一章〜非望〜 六百十一話 狭間に立つ者
そうして、再び残りの夕食に手を付け始めたアレルではあったが、そこに瑠璃が話の続きを持ちかけてくる。
──主様、まだもう少しだけルリの話に付き合ってもらって良いですか?
(ああ、良いよ)
アレルは、向かいで上品に食事をするアリシアをチラリと見てから、問題がなさそうだと判断した後で瑠璃へ返事を返す。すると、瑠璃はどこか改まった感じで話を切り出してくる。
──あの、先程の話では主様はアリシア様の心配をされていたみたいですけど、ルリに言わせれば主様の方が心配なんです。
(俺の方が? 何か、理由があるのか?)
そう返すと、瑠璃は少し間を置いてから改まってアレルへ応え始める。
──あの、少し長くなるかもしれませんが、大丈夫ですか?
その言葉に、アレルはテーブルの上の夕食の残り具合を確認してから答える。
(まあ、食べ終わるまでぐらいならな)
──はい······あの、まず前提から話しますと、この世界の生物は死を迎えるとエーテルの海に還ります。そして、このエーテルの海というのは世界中を巡り、いずれそこへ還る者達を繋いでいると言われてます。しかし、ルリ達や精霊といった存在はここから外れた存在なんです。
(それって、瑠璃達はその最期を迎えてもエーテルの海には還らないって事なのか?)
──はい、ルリ達は火や水、風や大地、そういった世界を構成するものから切り取られた存在とでも思って下さい。だから、人々が使う魔法においてルリ達は元々がそういった奇跡を起こす側に立っているので、人々が魔法と呼ぶものよりも上位の力を行使出来ます。······まあ、それを人々の中には精霊魔法などと呼ぶ者もいるみたいなのですが。
瑠璃の話で、魔法に関しては疎いアレルが聞いても何一つ理解は出来ないが、聞くべき人が聞けばこの世界における魔法学というものの通説を壊してしまう様な話をされているのではないかとアレルは感じてしまう。
──それで、少し話を戻しますと、そういう存在なのでルリ達はその役目を終えるとエーテルの海には還らずに、自身が生まれた場所へと還ります。火から生まれた者は火へ、水から生まれた者は水へ、そうして世界そのものへと還るのです。······それで、ここからが主様の話なのですが、そういった存在のルリと今の様に話せてしまっている以上主様は普通の人の枠組みから外れてしまっている可能性があります。しかし、その一方でアリシア様達とも言葉が通じてもいるので、エーテルの海を介した影響もその身に受けているんでしょう。なので、主様はこの世界において凄く不安定な存在なのです。
瑠璃の言葉を要約すると、エーテルの海へと還る存在と世界そのものへ還る存在、この両者にきっちりと分けられる中において自身だけがその狭間に置かれた不規則な存在なのだとアレルは捉える。その事実に、既に乗り越えた事とはいえ本当にどこまでいっても独りなんだなとアレルは思ってしまう。
だが、そんな状態だからこそ瑠璃とも話せるのだから、爪弾きにされるのも悪くないと今は思える。ただ、そんな風に思える程少し心に余裕が持てるようになれたアレルは、瑠璃の話し方に少しだけ違和感を感じる。
(なあ、少し話の腰を折るけど瑠璃はその話、誰から教えられたんだ?)
そう訊ねると、瑠璃はドキリと図星を突かれたみたいな反応を返してきて、伝える言葉も言い淀み始める。
──そ、それは······その、妖精郷にいた頃に、ですね。
(その頃には、俺はいなかったのにか?)
すると、アレルの肩に止まっている瑠璃は、誤魔化しきれない為か苦し紛れに羽をパタタと動かす。
──あっ······はい。あの·······主様が嫌がるからと伏せていましたが、ずっと主様の事を追ってきている方に聞いた話です。
(それって、オルフェか?)
アレルは、何故か自身がオルフェと関わる事を気にするアリシアの様子を窺いながら瑠璃に訊ねる。すると、瑠璃はオルフェともやり取りをしているのか、少し間を空けてからアレルへ答える。
──はい、実はこれまでもルリの知らない事はあの方から教えられた事を主様へ伝えてました。
(そうか、それなら俺からの伝言でオルフェの奴に、俺の瑠璃に変な事を吹き込むなって言っといてくれ)
そう言うと、瑠璃は動揺したみたいに羽をパタタタと慌ただしく動かす。
──あ、主様のッ!? あっ、いえ······その、あの方はルリよりも上位の存在でして、えっと······ルリからはちょっと······。
どうやら、妖精にも序列の様なものが存在し、瑠璃ではオルフェに対して意見するのは難しいらしいとアレルは解釈する。しかし、アレルにとってはオルフェなんてアリシアの不機嫌を招く単なる追跡者でしかなく、今この場にいたならぶん殴ってやるのにと思う。
ただ、殴る事ですらオルフェの様な手合いには喜ばせるだけになる事もあるので、アレルは相手にしないのが一番だと考える。
(解った、それならオルフェからの話をどうするかは瑠璃に任せるから、俺はオルフェの事に関しては完全に無視するって事で良いよな?)
──はい、それなら問題ありません。
そうして、どこかホッとした感じを伝えてくる瑠璃に、アレルはそんなに小さな身体で気を遣い過ぎないでくれよと願う。
しかし、これまでも瑠璃から教えられた事の一部がオルフェ由来の知識だとしたら、オルフェは一体何の為に自身へそんな事をしてくるのだろうとアレルは思う。そして、オルフェは一体どこまでの事を知っていて、何故瑠璃を通して情報を小出しにしてくるのだろうかという事も判らない。但し、それを訊ねたところでハッキリとした返答が得られないだろう事ならアレルにも判る。
なので、一先ずは今オルフェから与えられた情報に関して、アレルはどういうつもりで伝えたのかを問い質す事にする。
(瑠璃、それで話を戻すけどオルフェは俺が不安定な存在だって知らせて、一体何が言いたかったんだ?)
アレルが訊ねると、瑠璃はパタタと何度か羽を動かした後でアレルに応えてくれる。
──えっとですね、不安定だからこそ様々なものから影響を受けやすい、その受けた影響からどちらかへ傾けばまだ良い方だとか。ただ、それが傾かずにそのままでいたなら、主様はとある方と肩を並べる存在になれるかもしれないと仰られてます。
とある方、瑠璃は言われた事をそのまま伝えているみたいなので、言い方からしてそれはオルフェよりも上の存在を指しているのだろう。それでも、その言い方からアレルは、オルフェがそういった可能性から自身を追い回しているという事を悟る。
しかし、その一方でアレルは話の切り出しで、瑠璃がアリシアよりも心配だと言っていた事を思い出す。
(オルフェの事は、嫌だけど解った。でも、瑠璃が言っていたアリシアよりも心配な事って何なんだ?)
──それは······ルリは思うんです。確かに、アリシア様も生まれなどにより特殊な立場かもしれませんし、それによる重圧などもあると思います。でも、主様の場合はこちらの世界と主様の世界、人と妖精や精霊、あまりにも色々なものが複雑に絡み合っています。なので、何が起こるか判らないという点において、主様の方がルリは心配なんです。
何が起こるか判らない、それはアリシアの方も同じだろうと思うが、瑠璃の心配はどこか根源的なものに関わるものを指している様にアレルには感じられた。それこそ、魂や輪廻に関わる様な······。
それ故に。アレルは瑠璃をこれ以上心配させない様に、伝えられた事を肝に銘じるのであった。




