうのから身を守る為に向かう方向が同じ商人同士で商隊を組んだりって、まだ色々と考えなくちゃいけない事はあるんだ」
「まあ、関税の支払いがなければ、外からの商人も仕入れに失敗した品物なんかは安く捌いて手早く儲けを出そうとするだろうけど、それを恒常的にやられると町々の経済が破綻しかねないからな」
「うん、それで町々の商いが上手くいかなくてお店とか減っちゃうと、その町の人の生活に関わるから」
「まあ、そうなると町村を転々とする行商人に負担を強いるしかないって事か」
行商人、所謂旅商人というものは旅をしながら気軽に商売をしていると思われがちだが、実のところは儲けを出す為に常に神経を張り詰めていなければならない。道中は、常に盗賊や魔物に注意しなければならないし、護衛を雇うにしても信用の出来ない所から雇えば裏切られる可能性もある。
その上、扱う商品が多岐に亘れば当然食材にも手を出す訳で、生物を仕入れた場合は食べ頃になる前に売り切らなければならないという緊迫感が生まれる。それ故に、個人の場合で扱う食材は穀物や果物に種実類など比較的長持ちするものが多いらしい。ただ、そうは言っても予定通りにいかないのが旅であり、道中で食べ頃が近づいてしまえばどこかの町で関税を支払ってでも売り切らなければ赤字になってしまう。
その様に、個人でやるにはかなり厳しい行商人だが、だからこそ組合なり商会という組織が生まれた背景がある。そして、そういった商売の仕組みの抜け道として道中で売り買いが出来ず臨機応変には欠けるが、アレルの様な旅人に荷運びのみを依頼するという手法も少なからず成り立っている。
そういう事情があるからこそ、現在アレルがクリムエーラの商材を運んでいる事に不審感が持たれず、更に言えばクリムエーラの様に名の知れた商会からの依頼を受けられる程に信頼されているという事が身の潔白の証明ともなっている。
「だからね、アレルの場合は荷物を運んでいるけれど、立ち寄った町村で商売する訳じゃないから関税の対象外にされてるの。それでも、そういう依頼って大きな所からしかないから、その裏では商会や組合に対して年周期でその分の徴税はしてるんだよ」
「それじゃあ、もし個人からの依頼で荷物を運んで欲しいって言われた場合はどうなるんだ?」
「運んでいる物の種類と量にも依るかな? 流石に、少なくても金とか価値の高い物は駄目だよ。でも、日用品とか食材くらいならある程度は見逃している感じなんだけど、細かい対応は各地の領主に任せている形だね」
この先、果たして今まで通りに荷運びをしているで分岐路を通り抜けられるか不安だったアレルだが、ひょんな事から始まったアリシアの話でどうにかなりそうだと思えてくる。これまで、何故クリムエーラの商材を積んでいるだけで執拗な追及を免れたのか、その疑問にも終止符が打たれた形となった。
ただ、考えてみれば当然と考える事も出来る話ではあったとアレルは思う。アリシア達がいくら女性とはいえ、人一人隠れられる程に大きな樽一杯の種実類を運んでいても怪しまれないのは、商人が運んでいた場合にそれに見合うだけの関税を支払うしかないからだった。だから、逆に荷運びの依頼を受けている体を装っている事で疑惑の目を逸らしやすくもしている。
「やっぱ、それなりに色々とあるんだな」
「······ねえ、アレルの所はどうなの?」
アリシアは、少し前に買った焼き菓子を食べ歩きしながらアレルへ訊ねてくる。その姿に、無垢なお姫様を随分下々の生活に慣れさせてしまったなと、アレルはどこか変な罪悪感の様なものを感じてしまう。
「······どうかしたの?」
「いや、何でもない。というか、俺も自分の所はあまり詳しくはなくてさ、所々間違っているかもしれないけど良いのか?」
「うん、大丈夫だよ」
アリシアの返事に、それならばとアレルは自身に残っている知識を話し始める。
「向こうでは、関税がかけられるのは国家間の移動だけだったな。それは、政から個人間でのやり取りまで変わらずで、国内に入ってきた国が主導の輸入品はその後で卸業者に購入される。そこから、仲買人などを通して各商店とかに卸される訳なんだけど、仲買を通した分だけ輸送に手間が掛かっただけ、その分が商品の値段に反映されるって感じかな?」
「へえ、町毎にとかじゃないんだね」
「まあ、国内に限ってはそこまで価格帯にバラつきがない様に感じるからな。そもそも、関税って国内の生産を守る為に安い輸入品との価格を整える側面もあるだろ。こっちみたいに、生産地と離れた場所だからってそこまで価格に差がある訳でもないし、こっちみたくやってたら流通が滞って大変な事になる」
アレルの説明に、隣を歩くアリシアはふむふむと妙に納得した様子を見せる。
「アレルの方の話は、確かに勉強になるけれど参考にはならないね。当たり前だとは思うけど」
「まあ、魔物なんていないからな」
そう、治安やら流通網など二つの世界では違いが大き過ぎる。それ故に、どちらかの事を参考に何かを変える為の足掛かりになどにはならないだろうとアレルは考える。ただ、そうやって理の違う世界の事を学ぼうとするアリシアの姿勢を、アレルは好ましく感じる。
そんな話をしている内に、広場を一通り見て回ってしまったアレル達はこれからどうするかと、自然に互いの顔を見合わせてしまう。
「まだ、どこか気になる場所でもあったか?」
「う〜ん、特にはないかな? ほとんど食べ物関係で、夕食前だとちょっと······」
カサっと、アリシアは焼き菓子がまだ半分以上入った紙袋をアレルへ示しながらそんな事を口にする。なので、アレルはアリシアから紙袋を優しく奪い取り、中の焼き菓子を一つ自らの口に放り込む。
「······これぐらいなら、クリスへの土産って事にすれば良いんじゃないか? ラスクも、もう無いんだろ?」
「うん······そういう事なら、あと一つだけ回りたい所があるんだけど」
「じゃあ、そこへ寄った後で宿に帰ろうか?」
「うんっ!」
嬉しそうに微笑むアリシアに、アレルは余程気になっていたのだろうと感じつつ焼き菓子の紙袋の口を数回折ってから片手に持つ。そして、そのまま他愛の無い会話をしながら、アリシアが気になっているという露店へと足を向けるのであった。




