一章〜非望〜 六百二十九話 争う事になったとしても
アレルの言葉に、アリシアは戸惑いを見せながらも何かを言い返そうと口を開いたり閉じたりをしている。しかし、まだ気持ちの整理が出来ていないみたいで、言葉が出て来ていない様子だった。
「ただの世間話なんだ、焦らなくていいよ」
アレルは、言いながら手にしていたラスクを口の中へ放り込み、アリシアが自身の気持ちを言葉に出来るのを待つ。
ただ、アリシアの様子がおかしかったのは十中八九自身が剣を振っているのを見たせいだとアレルは理解している。しかし、その際にアリシアが何を思ったのかまでは見当がつかない。それでも、アリシアには自分の事なんかで悩んで欲しくないとも思うアレルは、話の中でどうにかアリシアの意識を自分から遠ざけたいと願う。
「······ねえ、アレルは私の事嫌いなの?」
「──ッ!? ゴフッ、ゴホッゴホッ!?」
だが、アリシアからあまりにも予想外な言葉が返ってきた事で、アレルは粉っぽいものが口の中にあったせいで噎せてしまう。一体、どんな発想をすればそんな言葉が出てくるのかと、アレルは咳き込みながらアリシアの表情を窺う。
「あっ、大丈夫!? えっと、その······お水、うん。お水、持ってこようか?」
そんなアリシアも、本当に不意に口から出て来た言葉だったのか、アレルの様子に慌ててそんな事を言いながら浴室ではなく部屋の外へ行こうとする。なので、アレルは呼吸困難になりつつも、ローブも着てないアリシアを部屋の外に出す訳には行かないと立ち上がろうとする。
ただ、そこはアレルの考えを先読みした瑠璃がアレルよりも早く肩から離れて、アリシアの前で浮遊してその足を止めてくれる。
「アリッ······シア、部屋の外──ッ駄目っ······だか、らっ」
「あっ! そうか······でも、アレルは?」
「ゴフッゴフッ······はあ、は〜あ······もう大丈夫だ」
すると、アリシアがテーブルへ戻る動きを見せたからか、瑠璃もアレルの肩へと戻って来る。そうして、アレルが一息つくとアリシアも丁度椅子へと座り直す。
「んで、どんな受け取り方すれば、そんな風に曲解出来るんだ?」
「そ、それは······だって、アレルが争う事になるかもなんて言うからっ! そう言われたら、私の事嫌いになる事もあるのかなって······」
「なんで、そうなるんだよ······」
どうやら、アリシアの中では争うという事と嫌いになる事が結び付けられているらしく、アレルは相手への嫌悪なんて無くても争う事ぐらいあるだろうとため息を吐く。
「あのさ、アリシアは兄弟でおやつを取り合ったりした事ないのか?」
「えっ······うん、そんな事しなくても充分に貰えていたから」
「じゃあ、メリル達と何か言い争いになったりは?」
「う〜ん、無いかな? 何かで心配させて、メリルに叱られるぐらいならあったけど、ミリアは私に意見してきたりしないしメリルも基本的には······」
そう答えるアリシアに、アレルは呆然としながらもアリシアの面倒臭さに話し方を間違えたと思い始める。
そう、アリシアにはそもそも丁度良いケンカ相手がこれまでいなかったのだ。それは、アリシアがここまで誰かと競ったり争ったりせずに生きてきたという事であり、その身分の高さと育ちの良さを証明するものだった。それでは、先程のアレルが言った言葉から嫌われたという解釈が出てくるのも仕方ないのかなとアレルは思う。
ただ、話し方を間違えたのだけは確かなので、アレルは急いで話を軌道修正していく。
「えっと······だな、まず俺がアリシアを嫌っているとかは無いから、それだけは安心してくれ」
「うん」
「それで、例えば······あ〜、エウロスとギルバートの話か」
「えっ?」
アレルは、アリシアにも伝わりやすい話はないかと例えを探す中で夕食前の話を思い出すが、アリシアの方はというとこれまでの話と結びつかないみたいで戸惑いの強い表情を浮かべる。
「いや、まあ聞けって。夕食前の話で、二人は敵を倒すか民を守るかで揉めたんだろ? でも、お互いに一歩も引かずにまるでどちらも自分こそが正しいんだって思い込んでいるみたいに、互い違いの行動に出た。その結果、どちらもやり通してどっちも叶えるなんて奇跡みたいな事が実現出来た。ただ、これがどちらかが相手に遠慮していたらどうなったと思う? 例えば、エウロスに迎合していたら魔物は倒せたかもしれないけど、民は瘴気の犠牲になっていたかもしれない。逆に、ギルバートの意見を尊重していたら民は守れても、逃がした魔物のせいでより多くの人々に被害が拡がったかもしれない。······そうならずに、最高の結果が得られたのは二人が二人共、自分の望みや信念を決して曲げずに互いに貫き通したからだと俺は思うんだ」
「······でも、そんな風に争ってお互いに嫌いになったりしないの?」
「なる訳ないさ。だって、その後も共に世界を平和に導いたんだろ? だったら、その時だってちゃんと互いを信頼し合っていたはずで、きっとアイツなら自分がいなくてもやり遂げてくれるって背中を預けている気分で戦っていたんじゃないかな? 例え、ぶつかり合って争う事になっても互いに信頼しているから関係性までは変わらない。きっと、約束なんて要らないぐらい解り合っていて、それでも反発する所もあって······その上で、互いを高め合える良い好敵手だったんだろうな」
時に剣を学び、時に在り方を学ぶ。そうやって、互いから足りないものを学び合っていたからこそ、どちらも後世にまで名が残る様な人物になったのではないかとアレルは思う。まさに、好敵手でなければ強敵と書いて強敵と呼ぶ関係性でもあったんだろう。
アレルは、そんな二人だったのではないかと思ったからこそ、誤解するアリシアに対しての説明として引き合いに出した。そういうのが伝わったのか、アリシアは一つずつ理解していこうとここまでの話をウンウンと頷きながら反芻しているみたいだった。
なので、アレルはそれを邪魔しない様に残っているラスクを口にしていく。すると、少しずつではあるがアリシアが自分なりに考えた事を話し始める。
「······私、まだアレルが何を言いたいかは判らないけど、エウロス様達の事なら少し判ったかもしれない」
「ああ」
アレルは、アリシアの話を邪魔しない様に適当に相槌を入れてラスクを齧る。
「別々の所を目標にしながら、例え背中合わせでも対立する事になっても、それでも互いを信じて······だからこそ、成し得ないと思われていた困難をも打破する事が出来た。でも、それを可能にしたのは二人の奥底にそれだけの強い想いがあったから······だよね?」
「仲違いする程だからな、もう共には戦えないかもしれないなんて覚悟もあったかもな」
「うん······あっ! もしかして、アレルは私にも望みを持つならそれだけの強い想いを持って、叶うまで諦めないで欲しいって言ってたの? 例え、アレルと争う事になったとしてもって」
と、ここまで例えを出してようやくアリシアは伝えたかった事を正しく理解してくれたみたいで、アレルはホッとして胸を撫で下ろす。
「ああ······俺には、今アリシアが何に悩んでいるのかは判らない。それでも、その胸に抱いた望みを俺の手を借りずに叶えようって言うなら、俺がそれの障害となり得る事だってある。そんな時が来ても、アリシアには争いたくないからって望みを捨てずに立ち向って来て欲しい。まあ、こんな事を言わなくてもアリシアは負けず嫌いな所もあるから、勝負する前から逃げるなんてみっともない事しないと思うけど?」
アレルは、本心を話しつつもアリシアが重く受け止め過ぎない様に、最後は肩を竦めながら挑発めいた表情でアリシアを煽る。すると、意外と短気な所もあるアリシアは直ぐにムッとした表情を浮かべる。
「むぅ······そんな事言って、私に負けても知らないからねッ」
「ハハッ、そういうのは一度でも勝ってから言ってくれ」
「もうッ、アレルのバカッ!」
最後に、特大の馬鹿をもらってはしまったものの、アレルの狙い通りアリシアは元気を取り戻したみたいで良かったとアレルは思う。しかし、そうして一段落した合間にアリシアが、それでもアレルとは争いたくないなと、小さく呟いた声がアレルの耳には届いたのであった。




