一章〜非望〜 六百四十九話 想いが齎(もたら)すもの
各々準備を終えたアレル達は、馬車へと乗り込みアーフェンへ向けて出発する。馬車は、街道へと戻り再び西へと進路を向ける。
昼過ぎともなると、街道を行き交う人々も増えてきたので頃合いを見計らって、前を走る馬車を追い越していく事も稀にある様になってくる。その際に、馬が潰れるぞと忠告してくれる人もいたが、アレルは軽く礼を言ってから適度に休ませるからと断りを返す。それというのも、度々瑠璃へ馬達の様子を訊ねているのだが、当の馬達はまだまだ元気だと返してくるだけだったので、アレルは遠慮なく馬車を走らせてもらっている。
すると、昨日の様に本降りとはいかないが、風と共に頬に冷たい何かが触れるのをアレルは感じる。なので、空を見上げると小降りよりも弱い霧雨程度の雨が降っているみたいだった。それなら、馬達への影響も少なく、このまま進めるだろうと考えたアレルは外套のフードを被って雨除けにする。
街道を行く他の人々も、アレルと同様にフードを被りなり布で頭を覆うなりして霧雨を凌ぐ。中には、何もせずにそのまま歩いている者もいたが、そんな者に対してアレルは身体を冷やすと体力が持っていかれるのに大丈夫なのだろうかと思う。
そこで、忠告してやろうとアレルの中の仏心が顔を出すが、一人二人ではない上に馬車では速度が合わずに一言言うのが精一杯で理由を話すまでいかないのが明白だった。それでは、結局反感を買うだけかと考え直したアレルは、その為に馬車の速度を落とす訳にもいかないのでそのまま街道を西へと走る。
しかし、そんな順調ともいえる時に限って変な奴が姿を現すもので、昨日と同様に霧雨程度にも関わらず馬車の前に立ち塞がり乗せてもらおうとする者が現れる。
──主様、ソイツ心が淀んでいます。なので、このまま馬車で轢いてしまいましょう。
普段、余程の事がない限り暴力的な言葉を使わない瑠璃がそこまで言うので、アレルは即座にナイフ帯から投げナイフを手にして馬車の前に立ち塞がる男に向かって投擲する。その、男の肩口を狙ったナイフは真っ直ぐに飛んでいき、ものの見事にその切っ先で男の肩口を抉る。
しかし、その肩口の下からは肩当てが見えて投げたナイフの効果が薄い事が判ったが、アレルの躊躇のない行動に臆したのか男は舌打ちだけを残して街道から遠くへ走り去っていく。
(瑠璃、ありがとな。助かったよ)
──ルリとしては、あんなの生かしておく必要無かったと思います。
アレルが、精神感知で礼を伝えると瑠璃がそんな言葉を返してくるので、何かおかしいと感じたアレルは一つだけ瑠璃へ訊ねる。
(もしかして、人を殺していたりしたとか?)
──······はい。あの、言葉では上手く言えないのですが、ルリにははっきりとそうでない方との違いが感じ取れるので。たぶん、今のは命を奪う事を何とも思わない、略奪を生業とする者だったと思います。
(でも、そういう輩は辺境伯の私軍に片っ端から駆逐されているんじゃないか?)
アレルはそう言うものの、瑠璃はアレルの言葉には素っ気なく返して自らの発言の説明を始める。
──討ち漏らしかもしれませんね。それより、物にも心と言いますか······想いの様なものが宿っているんです。それを、きちんと自ら手放したり譲渡した場合はそんなのは感じないのですが、他者に奪われたりするとその物に宿った想いが奪った者に纏わりつくんです。······そして、その想いを何らかの方法で昇華しないと、時間が経つ程に瘴気に近い何かを放つ様になるんです。先程の者からは、それを確かにルリは感じたんです。
瑠璃の話を聞いて、アレルは祟りや呪いといったものを思い浮かべてしまう。
例えば、廃墟などに置いてある物を持ち帰ると呪われると言われたり、そもそも侵入するだけで祟られるなど、瑠璃の言葉を借りるならそこは未だに誰かにとっては所有している場所や物でありその誰かの想いが残されている。それ故に、それらへ無遠慮に触れた者達はそこに宿っている想いに障られてしまうのだろうとアレルは考える。
(それって、残留思念ってやつなのか?)
──近い形ではあると思います。ただ、あの様に瘴気に近いものを放っていれば、いずれ魔物を引き寄せる様にもなります。なので、あの者もそう長くは生きられないと思います。
(そうか······)
それならば、この場でどうにか出来ずとも辺境伯の私軍もいる事だし、放っておいても問題ないかとアレルは思う。
ただ、譲渡や残留思念という話をされて、アレルは左腰にあるソードクラッシャーに思わず触れてしまう。これには、ダニーとロナの想いや願いが込められている。それを再確認したアレルは、二人の想いと願いに背く様な使い方はしまいと心に固く誓う。
しかし、アレルはふと瑠璃の話に負の側面だけでなく、相手を思い遣る気持ちが込められた物ならば逆に所有者を助ける様な側面もあるのではないかと考える。
(なあ瑠璃、それなら逆に大切にしてきた物を他者へ譲った場合、何か受け取った側が利する効果とか付かないのか?)
──あると思います。それも、特に大切にしてきた物でなくとも贈る際に純粋な想いを込められた物などは、ほんの僅かになりますがそれを持っている者を助けたりする事はありますね。
(······そういう事なら、アリシアの持っている二千年以上昔から受け継がれているペンダントなんて、凄い効果を持ってそうだな)
実際に、アリシアの持つペンダントは稀に近くにいる人の心をアリシアへ伝える事があると、アレルは他ならぬアリシア自身から聞いている。それは、おそらくではあるが最初の持ち主のフローレイティアが成した偉業、この世界に住む人々の言葉の壁を壊した事に根ざした想いが由来なのだろうとアレルは考える。
でも、もしかしたらとアレルはあったかもしれない可能性を想像してしまう。元は、言葉の壁を取り去る事が目的ではなく、ペンダントの効果から考えるに人々の心を繋ぐ事が真の目的だった。だが、それは叶わずに言葉の壁を壊しただけに留まり、その真の願いの残滓だけがアリシアの持つペンダントに今も残っているのかもしれない。
ただ、アレルはそこまで考えて一つだけ疑問に感じる。人々の心を繋ぐなんて、ある種迷惑とも受け取られそうな事を一国の女王がやるのだろうかと。そうなると、考えられる事は一つだけであり、そうする必要が二千年前にあったという仮説に達する。
二千年前、一体どんな事があれば人々の心を繋ぐ必要なんて出てくるのだろうか。
真っ先に思いつくのは、種族間での諍いなのだが、エウロス一行に仲が悪いはずのエルフとドワーフがいた事でその線は薄い。ましてや、フローレイティアが偉業を成した時期が不明なので、一行の中ではそれぞれが別の言葉を用いて意思の疎通を試みていた可能性すらある。ただ、だからといって一行内での意思疎通を速やかに行う為だとしたら、世界中に影響を残すなんてやる事が大き過ぎる。
更に言えば、オルフェの口振りでは妖精達などの世界側の存在からしてみれば、フローレイティアのした事はまるで大罪かの様に語られている。つまり、そんな出来たら便利などという軽い気持ちでの行為ではなく、その大き過ぎる罪を背負う覚悟があった上での行為だったと考えられる。
そして、その行為に深く関わったであろうペンダントが、二千年前からいずれ生まれる銀髪の女児──アリシアへと、その真なる後継として受け継がれている。
その事実に、二千年前にあった何らかの出来事を紐解かなければ、いずれアリシアにもフローレイティアと同様の罪を背負わざるを得ない時が来てしまうのではないかとアレルは危惧する。ただ、果たして自分はそんな時までアリシアと共にいられるのだろうかとも思うアレルは、どこか途方に暮れた様な気持ちになってしまう。
──主様?
そこへ、アレルのそんな気持ちを感じ取ったのか、瑠璃が声を掛けてくる。
(どうした?)
──いえ、その······きっと大丈夫です。アリシア様へ贈ったリボンにも、主様とルリの想いが込められているんですから、この先もアリシア様には何も起こりませんよ!
おそらく、アレルが何を考えていたかまでは瑠璃も解ってはいないだろう。それでも、どこかアレルが抱える不安への励ましとも取れる言葉に、アレルは下なんて向いてる場合ではないなと奮起する。
(そうだな······二人分の想いなんだから、それぐらいの効果はあって然るべきだな)
──はいっ!
そうして、気を持ち直したアレルは代わり映えのしない街道を馬車で行く。すると、街道からアーフェンへと続く舗装されていない脇道が見えてきたので、アレルは手綱を握り直して馬達へ進路変更を伝えた。




