一章〜非望〜 千七十九話 勢いに乗る
闘気は、先程までに枯渇寸前まで使ってしまっている。しかし、反対に何故か魔力は潤沢に身体へと残されていた為に、アレルはその魔力を身体強化と騎士剣へ纏わせる為に使用する。
ただ、そうして魔力が潤沢に残されているのも、『荒ぶる魂』が幽鬼君主から吸収した雷撃の魔力を使い切れなかったのが理由なのかもしれないと思うと色々と複雑ではある。それでも、こうして再び幽鬼君主と一対一で勝負出来るなら文句は言うまいと、アレルは目の前の戦いに意識を集中させる。
幽鬼君主も、相当頭にきているのだろう。片腕が動かないにも関わらず、残された方の腕で襲い掛かってくるなんて愚策だし迂闊だとアレルは思う。
しかし、逆に考えるとアンドレの魂を拘束していた影の様な腕──幽鬼君主の本体と思わしきそれを斬るには、それをどうにかして露出させる必要があるという事なのではないかとも考えられる。だからこそ、幽鬼君主は不用意にも実体化させた腕で攻撃をしてきた訳であり、敢えてそうして再度斬らせる事で勝利をこちらに確信させた後で再生可能である事を見せつけ絶望を煽る。そうして、こちらに勝ち筋を誤認させようという意図もあったのかもしれない。
そうであったなら、アンドレの魂を解放した際の感覚に疑問を抱いたこちらの剣筋は鈍り、幽鬼君主側に勝敗の天秤が傾く流れにもなり得る。そう考えるアレルは、魔物のくせに本当に侮れない相手だと心底思ってしまう。
そんなアレルは、騎士剣を実体化した幽鬼君主の腕へ滑らせる形で更に踏み込み攻撃に転じようとするも、幽鬼君主は即座に反応して後方へと下がり間合いを取ってしまう。
その動きから、アレルは最初に見せた激昂すらもこちらを惑わせる為のものだった事を感じ取る。しかし、それがまるっきりの計算からでないのも、風詠を通して伝わる殺気により解ってしまう。
ただ、その様に人間とは違っても感情に似た部分があるのであれば、こちらとしても初戦では見せていない手段もあるとアレルは戦闘の組み立てを図る。
「なあ、お前さぁ······そうやって敢えて接近戦を挑むの、本当は俺にビビってるからなんじゃねえの? そうやって実体化してれば、一応は斬られないように抵抗出来るもんなあ」
そう口にした瞬間、幽鬼君主の片手がアレルへと向けられ、その掌から間髪入れずに雷撃が放たれる。
だが、幽鬼君主を挑発する言葉を口にしながら、既に幽鬼君主の攻撃を読んでいたアレルは変則強化で雷撃を大きく回避してみせる。
「────ッ!?」
その事に、雷撃を放った幽鬼君主は驚いたみたいに奇怪な音を発するが、反対にアレルはその口元に不敵な笑みを浮かべる。
本来、雷撃なんてものを人間が避けるなんて事は、その弾速の速さと空気の抵抗を受ける為に生じる着弾点の乱雑さにより不可能だ。
しかし、幽鬼君主が放つ雷撃に関してはそれの限りではない。
そうアレルが考えたのには、幾つかの理由があって雷撃があくまでも魔法という点もその一つだ。
この世界における魔法は、アレルが見た限り使用者の再現性に依る所が大きく、使用者が理解出来ていない部分に関しては魔法の発現時に再現されない可能性があった。現に、一種のプラズマ現象である雷撃に関して、幽鬼君主はプラズマ化の際に生じる放射線などの危険なものを知らないが為にあくまでも疑似再現の範囲に留まっている。
おそらくではあるが、その辺も使い手の技量によって差異が見られる所であるのだろうが、幽鬼君主が放つ雷撃が再現出来ているのが電気的な性質の一部と弾速の速さのみ──つまり、空気中を直進してくるだけの雷撃であるなら、その狙いを予め誘導さえ出来れば前もって回避する事は可能という事になる。
「······フゥ」
とはいえ、あくまで仮説の上に成り立たせた推論だった為に、そうやって躱してみせたアレルとしても冷や汗ものだった事には違いない。なので、そう何度も避ける事は出来ないが、一度でも躱してみせた事で幽鬼君主に不用意な連発を踏み留まらせるだけの要因にはなる。
だが、雷撃の軌道を予測し放たれる直前に回避するには変則強化が必須な訳だが、その変則強化にも溜めの時間は必要だし何より身体への負担も大きい。その為に、連発も多用も出来ないが、それでも投げナイフの他に雷撃からの損傷を減らす方法が見つけられたのは僥倖だった。
しかし、そんなアレルの内情を知らない幽鬼君主は、自慢の雷撃が躱された所為なのか先程みたいな勢いが目に見えてなくなっている。そうであるならばと、アレルは次こそこっちから仕掛けさせてもらうと幽鬼君主へ間合いを詰める。
魔力を纏わせた騎士剣、その脅威に抵抗する為か物理での防御を選択し動く片腕を実体化させてくる。
だが、アレルとしてはわざわざ腕なんかを狙う必要がないので、幽鬼君主の動かない腕の方へ回り込みその胴体へ目掛けて騎士剣を横に斬り払う。それでも、咄嗟に回避へと動いた幽鬼君主は、アレルの騎士剣から遠ざかると同時にアレルへ火球を放ってくる。
なので、アレルは更なる追撃を諦め、一旦足を止めて火球を騎士剣で両断する。ただ、間合いから遠ざかった幽鬼君主の体を見ると、その胴体には騎士剣の剣先が触れていたのか僅かに削られているのが判る。
「なあ、どんな気持ちだよ? 自分が追い詰められるってのはさッ!」
言いながら、ここが攻め時だと感じたアレルは、再び幽鬼君主へ間合いを詰めると騎士剣を縦に振り下ろす。
それを、幽鬼君主は実体化させた腕で防ぎにくるも、速度と体重が乗せられた振り下ろしを防ぐには幽鬼君主の腕の強度では足りずにピシッとヒビが入る。すかさず、アレルはそれで再度後方へ逃げようとする幽鬼君主の動きを読んで、更に一歩踏み込んでからの突きを放つ。すると、その突きは幽鬼君主の肩を突き刺し確実な損傷を与えるも、苦し紛れの火球を放たれた事でアレルは回避を選択し追撃を諦める。
「······」
少しずつではあるものの、幽鬼君主を追い詰めている手応えが感じられる。その事から、アレルはやはり靄の中で楔とされていた人を解放した事で、幽鬼君主が充分に回復し切れなかったのではないかと考える。
そう思うと、『荒ぶる魂』に体を削られた事も影響している事が考えられ、消耗しているのはお互い様かとアレルは感じる。ただ、このまま戦えるならば、確実に幽鬼君主を倒し切れるとアレルは確かな手応えを覚える。
その瞬間──幽鬼君主の眼窩の奥が、妖しくも不気味な紅を宿す。




