一章〜非望〜 六百二話 未だ探り合う互いの距離感
アレルが出ていった理由、それはクライドのついた嘘が判明した為だった。しかし、東門まで急いだはいいもののクライドはおらず、結局その思惑もどんなものだったのかは判らずじまいに終わってしまった。
だが、それを素直に話してアリシアが納得してくれるのかは判らない。それに、空振りに終わった事で不安にさせるのも忍びないとアレルは思う。なので、今さっき気付いた事で一旦誤魔化してアリシアの反応を見る事にした。
「いや、実は······ほら、ここの投げナイフ一本足らないだろ? どこかに落としたのかなって、大慌てで探しに行ったんだけど道中で怪しい男に投げたのを思い出してさ。それで、何も無しに戻って来たって訳なんだ」
アハハと、アレルは最後に下手くそな苦笑いも付け加えてしまう。
──主様、それは悪手です!
瑠璃からのツッコミが入るやいなや、バタンと部屋の扉が閉められ何の反応も返って来なくなってしまう。
「······」
閉められた扉の前で、ここまでされるとは思ってなかったアレルは呆然と佇む。だが、そのままでいる訳にはいかないアレルは、仕方なく扉をノックする。
「お〜い、今のは少し場を和和ませる為の冗談だって、なあ開けてくれないか?」
そう言っても、部屋の中からは何一つ返ってくるものはなく、瑠璃もアリシアに黙っている様に言われたのか何も言ってくれない。なので、初手を間違えた自分が悪いとして、アレルは声の調子を真面目なものに直してからアリシアへ扉越しに話し掛ける。
「えっと、アリシア······まずは、誤魔化してごめん。俺も色々あってさ、少し落ち込んだり反省したりもあって······気を紛らわせたい気持ちがあったんだ。それに、その理由を話したら不安にさせるんじゃないかとも思ってさ······それも、ただの言い訳にしかなってないかもしれないけど、ちゃんと話す前に自分の気持ちを整理する時間が欲しかったんだ。本当に、ごめん。······じゃあ、俺は別の部屋用意してもらうか、空きが無ければ他の宿にでも行くから」
一方的に、それだけ言ったアレルは身体の向きを変えて部屋から離れようとする。すると、ガチャっと扉の開く音がしたのと同時に、アレルは服の裾を引っ張られて足を止める。
それで、アレルが振り返ると扉の隙間から手を伸ばしたアリシアがアレルの裾を掴んでいた。
「えっと、あの······私も、意地悪してゴメンね。でも、ちゃんと話さなかったアレルも反省してね」
「······ああ、既にしてるよ」
そう返しても、アリシアはまだ何か言い足りないのか、裾を掴む手を離してはくれない。
「えっと······まだ何か?」
「あのね、アレルって何かあると直ぐに距離を取ろうとするでしょ? そういうの······なんかね、ズルい気がする」
言われて、そういえばアリシアは近くにいる人間が離れていく事に対して、恐怖に似た感情を抱いている事をアレルは思い出す。それを踏まえれば、確かにアリシアの前で先程の自身の言い方は卑怯だった様にもアレルには思える。
「あ〜······それは、ごめん」
「うん······」
そこで、アリシアはゆるりとアレルの服の裾から手を離してくれる。ただ、そのまま何も言わずに俯いてしまったので、アレルは自分が何とかしなければとアリシアへと働きかける。
「そういえば、他の二人は中にいるのか?」
「ううん、二人は隣だよ。ルリちゃんが、宿の中は大丈夫だって言ってくれたから、こっちに私とアレルの荷物を置きに来たの」
「あっ、荷物も預けたままだったな······ごめん、それとありがとな」
アレルがそう言うと、アリシアはコクンと黙ったまま静かに頷いて返す。それから、アリシアは扉から出てアレルの横を通りたそうにしてくる。
だが、今度はそんなアリシアの事をアレルの方が引き留める。
「えっと、私······イバレラ達に、荷物置いたら戻るって言ってあるから」
「あっ、いや······それなら、後でも良いんだけど······その、訊きたい事というか、相談? が、あるんだけど」
「相談? アレルが? 私に?」
反射的に、引き留めてしまったアレルが戸惑いつつも発した相談という言葉に、ピクンと即座に顔を上げたアリシアはどこか弾んだ様な声で訊き返してくる。それを、不思議に思うアレルだったが少しアリシアの意見を聞きたいのは本当なので、アレルは素直に頷いて返す。
「ああ、いつもなら俺一人で考えるんだけど、色々と問題が重なってるせいで頭の回転が鈍りがちなんだ。それに、話がエウロスとフローレイティアの頃の事とかにも絡んでいて、そういうのに詳しそうなアリシアの意見も参考にしたいかなってさ」
「······そうなんだっ! うん、良いよ。じゃあ、部屋の中に入って」
何故か、先程までの態度から一転してアリシアはどこか上機嫌になり、引き留めていたアレルの腕を逆に引っ張って部屋の中へと導く。それに、何かを言う前にアレルはそんなアリシアの勢いに負けて、そのまま部屋の中へと足を踏み入れる事になる。
部屋の中は簡素な造りで、入って直ぐの左手側に浴室への扉、正面にはテーブルと二脚の椅子、その奥の窓際にベッドが二つ並べてある。そのベッドの向かって左側、その上にアリシアに預かってもらってたアレルの荷物が乗せられている。
そして、部屋の中へと引っ張り込まれたアレルは、アリシアに腕を引かれるままにテーブル横の椅子に導かれるも待ったを掛ける。
「いやいや話はするけど、その前に荷物の確認と、幾つかの装備も外させてくれ」
「あっ、うん······そうだよね、それなら私は座って待ってるね」
アレルの断りに、アリシアは一瞬僅かに頬を赤くさせるも直ぐに取り繕って片側の椅子にちょこんと座る。その反応に、アレルは軽く首を傾げるも取り敢えず自身の荷物が置かれたベッドへ足を向ける。
そうして、ベッドの上に置かれた荷物の確認から始めたアレルだったが、そういえばアリシアは入口から向かって右側を選びがちだなと思う。それから、アレルは荷物に問題がないのを確認し、一旦ベッドの上に置いた外套を壁掛けに掛けつつ、不意にアリシアが右側を選ぶのには何か理由でもあるのだろうかと考える。
ただ、考えても答えの出ない事でもあるので、アレルは帯剣ベルトから騎士剣を外して壁際に立て掛けた後で気になるならアリシアへ訊けば良いかと思う。そして、最後に右太腿のダガーを外しサイドテーブルの上に置き、ソードクラッシャーと投げナイフは一応の護身用として身に着けたままアレルはテーブルまで戻ってアリシアの向かいに腰掛ける。
「お待たせ」
「ううん······それで、相談って何かな?」
遠慮がちに、それでもどこか待ち切れないといった様子でアリシアは話を切り出してくる。それに対して、アレルはこれでアリシアを不安にさせてしまうかもしれないが、その時は何をしてでも自身が安心させてみせると覚悟を決めて事の経緯を語り始める。
「実はさ、街に入る時アリシアには樽の中に隠れてもらっていただろ? あの時に、門兵に扮してとある人物が接触してきたんだ」
「うん」
──ああ、主様と何やら話し込んでいた人ですね。
相槌を打つアリシアのローブの裾から、ヒラヒラと出て来た瑠璃がクライドの事を口にしてくる。その瑠璃が、あまり嫌悪感を感じさせていない事にアレルは違和感を感じるも、ここで話を止めるのもおかしいかとアレルはそのままアリシアへ話を続ける。
「ソイツ、俺には家の次男だとか言ってたくせに、本当はその家の長男で嫡子だった事がミゲルのお陰で判って、それでソイツの思惑を知る為にさっきは宿を出て門まで行って来たんだよ」
「そう······だったんだ。それで、その人の名前は?」
そう言ったアリシアは、まるで聞きたがったのは自分なのだからと、どんな話になろうとも受け止める気構えを見せるみたく真っ直ぐにアレルを見詰めてくる。そんなアリシアの姿に、アレルも決心して頷きを返すとその者の名前を告げる。
「ソイツの名前は、クライド・ハウザー。ハウザー家の、現当主らしいんだ」




