一章〜非望〜 千七十七話 見せかけの労り
元々、オルフェの方から言い出した事で、本来はテレサ対策で街の近くに待機していたオルフェが千年前に戦った存在に似たものを感じると言い出したのが始まりだった。
そこから、助言を受けたりもしていたのだが、少し前に色々と準備があると言ったきり風詠を通して声を掛けても返事が返ってこなくなった。正直、あのオルフェの身に何かあったとは考えづらいが、普段から余計な話が多い分だけ今の様に静かだと余計な心配までしてしまう。
しかし、現状を踏まえるとオルフェの準備とやらが間に合わない可能性すらも考慮して、ここからの対応を考えていかなければならないとアレルは思う。
「ヘルマンさんっ、大丈夫ですか?」
アレルがそんな風に思っている所へ、ヘルマンの傍で心配そうにしていた守備隊員から声が上がる。見ると、意識を取り戻した様子のヘルマンが上半身を起こしていた。
「む······私は、何を? それに、ここは······?」
「隔壁前ですよ。私達が来る前に、魔物を追って靄の中へ入ったヘルマン様は瘴気にあてられていたので記憶が曖昧なのでしょう」
一応、コンラートからは言葉遣いなんて気にしなくて良いと言われていたが、ヘルマンもそうとは限らないのでアレルは言葉遣いに気を付けつつ話す。すると、ヘルマンが不思議そうに顎下を手で撫でたので、バツの悪いアレルは自らの行いを告白する。
「すみません、その······私を骸骨戦士と誤って認識して襲ってきたので、無力化する為に殴って意識を失わさせて頂きました」
「そうか······いや、君には迷惑を掛けたな。済まない、アレル君」
「いえ、それよりも瘴気の影響などは大丈夫ですか?」
話した感じ、幻覚からは覚めているみたいだが、未だ瘴気の影響が残っているならヘルマンには戦線を離脱してもらった方が良いかもしれないとアレルは考える。
「······そうだな、まだ多少の吐き気は残るものの少し休めばどうにかなりそうだ。ただ、な······あの中で、私は何かしてしまったのではないか? 何故かは解らないが、覚えていないのに何か妙な罪悪感の様なものが残っているんだ」
そのヘルマンの言葉に、アレルは楔とされていた人達に対する行いを指しているのだろうと感じる。しかし、覚えていないならば、幻覚に惑わされていた特殊な状況も絡んでいるならば、敢えて真実を伏せておく事も選んでいいのではないかとアレルは考える。
そして、その罪と罰も止める事の出来なかった自身だけが背負えば良い。どうせ、自分は誰かに死を望まれる程の嘘つきなのだからと、アレルは靄の中での事を知る唯一の人間として嘘をつく事を心に決める。
「それは、私に刃を向けた事に対する申し訳なさとかではありませんか? それなりに、痛めつけられましたので」
そうして苦笑してみせた刹那、アレルの中でジワリと古傷の様なものから鮮烈な痛みが蘇るのを感じる。
何故なら、今の虚言はヘルマンに対する配慮などとは口が裂けても言えない様な、傲慢で独善的な身勝手でしかないものなのだから。仮に、ヘルマンが思い出せないだけで楔とされた人達を殺した事を覚えているとしたなら、いずれ何かをきっかけに真実を思い出した時に今ここで真実を伏せられた事に対して傷付く事もあるだろう。
その可能性があるにも関わらず、アレルはヘルマンへの配慮を装って自分の口から真実を伝えるという痛みから逃げる口実にしてしまった。それを理解したアレルは、きっとこんなんだから元の世界にいた頃でさえ『あの言葉』を誰かに言わせてしまうんだと自省する。
「それは、本当に済まなかった」
「いえ······こちらこそ」
だから、アレルは申し訳なさそうに謝罪を口にするヘルマンに対して、視線を外しながら謙遜にも聞こえる言葉を呟く。
また、こうして罪を重ねていくんだな。
そう思いながらも、ヘルマンが靄の中での真実を思い出さない様にと願うアレルは、それが本当にヘルマンを労る気持ちからなのか自身の保身の為のものなのかが判らなくなる。
それでも、今日の嘘がいずれ自分を断罪する日が来るなら、それを受け入れれば良いだけだと割り切って意識を目の前の事へと向け直す。
「なあアレル君、こうしてヘルマン殿を外へ出す事が出来たものの次はどうする? 何か、手立てがあると言うのか?」
そこへ、ヘルマンとの会話を黙って聞いていたコンラートがアレルへ訊ねてくる。それに、アレルは視線を靄の方へと向けながら自身の考えを口にしつつ応える。
「そうだな······本来なら、元凶の魔物を倒す為に戦うのと並行して中にいる人達を外へ連れ出すのが定石ではあるけれど、靄の中には瘴気が混じっていて人海戦術は使えない。まあ、幸か不幸かこちらには割ける人手もないけれど、仮にあったとしても中に入ればヘルマン様と同様に幻覚を見るか正気を失うかのどちらかになる可能性がある。だから、例え少人数であったとしても中に入るのはお勧めしない」
「待ってくれ。それでは、中にいる魔物が欠損した身体を回復させるまでの時間を与えるだけではないのか?」
反論する言葉は、コンラートではなく未だ立ち上がる事の出来ないヘルマンから出てくる。それを、アレルはヘルマンに一瞥する事なく肯定する。
「ええ、その通りです。現状、あの中で動けるのが私一人となると、戦闘の余波から中にいる人々を守りきれるか判りません。それに、靄の中は奴の領域で、その中で戦うのであれば不利を強いられるのだけは確実です」
その言葉に、疑問を挟んできたヘルマンはぐうの音も出せずに黙ってしまう。すると、アレルの考えを聞いていたコンラートが、今度はそうして下を向くヘルマンへ訊ねる。
「守備隊の方で、聖水などは保有してないのか? あれば、私達も多少なりは戦える様になると思うのだが」
「聖水······ですか。あるにはありますが、街中に不死者が出現する想定がされていなかったので、備蓄は中央区画に集められているんです」
「そうなると、やはり奴と戦えるのはアレル君だけとなりそうだな」
コンラートは、ヘルマンの返答にどこか解ってはいた様子を見せつつも、その表情には苦々しいものを感じさせながら呟く。
ただ、そこでアレルの戦う所を見ていないヘルマンが、不思議そうな顔をしながらアレルへ訊ねてくる。
「そういえば、アレル君はどうやって幽鬼へ攻撃を届かしているんだ?」
「私の場合は、剣の方に魔力を纏わせてどうにかしてます。逆に訊きますが、どなたか攻撃魔法を扱える方はいないのでしょうか?」
「そうか、君は土系統の······でも、済まない。元々、辺境伯様の私軍には魔法を扱える者が少ないんだ」
ヘルマンがそう答えると、そこへコンラートが口を挟んでくる。
「では、ヘルマン殿の適性はどうなんだ?」
「残念ながら、私の適性は風系統となっています。ちゃんとした詠唱を習得可能な者ならば、風系統でも戦う術はあったのでしょうが······申し訳ありません」
と、コンラートとヘルマンがアレルには理解しきれない魔法の話をするが、理解出来ないなりに幽鬼君主への攻撃手段を模索する内容である事は解る。
ただ、その手段が話し合いで見つからない以上、やはり幽鬼君主とは一人で戦うしかないなとアレルは覚悟を決める。




