一章〜非望〜 六百十三話 それぞれに準備を整えて
アリシアが、上品かつ黙々と夕食を食べ進める向かいで、様々な事を聞かされたアレルではあったが理解出来ない事は仕方ないと胸の奥にしまっておく事にした。ただ、取り敢えずは理解出来ないまでも霊子に関しては使用が禁忌とされているみたいなので、うっかり使用してしまわない様に気を付けれは良いとアレルは思う。
しかし、瑠璃の話では放出した霊子は戻る事がないらしく、それは魂の消失に繋がるとの事だった。魂の消失、それが死そのものを意味するのか、それとも肉体だけが生き続ける生きた屍状態になるのかは判らない。なので、アレルは本来霊子など触れられる様なものではなく、とても危険なものであるとの認識もしつつ用心する事にした。
ただ、そうこうしている内に向かいに座るアリシアが食べ終わりそうになっていたので、アレルもそれに合わせて自身の分を食べ終わる様に調整する。そして、ほぼ同時に食べ終わるとアリシアはニコッと微笑みながら両手を合わせて目配せをしてくる。なので、アレルも仕方なしに自身の両手を合わせる。
「「ごちそうさまでした」」
──でした!
と、瑠璃だけは早くに食べ終わっていた為か、言葉尻だけを合わせてくる。だが、こうしてあと何回付き合わされる事になるのだろうかとアレルが思っているとアリシアから手が伸ばされ、ねえねえとアレルの注意を引く様にその手が上下に動く。
「このまま、買い物に出掛けるの?」
「ん? アリシアは、食休みとかしなくても大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫だよ」
そんな事を言うので、アレルはアリシアへ答える前に、アリシアの食べ終わった食器を自身の方へ重ねて二人分の食器を纏め始める。
「じゃあ、準備とかあるなら先にやっておいてくれないか?」
「うん、分かった」
アリシアはそう言うと、椅子から立ち上がり最初にローブを脱ぎ始める。続いて、瑠璃の小物入れを肩に掛けるとその上から脱いでいたローブを再び羽織る。
それから、アリシアは手首に巻いていた瑠璃からの贈り物のリボンを手にすると、それで髪の毛を首元で一纏めにする。そうして、一房にした髪の毛をローブの中へと入れると今度はフードを被って両手を広げて見せる。
「どう? 終わったよっ」
フフッと、声を弾ませて手早く準備し終えた事をアリシアは見せつけてくる。それに、食器を重ね終えたアレルは笑みを返して応える。
「そのリボン、そんな風に使っているんだな」
「うんっ、ルリちゃんが選んでくれた物だから、ちゃんと見える所に使いたいんだけど今はね」
アリシアは、言いながら少し眉尻を下げて困った様な表情を浮かべてしまう。それに、しまったと自らの失言にアレルは気付いたものの、そこまで気にしていなかった様子のアリシアがそんなアレルに気を遣わせまいと自ら話題を変えてくる。
「そ、そういえばっ、アレルもそれ······着けたままだったけど、直ぐに出掛けられる様にでしょ?」
アリシアは、どこかぎこちなさを感じさせるものの、アレルの篭手を指差して訊ねてくる。それには、せっかくアリシアが頑張ってくれたのだからと、アレルは茶化す事もなく真面目に答える。
「まあ、な。一度外すと、もう一度身に着けるのが結構手間なんだよ。攻撃を受け流す前提なら、腕への負担を減らす為に多少緩ませて着けた方が良いんだけど、それだと腕を振る度にコイツが揺れて剣筋が僅かにブレる。だから、結局はしっかりと着けて技術で腕への負担を減らすのが正解なんだけど、しっかりと着けるといっても締め過ぎも動きを微妙に阻害するからな」
「へえ······大変なんだ」
思いの外、淡白なアリシアの返事を聞きながら、ベッドの近くまで移動したアレルはダガーを右太腿に装備する。続いて、騎士剣を手にして帯剣ベルトへ装着させた所で、肩にいた瑠璃がヒラヒラとアリシアの方へ移動する。
そうした、瑠璃の気遣いに感謝しつつ外套も羽織ったアレルはさてとと前置きする。
「じゃあ、出掛けるか? 雨が止んでれば良いけど」
「さっき、アレルが外に出てた時は?」
「最初霧雨だったけど、戻りの宿の前でまた少し降ってきたかな」
「そっか······」
アリシアが少し不安そうな声を出すと、二人の間を浮遊していた瑠璃が不自然に羽をパタタと動かす。
──あの〜主様、あの方が雨は一時的に何とかして下さるみたいです。
(それって、精霊魔法的な事でか?)
アレルは、オルフェが盗み聞きまでしている事に嫌悪を感じつつも、精神感知を使って瑠璃に訊ねる。それに、瑠璃は苦笑い的なものを感じさせつつ答える。
──いえ、魔法ではなく雨を降らせている精霊に頼まれるらしいです。
(そんな事が出来んなら、今日の雨自体を止めろっての)
──えっと、その······精霊も気まぐれな者が多いですから、出来たとしても局所的で短時間かとルリは思います。
瑠璃が言うなら、そうなんだろうと少しはオルフェを許す気になったアレルだったが、目の前のアリシアが不思議そうに首を傾げてくる。
「ルリちゃんと話していたの?」
「ん? ああ、瑠璃によると少しの間なら雨は降らないらしい」
そう言うと、アリシアは瑠璃に視線を送りながら、目を見開いて驚いた表情を浮かべる。
「ルリちゃんって、そんなのも判るの!?」
──あ、主様ッ!? ルリは、そんな事まで出来ません!
しかし、瑠璃は嘘はつきたくないのかアリシアの視線から逃げるみたいにアレルの背に隠れる。そんな瑠璃の姿に、誤魔化し方を間違えたと思ったアレルは直ぐに別の言い訳を考える。
「二人共ごめんな、今のは雨が止んでれば良いなっていう俺の願望を、瑠璃を言い訳にすれば叶うかなって思っただけでさ」
アハハと、アレルは自らが泥を被る形でアリシアの勘違いを正そうとする。本音では、全部オルフェのせいにしてしまいたいアレルだったが、瑠璃を困らせたくはなかったので自身が責任を負う形を選んだ。
しかし、そんなアレルの葛藤を知らないアリシアは、アレルに対して不服そうな表情を向けてくる。
「もうっ、ルリちゃんまで慌てさせて何してるのぉ」
「だから、ごめんって」
──すみません、ルリのせいで······。
(大丈夫だ、そんなに気にするなよ。瑠璃は何も悪くない、悪いのは全部オルフェだ)
アリシアに責められつつも、アレルは精神感知で申し訳なさそうにしている瑠璃を励ます。ただ、当の瑠璃はそれはそれでルリとしては困りますと、薄っすらと伝えてくる。
なので、アレルは空気を変える為に両手を軽くパンッと叩いてみせる。
「まあ、いつまでもこうしていても仕方がない。そろそろ、出掛けないか?」
アレルは、言いながらテーブルの上に纏めた食器をトレイごと持ち上げる。それには、このままアレルを責めていれば置いていかれてしまうと考えたのか、態度を一変させ慌てた様子のアリシアがテーブルに残された空のパン籠を手にする。
「そ、それなら、私がこれを持ってくね。あと、部屋の鍵も任せてっ」
──では、主様と行きたいのは山々ですが、ルリはアリシア様と一緒にいますね。
続いて、瑠璃はそんなアリシアのローブの下の小物入れへ飛んでいく。その瑠璃の行動に、こちらの意を汲んでくれたんだなとアレルは笑みを浮かべる。
そうして、準備が整った所でアレルは二人に先駆け部屋の扉へと足を向けた。




