一章〜非望〜 五百五十一話 再出発にあたって
頃合いを見て、どちらかという事もなく絡めていた小指を離すと、またもアリシアがどこか嬉しそうな笑みを浮かべる。それに、アレルはそんなアリシアの笑顔を直視出来ずに不自然にならない様に目を逸らす。
そこに、そんな二人の様子を眺めていたメリルが口を挟んでくる。
「あの、今のって何か意味があるんですか?」
「ああ、それは──」
「駄〜目っ、メリルには内緒だよっ」
と、アレルが指切りについて説明しようとするが、そんなアレルとメリルの間を遮る様に立ち上がったアリシアによって阻止される。自身の口の前に人差し指を立てて、くるりとアレルからメリルに身体の向きを変えるアリシアの表情は明るくどこか上機嫌そうに見える。
その理由が何なのか、アレルには解らなかったもののメリルは呆れたみたいなため息をアリシアに対して吐く。
「あなたねぇ······まあ、良いですよ。それより、アレルさん怪我の方はもう大丈夫ですか?」
言われて、アレルも一先ずアリシアの事は置いといて、負傷箇所を軽く叩いてみる。
(うん、何ともない。流石と言う他ないぐらいの治り具合だ)
そうして、わざわざアレルが治り具合を確かめていると、メリルの方を向いていたアリシアが振り返って頬を膨らませてくる。
「むぅ〜、私ちゃんとやったのに······」
「いや、メリルは過回復とかの事を心配してるんだろ? 別に、アリシアの能力を疑ってる訳じゃないって」
アレルはそう言うものの、当のアリシアはフンとそっぽを向いてしまう。しかし、その口元には笑みが浮かんでおり、本気で拗ねてる訳じゃない事が判る。
それ故に、アレルはアリシアを構わずにメリルと話を進める。
「怪我は、もう何ともないよ。そっちは、もう出発しても大丈夫か?」
「ええ、アタシ達は何もしてませんから直ぐに出発でも問題ありませんよ」
「そっか」
メリルの返事を聞いて、アレルは木箱から立ち上がる。それから、荷台を降りようとアリシアとメリルに背を向けるが、手を掴まれて足を止められてしまう。
そこで、アレルが振り返ると手を掴んでいたのはアリシアで、その表情は先程までとは違って真剣なものだった。
「あの······ね、怪我は治ってもその分体力は減ってるはずだから······その、無理はしないでね」
それだけ言うと、アリシアは掴んでいた手を離してくれる。
まだ、ちゃんと話が出来た訳ではない。それでも、こうしてわだかまりを感じる前と同様に接してくれるアリシアに、アレルは安心して欲しくて微笑みを返す。
「ああ、無理は······しないとは言い切れないけど、もう少しで昼だからな。適当な所で、休憩を取るから大丈夫だよ」
「なんで、いつもそこで無理はしないって言えないのっ! ······でも、なんか凄くアレルらしい気がする」
クスッと、上品に口元を隠しながら安堵の笑みを浮かべるアリシアを見て、アレルは今度こそ荷台から降りる為に背を向ける。
「随分と、酷い言われようだけど仕方ないか。それじゃ、休憩取るまで好きに寛いでいてくれ」
「······うん」
と、アリシアの返事を背中で受けてアレルは荷台から降りる。すると、どこか不機嫌そうな顔をしたミリアが、片足のつま先で何度もタンタンと地面を叩いていた。
「随分と、遅かったな。武器の交換と補充するだけだったのではないのか?」
「それだけのつもりだったんだがな、お前のお節介な姉ちゃんに怪我を隠してたのがバレたんだよ」
そう言った直後、馬車からアレルさ〜ん聞こえてますよ〜と聞こえた気がしたが、アレルは空耳だと聞こえなかった事にする。しかし、ミリアはそんなアレルへ舌打ちを返す。
「後で、どうなっても知らんぞ」
「大丈夫だろ? 俺は、クリスじゃないからな」
──そうです! 主様は、お前なんかとは違うから平気ですし、何かあってもルリが主様を守ります!
と、肩を竦めたアレルのフードの中からピュンと瑠璃が飛び出してミリアの前で胸を張るみたいに浮遊する。それに、ミリアはあからさまに嫌そうな顔をする。
だが、そんなミリアでも言いたい事があるのか、瑠璃を無視してアレルへ視線を向けてくる。
「アレル、お前アンネ様とはちゃんとどうにかしたのか?」
ミリアは、まるで敵に向ける様な鋭い目つきでアレルを睨んでくる。それには、流石の瑠璃も空気を読んでアレルの隣に飛んでくる。
「一応な。悪かったな、気を揉ませたみたいで」
「フンッ、貴様の為ではない」
ミリアはそれだけ言うと、アレルへ背を向けて馬車へと歩いていく。それを、アレルはミリアはミリアで気を遣っていたつもりだったのかなと思う。
──主様、あんな奴は放って置いて早く出発しないと、今日中に町まで行けませんよ。
(······それもそうだな)
瑠璃に促され、アレルはミリアが荷台に上がったのを確認してから御者台へと足を向ける。それから、大人しく待っていてくれた馬達の鼻面を撫でてから御者台へ腰掛ける。
(瑠璃、走っている時は危ないからフードの中に入っていてくれるか?)
──はい、解りました。
そうして、瑠璃がフードの中へ速やかに入った後で騎士剣などの位置を調整するが、その騎士剣が長剣とは少しだけ感覚が違う事にアレルは僅かに戸惑う。違う事は当たり前なのだが、きっとその違いは戦闘で使う際にも感じるのだろうと思うと、後でそれも確かめておかないとなとアレルは考える。
しかし、今は日暮れ前にはヘッケルまで行っておきたいので、早く馬車を走らせようと最後にクロスボウの位置の確認も済ませる。
「じゃあ、出発するけど大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ」
「はい、どうぞ」
と、アリシアにメリルは返事を返してくれるが、やはりミリアからの返事はない。ただ、ミリアの場合は返事がない事が問題ないという事なのだろうと受け取る。
──では、お二人も大丈夫みたいなので行きましょう! 警戒は、ルリに任せて下さい!
(ああ、悪いけど頼りにさせてもらう)
そうやって、張り切るルリに返事をしてから、アレルは手綱を動かして馬達に馬車を曳く様に伝える。そして、ゆっくりとした動き出しから再びヘッケルへ向けて馬車を走らせ始めるのであった。




