一章〜非望〜 六百十話 英雄の偉業の真実
生まれた時点で、過去から託されてたものを知らない内に背負っている特別な存在のアリシア。一方で、偶々何の因果か異世界へと迷い込んだ何一つ特別ではない自分。
まるで、そこには二つの世界が交わらない様に、目には見えない隔たりが存在しているみたいにアレルは感じる。
挙げれば、アレルもアマデウスや瑠璃を始めとした妖精との繋がりなどがあるが、それはきっと異世界人という理の違いが起こした不具合の様なものだとアレルは考えている。それ故に、手を伸ばせば触れられる程に近くにいるはずなのに、目の前にいるアリシアの事が何故か遠くに感じられてしまう。
ここで、そんな事気にせずに無遠慮に触れてしまえる人間もいるのだろうが、アレルには到底そんな事は無理だった。自身の様な不具合が触れてしまえば、アリシアが背負っている宿命や選び取るはずの運命までもを歪ませてしまう様な気がするからと。
──主様······。
そこへ、全てではないにしろアレルのそんな想いが伝わってしまったのか、瑠璃がどこか心配そうに声を掛けてくる。それにアレルは、瑠璃に心配させてはならないと無理矢理に口角を上げてみせる。
「まあ、話はそこまでにして夕食を食べよう。早く食べ終わらないと、この後買い物しようとしても店が閉まるかもしれないからな」
「うん、そうだね」
アレルの言葉に、アリシアは再び食事の手を動かし始める。その裏で、アレルは自身も夕食に手を付けながら精神感知で瑠璃へ声を掛ける。
(心配しなくても大丈夫だ。少し、当たり前の事を思い出しただけなんだから)
──はい······あの、それでもルリは主様と一緒にいますから!
(······ありがとな、瑠璃)
そうして、瑠璃の存在に救われながらも食事を再開させたアレル達は、そのまま特に話をする事もなく食べ進める。店が閉まると言ったからか、アリシアは上品に食べ進めながらもどこか焦っているみたいで黙々と食べている。そんなアリシアを見つつ、アレルはそれ以上焦らせない様に食事の進め具合をアリシアへ合わせながら食べる。
そこへ、一番早く食べ終わった様子の瑠璃がアレルの肩へ止まりに来る。
──あの主様、アリシア様へは内緒にして欲しいんですが、ルリには聖女の能力について心当たりがあるんです。
急に、そんな事を伝えてくる瑠璃に対して、驚きで手を止めてしまいそうになるアレルだったが、何とか堪えて精神感知で瑠璃に応える。
(それ、本当なのか?)
──はい、まだルリが生まれるずっと前の話らしいのですが、過去に一度だけエーテルの海が大きく揺らいだ事があったそうなんです。その、エーテルの海が揺らぐという事は、世界規模で何かしらの異変が起こる事に等しいんですが、その揺らぎはとても穏やかでまるで世界を包み込むみたいな感じだったらしいです。
(でも、異変は起こったんだろ? それを、どうにかしたのが聖女って事なのか?)
──いえ、その揺らぎを起こしたのが聖女······つまり、先程アリシア様が仰っていたフローレイティアというヒト族の仕業だったと妖精郷では伝わっています。
どういう事なのか、アレルにはさっぱり解らない。ヒト族、つまり人間達の間では聖女と呼ばれる者が、瑠璃達妖精の間ではどこか罪人の様な言われ方をしている。
そういった齟齬から、アレルは聖女の能力というものが世界を揺るがす危険なものである可能性を考えてしまう。
(それなら、聖女ってのは世界を壊すかもしれない人間って事なのか?)
──い、いえっ!? 違います! それは誤解で、当時の世界にはその前後でちょっとした変化があっただけなんです。
(その変化って?)
──それまでは、ヒト族の間でも使う言葉の違いからか意思の疎通が出来ていなかったんです。ヒト族でそれなんですから、他種族なんかとは最早会話をしようとすら思えない程の状況だったと聞いてます。ただ、それがエーテルの海が揺らいだ後にはどんな者とも会話が成り立っていたそうなんです。
瑠璃の話に、今度こそアレルはその衝撃に食事の手まで止めて驚いてしまう。何故なら、それは以前アリシアから聞かされたエウロスの偉業の一つ、世界に共通言語を齎したと寸分違わず同じ内容だったからだ。
それこそ、どういう事なのか一切理解出来ずにアレルは混乱してしまう。何故フローレイティアの聖女としての功績がエウロスの偉業とされているのか、何故そうまでして聖女の能力を隠そうとしているのか、全くもって見当すらつかない。
しかし、このまま瑠璃へ何も応えずにいると不安にさせると思ったアレルは、混乱する頭で言葉を返す。
(えっと、なんか凄いな聖女の能力って······)
──そうですね······エーテルの海というのは、ルリ達の感覚でいうと世界に生きる生命全てが還る魂の回廊みたいな感じなんです。なので、この世界に生きる全てと繋がっていると言っても過言ではありません。妖精郷の知識と呼ばれる方によると、フローレイティアという人間はエーテルの海に干渉して言語による隔たりを壊したのではないかと考えられています。
言語による隔たりを壊した、そう言われたアレルはアリシアと出会った当初言葉が通じた理由がそれだった事に気が付く。加えて、ジェームスと料理していた時も口頭では元の世界の名称で通じた食材が、パメラからの目録ではほうれん草がアイゼンリーフと表記されていた。その事から、フローレイティアが与えた影響はあくまでも会話におけるものだと推測出来る。
原理の詳細は判らないが、世界中を巡ると言われるエーテルの海に干渉し、瑠璃の感じ方で言うところの魂の回廊を利用して言葉というよりも意思とか思考とかに近いものを繋げたのかもしれない。それを、世界中に対して全ての者を対象に行ったというなら、それは正しく偉業と呼べるものだ。ただ、それを達成して尚フローレイティアの目標には届かなかったと手記には綴られている。
そうなると、フローレイティアは一体どこまでの事をしようとしていたのかとアレルは考える。しかし、そんな考えが纏まる訳なんてなく、それよりもフローレイティアが遺した何かがアリシアへと渡るのであれば、言語の統一なんて目じゃない程の大事をアリシアが成さねばならない事になる。
そんなアリシアの事が気になるアレルは、それでアリシアが不幸にならないかとばかり考えて他に対して気がそぞろになってしまう。
「アレル? ······ねえ、アレルってばッ!」
「ん? ああ、何だ?」
そのせいなのか、アレルは目の前のアリシアに呼ばれたのにも関わらず、それに気付けずに声を張らせてしまう。
「もうっ、さっきから手を止めてどうしたの? お腹一杯になっちゃった?」
「いや、そういう訳ではないんだけどさ······少し、ぼーっとしてて」
「もしかして、風邪?」
そんな見当違いな事を口にしつつ、椅子から立ち上がったアリシアはスススとアレルへ駆け寄りその額に片手を当ててくる。触れた瞬間だけ、ヒヤリと冷たく感じるアリシアの手に身体を強張らせるアレルだったが、アリシアはそんな事にすら気付かずに真剣な表情まま自らの手の感覚に集中しているみたいだった。
「······熱は無いみたい。でも、この後の買い物は行かない方が良いかな? 行かないで、直ぐに寝る?」
アリシアは、そう言って心配しつつも僅かに残念そうな感じを表情に滲ませる。
その、どこかお出掛けを楽しみにしていた子供がガッカリしているみたいな所に、アレルはそういえばこれがアリシアだったと笑みをこぼす。確かに、生まれは特別なのかもしれない。それでも、アリシア自身はどこにでもいる普通の少女と何一つ変わらない部分が、普段は見せない様にしている所に隠れている。
それ故に、そんなアリシア自身と呼べる部分が生まれの特殊さや託されたものの重圧で無くなったりしない様に、アレルは自分が傍にいる間はそういう部分を守ってやれれば良いなと感じる。
「あっ!? ねえ······なんで笑ってるの?」
「さあ、何でだろうな? でも、風邪なんて引いてないから買い物には行けるよ」
「そう······なんだ。うん、アレルが元気なら······それで、良いけど」
と、アリシアは誤魔化し切れてないのを知らずに、口元に嬉しそうな笑みを僅かに残しつつアレルから離れて椅子に戻る。
そんな姿を見ながら、アレルは別に越えられない隔たりがあったって構わないと思える様になる。何故なら、こうして見守る事には何一つ問題なんて無いのだからと。




