一章〜非望〜 六百七十話 張り合い方はそれぞれに
アリシアに手を引かれ、戸惑いを残しながらもアレルは広場へと下りて露店が並ぶ中を歩く。
アリシアに対して、自身の最も弱い部分を晒したのなんてアレルは初めてだった。その際、アレルはそんな情けない部分を知ったのならアリシアは失望するんじゃないかと思っていた。しかし、実際はそんな事にはならずにアリシアは自身の手を引いて前を歩いてくれている。
それが、どこか自身が抱える問題の解決法の糸口すら見えない迷子の様な自分を導いてくれているみたいで、アレルはアリシアから妙な頼もしさを感じてしまう。いつもは逆なのにと、何とも言えない負け惜しみみたいな感情も感じながら。
「あっ!?」
しかし、そんなアレルの前を歩くアリシアが、声を上げて不意に立ち止まる。続いて、自らも足を止めたアレルはアリシアへ声を掛ける。
「どうした?」
「えっ? あ〜、うん······何でもないの。それじゃ、別の所へ行こうか」
アハハと、アレルへ振り返りその場しのぎの笑顔を向けてくるアリシアの背後、アレルはそこに串焼きの露店があるのを見てしまう。そこで、以前目にした事がある豚肉の様な不思議な肉が焼かれているのをアレルは目にする。
「あ〜、赤猪か」
「う、うん······ほら、別の所に行こう。夕食前だし、ね?」
やはり、この辺はアリシアもメリルと同じで魔物食材は駄目らしい。だが、そんなアリシアのお陰で気を持ち直したアレルは、ほんの少し悪戯心を覗かせる。
「いや、でも少し小腹が空いてるから串焼き程度なら丁度良いかもな〜」
「えっ!? で、でも······」
アリシアは、アレルと串焼きの露店を交互に見ながら、どうするべきかと悩む様な仕草を見せてくる。その姿に、メリルみたく頭ごなしに駄目と言ってこないせいか、からかうのが申し訳なくなったアレルは悪ふざけを止める。
「冗談だから、そんなに悩まなくて良いよ。俺だって、嫌なのを知っててわざわざ食べようとは思わないし」
「そう、なの?」
「ああ、イバレラは終始嫌がっていたから食わせる所までやったけど、流石に真剣に悩んでいる人に無理強いは出来ないから」
アレルがそう言うと、アリシアは一旦ホッとした様な表情を見せるも、また直ぐに何かを悩むみたく眉間に皺を寄せる。
「アンネ?」
「······アレルは、イバレラとは一緒に食べたんだよね?」
「へ? あ、ああ······それでも、一本の串を分け合ってだけどな」
ヘッケルでの事を思い出しアレルがそう答えると、アリシアはアレルの手を引いて串焼きの露店の前で足を止める。
「すみません、一本頂けますか?」
「あいよ、中銅貨六枚だ」
それに、アレルはアリシアがどういうつもりなのかを頭で考えながらも、手ではサイドポシェットから中銅貨六枚を取り出す。しかし、ヘッケルで購入した時よりも中銅貨一枚高いのは何故だろうと、アレルは露店の店主に代金を渡しながら思ってしまう。
「ほら、熱いから気を付けな」
「はい、ありがとうございます」
だが、アレルがそんな事を考えている内に店主から串焼きを受け取ったアリシアは、再びアレルの手を引いて人気の少ない裏手へと移動する。
「はい、まずはアレルが食べてみて。えっと······私は、その後で食べてみるから」
そして、足を止めたアリシアは串焼きを差し出しながら、そんな事を口にしてくる。
差し出された串焼きは、以前ヘッケルで口にしたものと同じく三枚の肉が串に刺してある。なので、アレルはその一番上の肉をパクっと咥えて串から外した後で咀嚼を開始する。
「······どう?」
「ん? ······いや、前に食ったのと変わりなく美味いけど?」
それを聞いて、アリシアは多少安心したのか恐る恐るではあるものの、串焼きに口を近づけていきカプッと可愛らしく齧りつく。串に残された肉には小さな歯形が残され、それを刻みつけたアリシアは口の中の肉を咀嚼しながら僅かに目を見開く。
「······普通に美味しい」
「まあ、一応売り物ではあるからな」
そう返すアレルは、アリシアが食べている串を見るが、やはりヘッケルよりも中銅貨一枚高い理由が判らない。なので、最早単純に赤猪の生息地から外れていて食材として多少入手が困難なのだと、アレルは考えても判らない事に勝手な結論を下す。
そんな事を考えている内に、アリシアは串に刺された二枚目の肉を食べ終えコクンと頷く。
「うん、美味しいけど夕食食べられなくなりそうだから、最後はアレルにあげるねっ」
「あ、ああ······」
そうは言うものの、串ごと渡してはくれずにアリシアは串を持ったまま肉をアレルに差し出してくる。なので、仕方なしにアレルは串の肉を自ら迎えにいき最後の一枚を食べていく。
「美味しかった?」
「ああ」
アレルがそう答えると、どこか満足そうに微笑んだアリシアは辺りをキョロキョロし始める。
「どうした?」
「あっ、うん······この食べ終わった串ってどうすれば良いのかなって」
そこから察するに、食べる時は周囲の人間がそうしているのを見て立ったまま食べてはみたものの、いざ食べ終わってみると不慣れな部分が出てきたのだろうとアレルは考える。なので、アレルはこういうのも経験かと思い、アリシアから串を奪うみたいな事はせずに求められた事を教えるだけに留める。
「それなら、その辺に投げ捨てるか、さっきの露店で串を回収して捨てる為の筒が置いてあるからそっちに入れるかだな」
すると、アリシアはアレルの事を咎めるみたいな視線を向けてくる。
「もう、その辺に捨てるなんて駄目に決まってるじゃない。変な嘘つかないでよ」
「いや、嘘じゃないって。足元、よく見てみろよ」
そうして、アレルが指し示す辺りにアリシアは素直に視線を落とす。
すると、そこにはだいぶ薄汚れた串が落ちていて、それなりの時間そこに放置されていた事が窺える。それも、一本や二本ではない事からも常習性を感じさせる光景になっている。
「どうして、こんな······」
「まあ、俺も故郷では拾ってちゃんと捨てたいとは思うけど、これがここのやり方って事かもしれないから変に手出しもしづらいんだよな」
「どういう事なの?」
疑問を投げ掛けてくるアリシアの目は、まるでゴミは拾って捨てるのが絶対なんじゃないのといった意味合いが感じ取れる。それに対して、アレルは自身の視線を周囲の露店へと向ける。
「露店ってさ、それぞれで縄張りみたいのがあると思うんだよ。ここだって、串焼き屋の裏だろ? そこに、こうして串が捨ててあるって事は目に見える形で、それだけの串焼きが売れたって証拠になる。そういうのが、露店同士での······なんつーか、どちらが上かみたいな主張にもなるんじゃないかな? まあ、それでもゴミを捨てるのはいけない事には変わりないから、ここに捨ててく事が出来ない人用に露店の方に串回収の筒が置いてあるんだろうな」
「主張って······そんなの、意味あるの?」
「あるんじゃないか? 少なくとも俺達にはないけれど、露店同士での場所取りなんかには関係してるのかもしれない。こういう場では、場所によって売り上げなんかも変わる事があるしさ。だから、その辺に捨てるのが嫌なら筒の方に入れて他を回ろう。······今晩しかいない俺達が、中途半端な正義感で首を突っ込むべきではないとも思うから」
「うん、解った」
アレルの説明で、おそらく納得はしきれていないまでも、アリシアはアレルの提案を了承だけはしてくれる。そうして、アレル達は露店の正面に回って串を筒に入れた後で、再び露店巡りへと戻るのであった。




