一章〜非望〜 六百三十五話 風が伝えるもの
風詠、双剣術のアマデウスによると、瑠璃との会話で使っていた精神感知の上位型の様なものらしい。それも、その話しぶりから風の精霊云々と口にしていたので、風詠とは妖精や精霊に関する能力なのかもしれないとアレルは考える。
加えて、先程の瑠璃の説明を踏まえると、少し集まり過ぎているとはやはり風の精霊の事なのだろうと考えられる。しかし、瑠璃からそういった類いのものとも繋がりやすいと言われたばかりでこれでは、瑠璃に迷惑を掛けるのではないかとアレルは少し心配になる。
ただ、双剣術のアマデウスによると、風詠の真価は戦闘時にあるみたいな事を口にしていた様な気がアレルにはしている。こればかりは、実際の戦闘で使ってみない事には真偽が判らず、どういった効果が表れるのかという不安も残る。特に、アマデウス関連は使用後の身体への負担が大きい場合がほとんどだ。一度試すにしても、時と場所ぐらいは考えなくてはいけないだろうとアレルは思う。
(とはいえ、双剣術関連だけは未だに負担になった事は無いんだけど······過信はしない方が良いだろう)
確か、マスラオの声が聞こえなくなる前に今後の負担は、これまでよりも大きくなると忠告された覚えがアレルにはある。もし、それが本当ならば風詠に対しても気を付けなければならない。
だが、どういう理屈になっているかは全く判らないが、夢からの続きで使用状態になっている風詠からは瞳の色の変化以外負担は感じられない。それでも、戦闘時には別の効果が表れてそれに伴い負担が現出する可能性も残る。
そう考えると、やはり使用には気を付けた方が良いだろうとアレルは考える。
──主様、もう目を開けても大丈夫だと思いますよ。
そこへ、瑠璃から集まり過ぎた風の精霊を適度に散らしたとの言葉が届く。
(ああ、ありがとな瑠璃)
──いえいえ。
ただ、そうしてアレルが目を覆っていた両手を退けようとした瞬間、痺れを切らした様子のアリシアが片腕を伸ばしてくるのをアレルは感じる。
正確には、風を避けて歩く事が出来ない様に、アレルにはアリシアの身体が風に触れている部分の輪郭をまるで見ているみたいに感じ取れている。なので、それを避けようと考えるも、アレルの頭には自身のものでない予測めいた動きが伝えられる。それは、アリシアの伸ばした手を避けると、アリシアがそのままベッドへ倒れ込んでくるといったものだった。
それが、一体何を意味しているか考えるよりも先に、ベッドへアリシアが倒れ込んでくるなんて気不味い状況を避けたいアレルは、目から手を離すと同時に伸ばされたアリシアの手を掴む。
「えっ!? 見えてたの?」
「さてね······それより、いくら見たいからって嫌がる人間の手を退かそうとするのはどうかと思うけど?」
「そ、それは······悪いと思ってるよ。その、ゴメンね」
と、一応はしおらしく見せてはくるものの、アリシアはスッと流れるみたいな動きでアレルの顔へ自らの顔を近づけてくる。しかし、アリシアは直ぐにどこかガッカリしたみたいな表情を浮かべる。
「······もう戻ってる」
「当たり前だ。いつまでも、変わったままでいて堪るか」
言いながら、アレルは掴んでいたアリシアの腕を優しく離してやる。すると、アリシアの方も、あ〜あ残念と口にしながらアレルから離れて自身のベッドへと腰掛ける。
そこで、不意にアリシアから流れる風の乗って、アリシアの心の軋みの様なものをアレルは感じ取ってしまう。そのせいか、アレルは思わず頭に浮かんだ言葉を口にしてしまう。
「なあアリシア、どこか無理してないか?」
その言葉に、アリシアはあからさまな驚きを表情に出しつつも、直ぐに不器用な笑顔で取り繕ってくる。
「そんな事ないよっ、私は元気だよ! だって、今日はアレルが私の好きなものを作ってくれるんでしょ? 楽しみだな〜」
「ああ······そういえば、そんな事を夕べ言ったよな」
アリシアの反応から、アレルは自身の疑問の答えを得てしまう。しかし、続くアリシアの様子から直接訊ねるべきではなかったと後悔し、アレルはアリシアの事が気になりつつも話を合わせる。
明らかに、アリシアは無理をしている。しかし、その理由まではアレルには察せない。その、どこか無力感を感じさせる状況にアレルは悔しさを膨らませていく。
──あの、主様······。
(解ってる。これ以上は、何も訊くなって事だろ?)
──······そうですね。アリシア様の問題は、大部分がアリシア様の心持ち次第な所がありますから。
瑠璃は、アレルよりもアリシアの心の深い部分を感じているのか、そんなアリシアの事を理解しているみたいな言葉を伝えてくる。ただ、人の悩みなんて往々にしてそんなものかとも思ったアレルは、一先ずアリシアの事は遠目に見守る事にした。
(そういえば、瑠璃は何かこれまでの会話よりも負担だったり嫌だなとか感じてたりしないか?)
──平気ですよ。精霊達も、一応理解はしてくれたみたいですし、ルリとしても今の方が主様の声が聞きやすくて助かります。
(そうなのか?)
瑠璃からの返事に、アレルは精神感知よりも風詠の方が声が届きやすい事を初めて知る。それは、一体どういう理屈なのかと考えていると、それも瑠璃に伝わったのか瑠璃が説明を始めてくれる。
──あの、ルリに解る範囲でしか言えませんが、今主様のお使いの能力はルリ達妖精や精霊達が互いに交信する際に用いる力に近いんです。ですので、今までの様に無理な部分が少なくなった分、ルリにも声が届きやすくなったんだと思います。
(成る程······要は、雑音が少なくなった様なものか?)
──はい、主様の認識ならそれで良いとルリは思います!
と、瑠璃はいつもの様にアレルを全肯定しつつ、それまで入りっぱなしだった小物入れからシュッと姿を現す。
「あっ、ルリちゃんもお腹減ったの?」
そこへ、瑠璃に気付いたアリシアがそんな事を訊ねるも、瑠璃はどこか困った様な気配を感じさせながら身体を上下に動かす。その様子から、そうではないけれどアリシアに気を遣ったのだろうとアレルは思う。
だが、次にアリシアはやや厳しい表情でくるりとアレルへその顔を向けてくる。
「ほら、ルリちゃんもそう言っているんだから、アレルも早く朝の身支度を済ませてっ」
もうっ、とまるで日曜の朝にだらしなさを指摘するみたいな反応を見せるアリシアに、アレルはやれやれと上半身を起こした状態からブーツを履いてベッドから立ち上がる。それから、これ以上何かを言われる前にそそくさと着替えなどを手にして浴室へと足を向ける。
「それじゃ、直ぐに済ませてくるよ」
「ちゃんと、顔も洗わないと駄目だよ?」
「······はいはい」
アリシアの駄目押しに、俺のオカンか何かかと言いたい気持ちを抑えて、アレルはそのまま浴室の扉を開ける。そうして、アレルは言われた通り顔を洗ってから着替えを済まし、朝の身支度を終えるのであった。




