一章〜非望〜 六百六十話 一方だけだけでは
アリシアとギクシャクしたまま、アレルは馬車で大通りに入る。居住区と宿しかないこれまでの通りとは違い、旅人などが行き交う大通りは人の姿が無い所を探す方が難しく流石に御者台で込み入った話などは出来ない。なので、仕方ないかとアリシアとの話は一先ず先送りにして、アレル速やかにカルラスへ向かう事にする。
先程、一度通っている道なだけあって、見覚えのある店や建物を横目に大通りを北へと進む。時刻は丁度太陽が赤みを帯びてきた頃で、既に次の町であるツェーンまたはミッテドゥルムへ向かう事を諦めた者達が続々とアーフェンへと入って来ている。通り沿いにある酒場などは、まるでこれからが本番だと言わんばかりに店の雰囲気が騒がしいものへと変わっていっている。
そこで、ふとアレルは隣のアリシアの事を気に掛けると、肩が触れる程近くに座るアリシアは俯いておりどこか元気がない。その姿に、アレルは流石にそれが先程のやり取りの所為であり、何かを気にしてアリシアが落ち込んでいるとは自惚れが過ぎるだろうと考える。なので、先程のやり取りは関係なしに別の話題を切り出す。
「なあアンネ、下ばっか見てないで周りを見てみろよ。あまり、町中の光景なんてのも見た事ないんだろ?」
「うん······」
促されて、ようやく顔を上げたアリシアは周囲を見渡し始める。すると、一瞬でパッとアリシアの表情が明るくなり、暫くその表情のまま町の風景を楽しんでいたのだが、不意にスッとアリシアは真顔になってしまう。
それに、どうしたのかと手綱を繰りながら気にしていたアレルだったが、そんなアレルへアリシアは話し掛けてくる。
「······ねえ、アレルはこの旅が終わったらどうするの?」
「終わったら······か」
明日、通る予定の分岐路を過ぎてしまえば、あと国内では国境越えのリバッジを残すのみとなる。その後、アエシュドゥスまでの道程も残されてはいるが、明日以降は順調にいけば旅の終わりも見えてくる。
だからこそ、アリシアはそんな質問をしてきたのだろうとアレルは考える。しかし、今のアレルにとって身近な存在となってきているアリシア達を守り通す事の方が重要で、その先の事なんて今はどうでも良かった。ただ、何も応えずにいる事も出来ずに、アレルはそれらしい言葉を自身の中に探す。
「そうだな、アンネとの約束があるから、取り敢えず嫌だとか嫌いだなんて言われない内は傍にいるよ」
アレルは、以前にアリシアからもう必要ないと言われない限りは傍にいると約束した事を引き合いに出す。ただ、それは先程の部屋でのやり取りを踏まえるなら口にするべき事ではなかったらしく、アレルの隣に座るアリシアからは僅かな震えが触れている肩から伝わる。
「アンネ?」
その震えが何なのか、よく解らなかったアレルはアリシアへ声を掛ける。すると、アリシアは再び俯きがちになりつつ言葉を返してくる。
「あの······それ、さっき私が嫌いって言ったから、アレルはいなくなるって事?」
「いや、誰もそんな事は言ってないだろ」
「言ってなくても、そう聞こえるんだもん」
どういう訳だか、こういう時のアリシアは会話を打ち切る様な言葉を使いがちになる傾向がある。それには、どこか幼子の様な幼稚な我儘さが垣間見える様な気がする。
きっと、王宮内という特殊な環境で決まった人間としか接する機会が無く、その上で余程大事にされてきたのだろう。そういった境遇に加え、アリシア自身その頃を大切な思い出だと感じているが故に、こういった場面でアリシアに残っている僅かな我儘さとして表出するんだろうとアレルは考える。
「······だったら、何を言っても無駄じゃねえか」
「······」
ボソリと、アレルが一言呟くと今度は黙り込んでしまう。そんなアリシアと、肩が触れる程に身体は近くにあるのに、反対に心は随分と離れてしまっているんだなとアレルは感じてしまう。
しかし、その心の方もアレルにはよく解らない。アリシアも、口では嫌いだとかなんだかんだで顔を背ける事も多いのに、そういう時程どういう訳か身体の距離は近くなっている様な気がする。それは、まるで離れた心の距離を埋め合わせる為の代償行為みたいに。
そうして、言葉を交わす事もなくなりはしたものの、互いの肩が触れ合ったままアレルとアリシアは馬車に揺られる。
大通りに入り、暫く経つのでカルラスまではそう時間も掛からないはずだった。しかし、御者台の気不味さが相まってかカルラスまでの道程が実際よりもかなり長く感じる。通り沿いには、既に出来上がっている気の早い酔っぱらいなどもいたが、アレル達を目にしておきながら雰囲気の悪さを感じてか冷やかしや野次などは飛ばして来ない。
本当に上手く噛み合わない、そうアリシアとの事を思うアレルだったが、だからといって見捨てる事も出来ないのだから質が悪い。何分、頑固で負けず嫌いだから何一つ思い通りにならないし、簡単に折れたりしてくれないから至極面倒臭くて手が掛かる。その上、アリシア自身理解してない感情までぶつけてくるのだからやってられないとアレルは思う。
ただ、だからこそ予想外の行動に驚かせられたり、自分一人では考えつかない気付きを与えてくれる時もある。それは、きっと思い通りに動いてくれる相手からでは得られないものであり、アレルはどちらかと言えばアリシアのそんな部分を好ましいとすら感じる。
(······仕方ないな。馬車を預けたら、ちゃんと話をする時間を作るか)
上手く話せるかは判らない。それでも、アリシアをこのままでいさせたくないアレルは、せめて露店を回る前には楽しめる程度に気を持ち直せるぐらいにはしたいと思う。ただでさえ、アリシアの置かれている状況はあんまりな状況なのだから、それを忘れられる時間を作ってやりたい。
そう感じるアレルは、結局こうして自分が折れる方が話が早く纏まるなと実感する。ただ、本当にアリシアは頑固なんだよなと思っていると心の声が漏れたのか、そこへ瑠璃が一言アレルへ言ってくる。
──主様も、負けず劣らず頑固だとルリは思いますよ。
(······一応、自覚があるだけアリシアよりはマシだろ?)
──そうですねっ!
クスクスと、瑠璃は精神感知で返すアレルに笑い掛けてくれる。そのお陰か、アレルの身体に入っていた無駄な力が抜けて弛緩する。
すると、それが肩の触れているアリシアにも伝わったのか、不意にアリシアがその顔を向けてくる。
「······アレル?」
そんなアリシアへ、伝えるならば今しかないとアレルは思っていた事を切り出す。
「その······さ、この後馬車を預けられたら、ちゃんとアンネの話を聞くから、だから何でも良いから俺に言いたい事とか話してくれないか?」
「······それだけじゃ、駄目だよ」
「へ?」
しかし、意を決して自分から話を切り出したにも関わらず、アリシアには駄目だと言われてアレルは面食らってしまう。しかし、そんなアレルをそのままにアリシアは更に続ける。
「今まで、アレルが私の話を聞くだけだったから、アレルを知るのに私もアレルの話を聞かなくちゃ駄目だったんだよ。その、だから······アレルも私に思ってる事、話してくれる?」
「あ、ああ······そういう事なら」
「······うん」
それだけ口にすると、アリシアは再び黙り込んでしまう。そうして、どこかギクシャクした空気を残したままではあるものの、解決の糸口だけは掴んだアレルは馬車を走らせる。
そんなアレル達の視線の先に、ようやく宿を探している時に見掛けたカルラスの看板が見えてくる。




