一章〜非望〜 五百五十二話 魔物達を退けて
馬車を走らせたアレルは、そのまま一本道の旧道をひた走る。普段は、黒羽根達も利用しているからか、地面が露出している道の割には丁寧に地面が均されていてそれなりに走りやすい。
しかし、大角牛と遭遇してから少し、割と魔物の姿が散見される様になっている。旧道の中には、黒羽根達の補給拠点もあり魔物も倒していない訳ではないと思うが、それにしては少し多い様にアレルには感じられる。ただ、一本道の関係上瑠璃の感知で避ける事も出来ずに見つけ次第対処に追われる羽目になる。
──主様、左前方来ます!
(解った!)
瑠璃の声に、僅かに遅れる形で馬を狙って飛び掛かってくる真っ黒な鼬にアレルはクロスボウのボルトを射掛ける。空中で回避の出来ない鼬では、それをどうする事も出来なかったのでバスッと胴体にボルトが命中し、鼬は何も出来ずに地面に落下していく。
ただ、魔物はそれだけに留まらず、尾が二股に分かれた二尾狐や激怒浣熊という最早ただのアライグマなのではないかと思える魔物まで姿を現す。それでも、それらはまだ小型な為にアレルは逐一馬車から降りる事はせずに、クロスボウでボルトを撃ち込む事で撃退していく。
当たって倒れれば良し、当たらずとも小型の魔物の足では馬車には追いつけないので、そのまま振り切る事でアレルは先に進む。しかし、昼休憩を挟む前にアレルは瑠璃から休憩に適した場所を伝えられるが、そこには一つだけ問題があったのでアレルは馬車を停めて対処にあたる。
──主様、気を付けて下さい!
(ああ、大丈夫だ)
そう言って、アレルが対峙するのは小型よりも中型よりの魔物である影狼だ。瑠璃によると、コイツが周囲を縄張りみたいにしてる為に、コイツさえ倒せばしばらく周囲には魔物が近寄らず休憩出来るとの事だった。
なので、影狼との戦闘を開始するアレルだったが、いつぞやのアリシアが間違えた影獣とは違いそれ程の脅威ではなかった。まず一つに、影に潜るのは同様に出来るのだが、その移動が水溜り状の影が這うみたいな移動となるので不意打ちはされない。二つ目が、影獣の様に魔法で影の刃を出すという事がない点だ。
ただ、影狼は飛び掛かりでアレルに噛み付こうとしてきて、それが避けられると着地と同時に影に潜る。そこから、水溜り状態の影で動き回り再びアレルへ飛び掛かってくる。おそらく、それが影狼の必勝の形なのだろうとアレルは思う。
それでも、アレルだってそれなりの経験と修練を積んできてはいる。アレルは、左手でナイフ帯から投げナイフを一本手にすると、それを水溜り状の影に対して投擲する。すると、ザシュッと水溜りの奥でナイフが何かに刺さり、堪らず影狼が水溜りから飛び出してくる。それを待っていたアレルは、すかさず間合いを詰めて両手で構えた騎士剣で影狼の首を刎ね飛ばす。
「······」
それでも、首だけで動く可能性も考えてアレルは首と胴体とを視界に収めながら、気を引き締めつつ騎士剣を構え続ける。すると、二つに分けられた首と胴体とがドロリと泥が落ちるみたいに肉が溶けて、その場には影狼の骨だけが残される。
そこで、ようやく構えを解いたアレルは自らも周囲を見渡しながら瑠璃に訊ねる。
(瑠璃、周りに魔物の気配はあるか?)
──いえ、ありません。もう、大丈夫です。
瑠璃からのお墨付きで、アレルは騎士剣を鞘に納めて影狼の骨の近くに落ちた投げナイフを拾いに行く。その際に、影狼は肉体が影の為に返り血が付かないのが楽でいいなとアレルは考える。同時に、初めは空中にいる相手を斬るなんて出来なかったのに、少しは成長もしているんだなとアレルは自身の積み重ねを実感する。
そうして、投げナイフをナイフ帯に戻したアレルは、馬車に戻って昼休憩を取る為に路端へと移動させる。
「それじゃあ、昼飯にしよう。あまり開けた場所がないから路端に停めたけど、外の空気を吸いたいなら近くだけにしてくれ」
アレルは、御者台後ろの幌を軽く捲ってアリシア達に伝える。すると、直ぐ近くにいたのかアリシアが顔を出して応える。
「うん、別に大丈夫だからこのまま荷台で食事するね。だけど、アレルもちゃんと休憩しないと嫌だからね」
「ああ、解ったよ。俺も、昼飯抜きはキツイからちゃんと食べるよ」
「うん!」
アリシアの返事で、捲っていた幌から手を離し、アレルは御者台から降りて後方の荷台へ移動する。
ただ、アリシアと普通に話せる様になって本当に心が軽くなったとアレルは感じる。だからこそ、国境を越えたらアリシアに色々と自分の事を話さないといけないなと思う。
(でも······アリシアからも話があるらしいし、先に話させた方が良いのか? だけど、俺はまず謝らないといけないし······他にも色々と、って後にしよう)
アレルは、アリシアとの話はリバッジを無事に抜けて公国へ入ってから、つまり早くても数日後になるので今から何を話すのかなんて考えていたら忘れてしまう。なので、考えるのは公国へ入った直後で構わないだろうと思い荷台へと上がる。
「あっ、お疲れ様でしたアレルさん。先に、お茶の準備だけはしていますけど、何かお手伝いする事はありますか?」
「ああ、ありがと。でも、昼の用意はほとんど朝に終わらせてるから、バゲットを適当に切るぐらいだし手伝いは大丈夫だ」
言いながら、アレルは荷台の奥で座ってるアリシア達の手前にある水樽から柄杓で水を掬い、空桶を受け皿にして手を洗う。それから、用意するだけして木箱の中で中身が溢れない様にしていたアヒージョの鍋と、他に置いていた胡桃ペーストとレモンの蜂蜜漬けをアリシア達の座る所へ持っていく。
そこには、既にテーブル代わりの木箱が置かれていて、メリルは自身の隣に別の小さな木箱を置いてその上でシングルバーナーにアルコールランプを合わせた様な物で湯を沸かしている。
「アリシア、アヒージョを人数分に取り分けて置いてくれないか?」
「うん、任せて」
テーブル代わりの木箱の上には、既に食器なども置いてあったのでアレルは鍋を木箱の横に置いて、アリシアへそれぞれに取り分ける様に頼む。続けて、アレルは食料の置いてある所へ戻り、そこからバゲットを手にして食べやすい様に切っていく。
それらを大皿に並べ、アレルはそれをアリシア達の前にあるテーブル代わりの木箱へ置いて再び食料の置いてある方へ戻る。
「アレル? 座らないの?」
「ああ、まだ瑠璃の蜂蜜水を作ってないからな」
首を傾げるアリシアに、そう答えながらアレルは手早く蜂蜜水を作ってアリシア達の座る敷物が敷かれた所へ持っていき、自身はブーツを脱がずに立て膝で木箱の上に蜂蜜水の小皿を置く。
「アレルさん、まだ何かあるんですか?」
そこへ、敷物の上に座ろうとしないアレルへ、メリルがお茶をそれぞれに配りながら訊ねてくる。
「いや、もうないけれど······クリスが履物を脱いでいるから、俺まで脱いだら何かあった時咄嗟に外に出られる奴がいなくなる。だから、俺はこのままでいいよ」
その言葉に、何も考えずに敷物の上に座っていたミリアへ、アリシアとメリルの視線が集まる。
「わ、解りましたよっ! 私が、アレルの代わりに立っていればいいんですね?」
ミリアはそう言って立ち上がろうとするが、それをアレルは首を横に振って制止する。
「いいよ、今更面倒臭い。それに、俺のブーツはナイフが仕込まれていたりで一度脱ぐと履くのに時間が掛かるんだ。だから、そこら辺の木箱に座って食うから俺の分だけこっちに寄越してくれ」
そう言うと、ミリアには恨みがましい視線を向けられ、メリルにはまたそうやってと小言と呆れた視線を向けられてしまう。
──主様、ルリはあっちではなく主様の傍が良いです。
そこへ、フードから出てきた瑠璃がそんな事を言ってくるので、アレルはアリシア達の前に置いた蜂蜜水を自身が腰掛ける近くへ置き直す。
──ありがとうございます。
「アレル、はいコレ」
と、瑠璃の感謝とほぼ同時にアリシアが取り分けたアヒージョの器を渡してくれる。ただ、これ以上食べ始める前に何かあっては敵わないと思ったアレルは、面倒なのでもう食べ始めてしまおうと考える。
「ありがとな、アリシア。それと、アヒージョが冷たいままで申し訳ないがもう食べ始めよう。各々、好きに食ってくれ」
そうして、ようやくといった感じでその日の昼食が始まった。




