一章〜非望〜 六百四十八話 僅かにでも備えを拵(こしら)えて
アレル達五人は、昼食を食べ始めると時折会話を挟みながらではあるものの、昨日は予定にないミッテドゥルムでの宿泊だった事から可能な限り遅れを取り戻そうと食事の手を早める。ただ、アレルとしては急がせるつもりはないので、そんな気配を感じたところでゆっくり食べてくれて構わないと断りを入れる。
それで、アリシアとメリルはどこかホッとした様子で食事の手を緩めるのだが、一人だけミリアのみが食事の手を緩める事をしない。その様子から、ミリアだけが予定なんか気にせずに、自らの食欲に従っていただけだったのをアレルは悟る。だが、そんなミリアの事を看過出来ないメリルが一喝すると、途端にミリアは誰よりもゆっくり昼食を食べ始める。
まったくと、メリルが文句を漏らす中一口大にしたバゲットサンドを手にしながら、ねえねえとアリシアがアレルへ訊ねてくる。
「何で、アレルはこれを小さく切ったの? そのままでも、それ程変わらないのに」
「ん? ······それは、食べる人の事を考えたからだよ」
問われて、口の中のものを咀嚼し嚥下してから答えたアレルに、アリシアはまたもや首を傾げる。
「私達の事?」
「ああ、そのバゲットって少し硬いだろ? だから、齧った時に玉ねぎが溢れるかもしれないって事で、玉ねぎを腸詰めの下に入れた上で食べやすい様に一口大に切ったんだよ」
アレルの説明に、アリシアは手にしていたバゲットサンドをパクっと一口で食べ、それを呑み込んでから確かにと納得した様子を見せる。
「アレルって、いつもそんな事を考えているの?」
「まあ、料理の上達するコツは食べる人の事を考える事だなんて言われるしな。それに、相手の立場になって考える事は、料理以外でも役に立つ。例えば、交渉事とか戦いにおいても、相手の狙いや攻められたくない場所なんかが判ればある程度有利に事が進められる場合がある。だから、一見無駄な事に感じる事もあるかもしれないけど、いざ必要になった時は自分の身を助けると思ってやってるよ」
言いながら、バゲットサンドを一つ手にしたアレルは、そう言った最後にそれを口の中に放り込む。
「相手の立場になって、か······でも、アレルはその分自分の事を蔑ろにしてるよね」
「へ?」
しかし、そのせいかアリシアの言葉の半分から後ろが、骨伝導で伝わる自らの咀嚼音に邪魔をされてアレルには聞き取れなかった。
ただ、アリシアの方もボソリと独り言の様に呟いたからなのか、アレルの反応に首を左右に振る。
「ううん、いいの······」
「······ああ、アンネがそう言うなら俺も聞き流すけど」
そうは言いつつも、どこかその表情に影を落とすアリシアを気にしつつ、アレルは食事を続けた。
そうして、全員が食事を終えるといつもの様にメリルが片付けを引き受けてくれたので、アレルは篭手を着けてから空いた時間でアリシア達から離れて鍛錬に励む。ただ、今回は上手く行けばアーフェンまでそう時間が掛からない事もあり、いつもの剣術ではなくちょっとした切り札的なものを試してみようとアレルは考える。
まずは、騎士剣を正眼に構えた上で、低出力の身体強化を用いてマスラオから教わった循環を行う。すると、膨張した魔力が新たに身体の中で貯蔵されていくのだが、アレルはそれと同時に膨張魔力に合わせた魔力の通り道を自身の内部に創造し始める。ただ、創造とは言っても実際にそんなものを創る事はアレルに出来ないので、あくまで魔力を身体に流していく感覚を変化させる程度のものになってしまう。
以前試した時は、血管を手本に想像した通り道が細いせいで膨張魔力が暴発したみたいになってしまった。だから、今度はその通り道をもっと太いもの且つ、一度きりの使い捨てを想定したもので置き換える。使い捨てならば、例え循環魔力が暴発しても循環を行っている低出力強化の経路を維持したままでいられるだろうとアレルは考える。
(······少し怖い感じもするけど、ぶっつけ本番よりかはマシだからな)
そう自分に言い聞かせ、自らを鼓舞したアレルはそれを行う前に、騎士剣を頭上へ構える。そして、銃身を取り替える心象を思い浮かべた直後、そこへ膨張魔力を弾丸として弾き出すみたいに瞬時に流し込む。
瞬間、ズドンとアレルの体内で何かが爆発したみたいな感覚が全身を奔るも、以前の様に低出力強化までが消し飛ばされる感覚はなく身体の自由も利いていた。なので、アレルはその感覚からくる負担に耐えながらも、頭上に構えた騎士剣を力一杯に振り下ろす。
──ボヒュゥゥン!
すると、振り下ろした剣圧に圧された大気が、まるでアレルの騎士剣から逃げるみたいにして前方へ一陣の風となって飛んでいく。それは、誰が見ても明らかな力任せの一振りだった。それでも、普通の身体強化では出せない威力に、アレルはこれで少しはマスラオの異常強化に近づけたかなと感じる。
しかし、初めてで調節など出来なかったせいなのか、膨張魔力を使用した反動で立っていられなくなったアレルは膝をついてしまう。
「クッ······きっつッ」
たった一度でこれでは、アマデウスの能力を使った時と大差がない。そう思うアレルは、膨張魔力を溜める時間や一度に流す量を調節するなどの工夫が必要だと考える。
ただ、これで未完成とはいえどうにかアマデウス抜きに出せる手札が一枚増え、ルクスタニア流剣術古流と僅かばかりの双剣術、それに加えて今の膨張魔力強化と未だ不確かな効果の風詠とある。この先、分岐路に国境越えと王都兵が待ち構えている場所を通らないといけない以上、ミッテドゥルム西門の時と同様に傭兵気質の奴が突っかかって来ないとも限らない。
そんな時、力づくで押し通る必要も出てくる可能性もあるので、出来る事が増えるのは多少なりとも不安を消してくれる。そう感じるアレルは、反動による疲労から回復したので気持ちを新たに立ち上がる。そして、負担の大きい身体強化の鍛練は一先ず先送りにして、アレルはいつも通りに剣術の鍛練を開始する。
──主様、メリル様の片付けがもう少しで終わりそうです。それと、アリシア様が主様の事を気にされてます。
そこへ、瑠璃からアリシア達の様子が伝えられる。なので、アレルは集中し過ぎない様に剣術の鍛練を少し軽めのものに変更する。
(解った、ありがとな瑠璃)
──いえいえ。
精神感知を使い、瑠璃への感謝を伝えたアレルは、アリシアが気にしているとの報せに尚の事軽く剣術の動きを確認する程度に抑える。
そうして、暫くの間軽く剣を振って腹ごなしぐらいにはなったなとアレルが思っていると、離れた場所からメリルの声が届く。
「アレルさぁん、片付けが終わりましたよ〜!」
「ああ、ありがとなっ! それじゃ、準備が整ったら出発しよう」
手を振るメリルに応え、騎士剣を鞘に納めたアレルはアリシア達のいる方へと戻る。すると、そんなアレルの所へスススとアリシアが近寄ってくる。
「ねえ、アレルは休憩しなくて大丈夫なの?」
「ああ、平気だよ。ここの所、野営も無いからな」
「そう······なら、良いの」
ニコッと、一応の笑顔を浮かべるアリシアだったが、その笑顔にはどこか力が無い様にアレルには感じられた。
ただ、アリシアにそんな笑顔をさせているのは自分だと思うのは自惚れが過ぎると、アレルはふと湧いた気付きを否定する。そんな風に、アリシアとの間にある隔たりを自ら深めつつ、アレルはアーフェンに向けて出発する為の準備をするのであった。




