一章〜非望〜 六百十二話 語り部妖精からの忠告
人と妖精や精霊、二つの世界、もしかしたら他にも気付いていない所で様々なものの狭間に立たされているのかもしれない。それでも、アレルは今は無理でもいずれ自らの進む道ぐらいは、自分で選び取れる様にならなければいけないなと感じる。
そう出来なければ、瑠璃を心配させたままになるし、状況に流されるだけというのもどこか情けない。そんな事を思いながら、あと残りが少ない夕食をアレルは食べていく。
──······夜分に失礼します。私の声は、届いておられるでしょうか?
そこへ、瑠璃ではない男の声がアレルへ伝わってくる。しかし、瑠璃と同様の事が出来そうな者をアレルは他に一人しか知らない。
(オルフェか? この期に及んでまだ何かあるのか?)
──ええ······しかし、本当に会話が出来るとは思いませんでした。
オルフェはそんな事を言ってくるが、アレルにはそれが本音ではない事が判る。何故なら、自身は精神感知を使っていないにも関わらず会話が成立している事から、オルフェが一人で送受信を担当していると考えられるからだ。
そして、その事から瑠璃に聞いただけでそこまで出来る訳がないと思うアレルは、オルフェが以前にもこうして自身と瑠璃の様に何者かと意思疎通をしていたと推測する。
(それで、お前が言うとある方ともこうして話していたなら、瑠璃を介さずとも直接話せば良かったんじゃないか?)
──いえいえ、それがそう上手くもいかないので御座います。残念ながら、貴方と私との間にはこういった事を可能とする経路が築かれておりません。なので、今は貴方の傍にいる小さき者を介して、お話させて頂いております。
オルフェはそう言うが、例え瑠璃がそれを了承していたときても、自身と瑠璃との繋がりを利用されてるみたいで気分の悪いアレルはさっさと本題を話させようと促す。
(もういい、早く話し掛けてきた理由を話せ)
──ええ、解りました。それでは、一つご忠告を。貴方は、今魔力のみを使っていると思われているみたいですが、無意識に闘気の方も混じりつつあります。現状の貴方では、魔力と闘気が混じり合うのはとても危険なのです。
(ふざけんな、そんな事を言われても無意識ならどうする事も出来ねえよ)
アレルは、自ら操作の出来ないものを気を付けろと言われても、操作が出来ないのだから気を付けようがないと文句を返す。しかし、オルフェもそれは解っていたのか、フフフと不敵な笑みを返してくる。
──それは、簡単な事で御座います。要は、闘気を使わないと意識すればそう簡単に出てくるものでは御座いません。······魔力と闘気、生み出される源が同じ為に混じり合ったそれは霊子へと至ります。ゆめゆめ、お気を付け下さい。
それを最後に、言いたい事だけ言って碌な説明をしなかったオルフェの声は遠ざかっていく。アレルは、そんなオルフェに説明ぐらいさせようと待ったをかけようとする。
──ああ、そうでした。私にはヒト族の区別などつきませんが、紅き駿馬に跨った者が貴方達に近づきつつありますよ。
しかし、オルフェから投げかけられた言葉で、それが誰かと思考を巡らせた間にオルフェには完全に逃げられてしまう。ただ、紅き駿馬と言えばルビー種であり、そんなものに跨って来る者なんてそう多くはない。
そのせいか、アレルには一人の人物──セドリックの存在が頭を過る。
(······クソ、去り際に酷い爆弾投げてきやがった。それに、魔力と闘気を混ぜるなとか意味が解らねえ)
苛つきそうになるのを、アレルは手にしていたパンを齧る事で取り敢えず落ち着かせる。
セドリックの奴が、希少と言われているルビー種をどうやって手に入れたのかは判らないし興味なんか無い。しかし、そんな最悪はアレルだって想定していたし、それでもセドリックが追いついてくるかはギリギリの所だと考えられる。それに、不本意ながらもクライドのお陰で既にセドリックが待ち構えていると考えた上での対策と、来るなら来るで蹴散らしてやるという心構えも出来ている。
ただ、今アレルが気になるのはオルフェが言った魔力と闘気の事についてだ。ロバートとの鍛錬で、アレルは闘気の扱いが出来ていないと言われた。それでも、魔力を闘気の様に扱えるからとロバートが闘気で行っている感知を、アレルは魔力を用いて応用している。その際にも、闘気なんて微塵も使っていないはずなのに、オルフェからは混じりつつあると言われる。
そんなオルフェの言葉から考えるに、指摘された自身の不安定さが本来混じる事のない魔力と闘気の境界すらも曖昧にしているのかもしれないとアレルは考える。だが、どうしても解らないのは霊子に至るという部分なのだが、それが危険なのかどうかすらアレルには判断がつかない。
──主様、その······ルリが言えた事ではないかもしれませんが、大丈夫ですか?
そこへ、アレルが考え込んでいる気配を感じたのか、瑠璃がどこかその悩みを運んできた責任を匂わせながら訊ねてくる。それに、今度は瑠璃が相手だからとアレルは精神感知を使用するが、一先ず言われた通りに闘気を使わないと思いながら返事をする。
(大丈夫だよ。それに、瑠璃が責任を感じる必要もない。悪いのは、全部オルフェの奴だ)
──うぅ、あの方は本当に妖精郷へ帰れば、それなりの方なんですよ······。
と、瑠璃はどこかアレルの敵愾心を嘆くみたいな返しをしてくる。そんな瑠璃に、アレルはもののついでの様に自身だけでは解らない事を訊いてみる。
(なあ瑠璃、アイツは霊子へ至るって言ってたけど、それが何か不味いのか?)
──ええと、ルリにはよく解らない事もあるんですが、霊子とは魂が最も小さく分解された形と言われていて、それが無くなれば当然その事が意味するのは魂の消失です。そうなれば、エーテルの海に還る事もなく、輪廻どころか世界に存在する霊子を消失させたという大罪に繋がります。なので、魔力や闘気を使いながらそこへ至るというのは霊子の放出に同義だと思うので、あの方は注意をなさったのでは?
(その霊子って、放出したら無くなるのか? 外から補充なんかはされないのか?)
──すみません、ルリでは判りません。
瑠璃は、本当に申し訳なさそうな感じで言葉を伝えてくる。
(いいよ、瑠璃にはいつも助けられているんだ。こんな、答えられる奴の方が少ない様な疑問に答えられないぐらいで気にしないでくれ)
──主様······はいっ!
嬉しそうな返事を返す瑠璃に、アレルは持ち直してくれて良かったとホッとする。
しかし、アレルはその裏で異世界人の自身に霊子なんてものがあるのかと思うが、魔力を使えていたりエーテルの海の影響を受けていたりで、既にそれらの事自体が霊子という存在の証明になっている様な気がする。
エーテルの海、輪廻、魂に霊子、もしかしたら世界の根幹に関わる話をされていたのかもしれないのに、自身には理解が及ばない事をアレルは嘆く。それでも、ラ・アトランディアにおける自身の不規則な部分が、そういったものに触れざるを得ない事だけは理解した。
なるべく、自身がこちらの世界に来た影響を残したくないと言いながら、こんな風に最も深い部分に波風を立ててしまっている。その事が、アレルには心苦しく感じるのであった。




