一章〜非望〜 六百二十二話 繋いでいるのは帰るまでの間だけ
宿までの帰り道を歩きながら、アレルは手を繋いで歩くアリシアの事を考える。約束をするのは、自分が信じたいからだと言うその姿勢に関して、アレルはそれがアリシアの家族関係に由来するものなのではないかと考える。
アレルの印象だと、王族なんて傲慢で自分勝手な者達か、若しくは国や民の為に公人としての側面が強い印象がある。しかし、こうして接しているアリシアからはそのどちらの印象も感じられない。それどころか、既に亡くなっている母親の話をする時なんかは家族への情が深いと感じられる話し方をしてくる。そこから察するに、王族とはいえアリシアの家族はかなり家族想いであったのだろう事が推測出来る。
しかし、王族である事は揺るがぬ事実でもある為、子供だった頃のアリシアは親との約束を破られてしまう事も少なくはなかったはずだ。それでも、アリシアは家族を大好きだという気持ちを誤魔化さない為に、自ら約束は守ってもらう為のものではなく自分がその人を信じたいからするものだという認識をする様になったのだろうとアレルは考える。
(······俺の事を馬鹿馬鹿言う癖に、アリシアの方がよっぽどバカじゃないか)
自らの、構ってもらえない寂しさや裏切られる悲しみを包み隠して、それでも家族が好きだから諦めずに約束を重ねる。あくまで、それはアレルの想像に過ぎないが、どこかアリシアから感じる印象にピッタリ嵌る様な感じがしてしまう。
ただ、今はそんな家族も両親が亡くなり、兄が自分の命を狙っているという酷い状況になっている。それは、家族想いのアリシアにとってあんまりだろうと、アレルは無意識に繋いでいる手をよりしっかり握ってしまう。
「アレル?」
そんな行動に、アリシアはまた何かあったと思ったのか、アレルへ顔を向けて訊ねてくる。
「あっ、いや······ごめん。何でもないんだけど、つい力が入ってしまって」
「そう······でも、そういう事なら別に気にしなくても大丈夫だよっ」
何故か、声を弾ませ嬉しそうな笑みを返すアリシアに、ズキッとアレルは心が痛むのを感じる。
こうして、どんなにアリシアの事を大切だと感じていても、自身はアリシアの家族でもなければ何でもない。その認識が、アレルが意識的にしている線引きを更に明瞭なものへと変えていく。代わりになんてなれっこないし、アリシアだって代わりなんて求めてはいないはずだ。だとするなら、やはり自身はいずれアリシアから離れる存在として、遠巻きに見守るぐらいが互いの為になるだろうとアレルは考える。
この手の温もりも、いずれは感じられなくなる時が訪れる。そう思うと、今度はアリシアの手を握る力が自然と緩んでいく。しかし、そこで今度は逆にアリシア側からの握る力が強くなる。
「もうっ、アレルって手を繋ぐのが下手なの?」
「いや、下手って······少し力加減が判らないだけだよ」
「もう、それが下手って言ってるの! それなら、アレルは力を抜いていて良いよ。私が、離さない様にちゃんと握っているから」
まるで、道に迷った迷子にでもなったみたいだなと、アレルは自身の姿を客観的に見て感じる。事実、異世界に迷い込んでもいるので、その感覚も間違いではないかともアレルは思う。
ただ、今の様にアリシアが現在の行動指針としてアレルの中心にいるのは間違いなく、ふとアリシアから離れた時は何を指針にすれば良いのだろうかとアレルは考えてしまう。
(······まあ、瑠璃は付いてきてくれるって言ってるし、二人で決めれば良いか)
などと、今はそんな事を考えても仕方ないんだと自身に言い聞かせていると、前方に宿が見えてくる。これで、夜道の散歩も終わりだなと思うと、アレルは少し物足りない気持ちになってしまう。
「もう宿だけど、本当に他に寄ったりしなくても良いのか?」
「うん、平気だよ」
「そうか」
宿の扉の前、手を繋いでいては開けられないので、アレルは繋いでいた手を離して扉を開ける。そうして、アリシアを先に宿の中へ入らせると、アレルは精神感知で瑠璃へ一言伝える。
(瑠璃、一応オルフェの奴に助かったって感謝を伝えておいてくれないか?)
──はい、ルリに任せて下さい。きっと、あの方も喜ばれると思うので。
その言葉尻に、アレルはオルフェを喜ばせるのは少し嫌だなと感じつつも、助かったのは事実なのでそのまま瑠璃に任せる事にした。そうして、アレルも宿の中へ入るとカウンターにいるミゲルが出迎えてくれる。
「お帰りなさいませ」
「ああ、待たせてなかったか?」
「いえ、通常業務時間内ですので迷惑には」
言いながら、ミゲルはカウンターへ部屋の鍵を置いてくれる。アレルは、その鍵に手を伸ばすも、黒パンとバゲットの入った紙袋は馬車へ置いて来なければと思う。
「あ〜、悪いんだけど馬車に荷物置きに行きたいから······その、倉庫って鍵掛かっていたりするのか?」
アレルがそう言うと、ミゲルはアレルには応えずカウンターの背後にある鍵掛けから鍵を一つ手にしてアレルへ差し出してくる。
「これを持っていって下さい。用が済んだら、私に返してくれれば良いので」
「悪いな」
そうして、アレルの手には部屋の鍵と倉庫の鍵の二つがある事になったが、その内部屋の鍵をアレルはアリシアへ差し出す。
「先に、部屋へ戻っててくれるか? 俺は、馬車にこれを置いてから戻るからさ」
すると、アリシアはどこか逡巡するみたいに目を泳がせつつも、ゆっくりとアレルの差し出す鍵へと手を伸ばしてくる。そして、アリシアは鍵を受け取ると何かを決めたみたいにコクンと頷く。
「じゃあ······待ってるね」
「ああ」
そこで、アレルは精神感知を使って瑠璃へ話し掛ける。
(瑠璃、アリシアの事頼むな)
──はい、お任せ下さい!
アリシアの様子には少し気になるものが残るが、瑠璃の溌剌とした返事に安心したアレルは再び宿の外へと足を向ける。
外へ出ると、一人のせいか先程までよりも頬を撫でる風が冷たく感じられ、アレルは思わず顔を上に向けてホゥと息を吐く。しかし、その吐いた息が白く染まる事なんてなく、やはり薄ら寒く感じるのは気の所為の部分が多い事をアレルは実感する。その事に、なんだかなと思いつつも、自身の情けなさを嘲笑するみたいに笑みを浮かべたアレルはそのまま宿の裏手へと回る。
瑠璃からの話では、オルフェにも長時間雨が降らない様に頼むのは無理という事だったが、未だ再び雨が降り始める気配は感じられない。なので、アレルは倉庫よりも手前にあった馬房で馬達の様子を見てから、馬車が入っている倉庫の前へとやって来るのであった。




