一章〜非望〜 六百五十九話 無理解が生む心の距離
部屋を出て、廊下を歩きながらアレルは何でこんな事にと、思わず小さなため息を吐いてしまう。
明日には、ティエルナ・クレイル領方面とリバッジ方面との分岐路へと差し掛かり、そこには障害となり得るセドリックが到着している可能性も高い。そんな、準備を万全にしていても危険な難所を前にして、なんだって仲間内で揉めないといけないんだとアレルは自身の不甲斐なさを呪う。
しかし、考え方を少し変えてみると、難所を前にしているからこそアリシアも何かを感じ取り不安になっているのかもしれないとアレルは考え直す。すると、やはりアリシアのそんな不安を解消してやれない自分は不甲斐ないなと落ち込んでしまう。
「······」
そして、肝心のアリシアは尚も外套を掴んだまま一言も口にはしない。
せめて、文句の一つでも口にしてくれれば会話のきっかけになるのに、それをアリシア側に求めているから駄目なのかとアレルは何か出来る事はないか頭を捻る。ただ、今回ばかりはいつもの様に悪ふざけで茶化す事も出来ない雰囲気なので、他に何を働きかければアリシアが言葉を返してくれるのかアレルには解らない。
そして、結局何も出来ないまま手を拱いている間に、アレル達は階段を下りて一階のカウンター前まで来てしまう。
「あっ、アレル様。馬車ならば、荷物を下ろして預けられる状態に出来ておりますが······?」
すると、そこにいるルチアーノが馬車の状態を報告しに声を掛けてくるが、アレル達の微妙な状態に気付いてか首を傾げてくる。
そんなルチアーノに、アレルは無理矢理作った笑みを向けつつ、目では面倒な事になるから絶対に訊いてくるなよと圧をかける。
「ああ、助かったよ。それじゃあ、馬車を預けに行ってくるから部屋の鍵を頼むな」
「は、はい······お気を付けて行ってきて下さい······」
その甲斐あってか、ルチアーノの方も戸惑いを見せながらも何一つ訊かずにアレル達を送り出してくれる。その事に感謝をしつつ、アレルは未だに外套から手を離さないアリシアを連れて宿の外へ出る。
外に出ると、馬車の番をしててくれた従業員がいたが、こちらはアレルが何もせずとも空気を読んでくれたみたいで、アレル達へ軽く頭を下げるだけで何も言わずに宿の中へと戻ってくれる。ただ、問題はその後の方で何も無い荷台へアリシアを一人で乗せる訳にもいかず、アレルは御者台の手前で背後のアリシアへ手を差し出す。
「ほら、荷台には敷物すら無いんだから、こっちで隣に座れよ。······嫌じゃなければ」
「······うん」
ようやく返事を返してくれたアリシアは、アレルの予想に反して素直にアレルが差し出した手を取ってくれる。ただ、そうして触れたアリシアの手は冷たく、緊張しているのが感じられたアレルはズキリと胸が痛む。
しかし、いつまでもそのままでいる訳にもいかないので、先に御者台へ上がったアレルはアリシアを引っ張り上げる形で隣へと招く。
「なんか、視線が高いね」
すると、騎士剣の位置などを調節していたアレルにアリシアが声を掛けてくる。その一言に、アレルはそういえばアリシアが御者台に乗った事は無かったなと思う。
「まあ、初めてだとそう感じるかもな。······怖いか?」
「ううん、平気。······隣に、アレルがいてくれるから」
その言葉に、アレルは思わずアリシアの方へ視線を向けてしまうが、アリシアは俯いている上にフードでその表情も見えない。しかし、その手ではしっかりとアレルの外套の端を掴んでおり、少し無理しているのがアレルへと伝わる。
その事で、アレルの頑なだった部分も絆されたのか、馬車を出すのに手綱を握りながらもアリシアへ声を掛ける。
「······慣れるまでは、怖いかもしれない。だから、不安ならもう少し身体を寄せてても良いから」
「うん······」
そう返事はしつつも、アリシアは拳一つ分だけアレルへと身体を寄せるも、まだ肩が触れない程度の余裕を残す。ただ、アレルにはそれが自分とアリシアとの心の隔たりかとも思えて、流石にそれ以上どうこう言える気にはなれなかった。
そうして、馬車を走らせ始めたアレルは、一先ずカルラスのある大通りを目指す。町の西側から、住宅の連なる居住区を抜けて町の南北を貫く大通りへ出る。ただ、それだけの簡単な道だと油断していたからか、アレルは石畳の僅か歪みを車輪で拾ってしまう。
「キャッ!?」
ガタンと、歪み自体は大した事なかったが、荷物が無く軽くなっていたのもあって馬車は僅かに浮き上がってしまう。そのせいで、御者台に慣れていないアリシアは驚き、アレルの腕にしがみついてくる。
「大丈夫だ。少し、車輪で出っ張りを拾っただけだから」
「あっ······うん、ゴメン」
「いや、謝る事じゃないし俺も気が緩んでいてごめん」
そう言って互いに謝るものの、どこか微妙な空気になってしまいアレルは次に何を口にすれば良いか判らなくなる。ただ、それはアリシアも同じだったみたいでアレルの腕は離したものの、しがみついて近づいた身体はそのままとなっている。
しかし、馬車だけは止めずに馬達を走らせたままなので、アレル達の目指す大通りは徐々に近づいてくる。それでも、何か口にしないとと思うアレルは、瑠璃が何も言ってきていない事に気付く。その事にアレルは、瑠璃が空気を読んで黙っている訳でなく、当人同士で解決しろと言っているのだろうと考える。
なので、アレルは瑠璃に呆れられない為に、アリシアとの事はカルラスへ着くまでに何とかしようと決意する。
「「あの」さ」
そこで、アレルは意を決してアリシアへ声を掛けるも、アリシアと声が重なってしまう。
「えっと、何だ?」
「えっ? その······アレルこそ、何?」
そして、今度は互いに譲り合うという息が合っているのかいないのか、良く判らない様な状態に陥ってしまう。だが、そのままでは埒が明かないと思ったアレルは、自ら話を切り出しに掛かる。
「じゃあ、俺から言うけど······アリシアは、俺に不満があるんだよな? だったら、聞けるだけ聞くから言ってくれないか?」
アレルは、肩が触れ合う程近くになったのをいい事に、小声でアリシアと名前を呼ぶ。すると、アリシアの方もアレルの真剣味が伝わったのか、俯きがちだった顔をアレルの方へしっかり向けてくる。
「べ、別に不満がある訳じゃないの。······ただ、私はアレルの事が解らなくて」
「そんなの、俺が知りたいぐらいだよ」
アレルは、チラリとアリシアへ視線を向けた後で、馬車を動かしている為に正面へ視線を戻してから呟く。そんなアレルに、アリシアは力の無い声でそうだよねと小さく漏らす。
しかし、アリシアの事が解らないのはアレルも同じな訳で、その所為か再び二人で黙り込んでしまう。記憶喪失の異世界人と国を追われる王女、そんなあまりに立場の違う二人だからこそ、こんなにも解り合えないのかとアレルは思ってしまう。
それでも、守る事ぐらいは最低限出来るよなと自らの覚悟をアレルは改めつつ、馬車は人通りもあって今の様に話す事の出来ない大通りへと入っていくのであった。




