一章〜非望〜 六百六十三話 三種族の関係性
ドノヴァンとラーパ、二人の関係性から獣族や混血についての話を聞いたアレルは、また新たにこの世界に関する知識を深める。しかし、そこには痛ましい過去も関係する為に、知る事が出来た事を素直には喜べない。
ただ、そうして得た知識を改めて振り返ると、少し疑問が残る部分も出てくる。ドノヴァンの妖精族、ラーパの獣族、この二つの種族がヒト族と子を成せるという事は、すなわち三者が遺伝子学的に近しい事を意味している。その辺りは、一体どの様な理屈なのかとアレルは首を傾げてしまう。
「ん? 何か、判らん事でもあったんか?」
そんなアレルに、ドノヴァンが不意に訊ねてくる。なので、アレルは訊いて良いものか悩むが、ここで何も口にしないのも変だと思って自らの疑問をぶつけてみる。
「いや、訊いて良いものか悩むんだけど······子供を作れるって事は、ヒト族と妖精族と獣族ってそれなりに近しい種族なのかと思ってさ」
アレルが元いた世界では、実験で人工的に動植物の交雑種が作られたりしてるが、実は交雑種の第一世代として生まれてくる種にはある特徴が見られる。それが、親種となったものの形質が交雑種にどれ程の割合で表れるかのところにあり、これが親種となったものに種として遠いもの程表れる形質にバラつきが生じるらしい。
そして、逆に種としてとても近しい種同士が親種となった場合だと互いの欠点を補う形になる事もある為に、親種よりも丈夫に育ったり成長が早かったりする事があると言われている。なので、もしかしたらドノヴァンの母が混血として通常よりも長生きだったのもこの辺が関係しているのかもしれない。
ただ、それも交雑種の第一世代に限られた話のはずなので、ドノヴァンやラーパには当てはまらないのだろう。それでも、それらの知識からこちらの混血の話に関して、アレルは三つの種族もかなり近しい間柄なのではないかと考える。
「ふむ······確かに、お前さんの言う事は解らんでもないがのう」
ウムムと、アレルの疑問に唸ったまま悩み始めてしまうドノヴァンを横目に、隣にいるアリシアがこっそり耳打ちをしてくれる。
「······あのね、そういう事を言う人はアレルの他にもいたの。でも、大概はそういう研究を始めると、その説を否定したい人達もいるから、その······ね」
アリシアは、最後だけをぼかしてアレルの耳から離れる。そのアリシアの言葉から、こちらの世界ではメンデルさんは長生き出来ないらしいとアレルは思う。
それでも、その辺の事情を知っているのはアリシアが王族だからであり、庶民のドノヴァンの耳には一切そういった話が入らないという事なのだろうとアレルは理由付ける。そうする事で、アレルはアリシアが何故そんな話を知っていたかという疑問に対して自身を無理矢理納得させる。
ただ、そんなアレルの肩にいる瑠璃が、不意に羽をパタパタと動かし始める。
(瑠璃?)
しかし、アレルが精神感知で話し掛けても瑠璃からの返事はない。そこへ、唸っていたドノヴァンから声が上がる。
「あ〜、もう解らん! そんな事は、お前さん等で考えてくれっ!」
「ああ悪かったよ、変な話訊いてさ。それより、一緒に暮らしていて大変だったりしないのか? ほら、食い物だったりさ」
アレルは、兎の形質が見られるラーパならば、やはり草食が基本なのかと思いそんな事を口にする。しかし、それにはドノヴァンの方が不思議そうに首を傾げてくる。
「お前さん、何を言っとるんじゃ? 食う物なんて、ヒト族と対して変わらんぞ」
「はい?」
思ってもなかった返事に、アレルは素っ頓狂な声を上げてしまう。しかしながら、エルフやドワーフならまだしも、見た目で食性の違いが判る獣族までがヒト族と変わらないと言われれば自身の反応も仕方ないかとアレルには思える。
例えを出すなら、狼等の犬系は犬に近い程肉食寄りの雑食だしライオンや虎等の猫系はほぼ肉食となっているはずで、歯の種類や生え方なんかもそれぞれで違う。ただ、実際のところ食性で重要なのは歯などでは無く、その唾液や胃液に含まれる酵素や大腸小腸の長さだったりする。
そう考えると、妖精族は勿論獣族の方も、そちらの造りがヒト族とほぼ同じという事なんだろうとアレルは思う。
「亜人戦争の頃は、獣族の連中の食事なんかも目にした事があるがのう、連中は食いづらそうにしてはいても野菜なんかもバリバリ食っとたぞい」
「······まあ、牙だらけの口でも少しずつ齧れば食えない事はないだろうしな」
アハハと、手掴みなどでカジカジと肉食動物の顔した奴が野菜を食べてる姿を想像したアレルは苦笑いを浮かべる。
そこへ、それはさて置きとドノヴァンが腰に片手を当てながらアレルへ問い掛けてくる。
「それで、お前さんの依頼はどんな事を頼みたいんじゃ?」
そう言って、急に話を戻してくるドノヴァンに対して、その話をしようとした途端に今の話の流れを作ったのは誰だと、アレルはその不服さを表情でどうにか表現しようとする。
「なんじゃ? その、妙な顔は?」
しかし、アレルの意図は全く伝わっていない様子だったので、アレルはため息を吐いた後で表情を戻す。
「······何でもねえよ。んで、俺が頼みたいのは点検と整備なんだけど、この荷馬車で獣道すら無い場所を走れるか調べてくれないか? それで、もし必要なら出来る様に整備とかもしてもらえると助かるんだけど」
「急ぎか?」
「明日の早朝までの、特急で頼みたい」
アレルの一言に、ドノヴァンはその厳しい顔を更に渋らせアレルを睨みつけてくる。だが、少しの間そのままでいた次の瞬間、ニカッと満面の笑みを浮かべて両拳を打ち鳴らす。
「ハハッ、良いじゃろう! 一晩で、お前さんが満足する仕上げにしてやるぞい!」
ドノヴァンはそう言うと、さぁてと馬車の前方に回り牽引棒へ両手を掛ける。
「ハァ······フンッ!!」
すると、ドノヴァンは気合の声と共に身体の筋肉を膨張させて馬車を曳き始めてしまう。流石に、馬達程速やかに動かせている訳ではないが、ゆっくりと馬車を前進させて起重機のある場所を目指して動かしていく。
「······す、凄えな」
アレルは、思わず声を漏らしてしまうが隣のアリシアは声すらも出ない程に驚いている様子だった。そこへ、それまでアレルの精神感知にも返事をしなかった瑠璃が声を伝えてくる。
──あの主様、先程の主様の疑問についてあの方が知っている範囲で教えて下さったのですが、聞きますか?
あの方と、瑠璃がそう言うのはオルフェの事だなと理解するアレルではあったが、瑠璃が頑なに名前を呼ばないのでヴォ◯◯モ◯◯かと元の世界で人気だった小説の登場人物を重ねてしまう。ただ、その辺りの事情は訊けば教えてもらえそうだが瑠璃の立場では話せない事もあると前に言っていたので、アレルは瑠璃の事を想って止めておこうと考える。
(そういう事なら、頼む。んで、オルフェの奴はなんて?)
精神感知で返すアレルに、瑠璃は全てが判る訳では御座いませんがと断りを入れてから話し始める。
──あの方も、実際にその時代にいた訳ではないらしいので、以前仕えていた方に聞いた話だと仰っていました。その方によると、元々は一つの種族から枝分かれした存在が今の世界に現存する種族らしいんです。そして、枝分かれした時代は未だ神々が地上に降臨されていた時代で、何柱もの神々が争っておられて世界は今の様に安定しておらず色々と不安定だったそうです。
(色々と?)
──はい。ですから、エーテルの海との境も曖昧で、エーテルの海にて混じり合った魂が輪廻の末に肉体へ影響を与える事もあったそうです。例えば、より多くの魔力やある種の奇跡を得ようとした魂は妖精の力をエーテルの海から得て妖精族となったり、より強靭な肉体を求めた魂はエーテルの海にて獣の魂を自らに取り込み獣族として生まれ変わったりしたそうです。
(じゃあ、そうして元は同じなのに違う種族になった奴はどうやって数を増やしたんだ?)
──そういった変化は、割と纏まった集団に対してある時期に一斉に始まるそうです。そして、魂には自らが求めた欲求が刻まれていますので、自然にその欲求を満たす存在と番になっていったそうです。
(成る程······つまり、その頃はエーテルの海も上手く機能してなくて、魂の分解や循環も上手くいってなかったからこその影響なのか)
──はい、その様にルリは聞いています。
そんな瑠璃の話から、アレルは自らの知識と照らし合わせると突然変異の様なものかと考える。でも、確かにそれならば元が同じ種族であり、遺伝子的に近しい種であるという推測にも外れてはいない。
しかし、それが真実だとするならかつての亜人戦争なる戦は、異種族同士のぶつかり合いではなく同じ人同士の内輪揉めという事になる。それに対して、アレルは元の世界もこちらの世界も人の業というものは本当に根深いなと感じるのであった。




