一章〜非望〜 千七十四話 読み合いの果てに
ヘルマンの隙を突き、楔とされている男性を解放する。それを思いついたのは良いが、実際にそれを行うとなると幾つか問題が生じる。
まず、両手のどちらかを空けないと魔力を纏わせた手で印付に触れる事が出来ない。しかし、片手を空けるとなると、それは騎士剣かソードクラッシャーのどちらかを鞘に納める事を意味し、見た目に武器が減る事実は巡ってヘルマンの警戒を緩める事に繋がる。
更に言えば、印付をどうにかするにはそれなりの魔力を触れる手に込めなればならず、それは少なくても多過ぎても楔とされてる人の負担に繋がってしまう。その為に、魔力を操作する際には集中力が必要なのだが、その集中力をヘルマンと戦いながら維持するのは骨が折れる。
「······ハァ」
それらを踏まえると、やはりヘルマンを無力化させてからというのが無難であり、尚且つ最善手かとアレルはその手順の面倒さにため息を吐く。
ただ、目標とやる事がハッキリしたアレルは、先程感じた幽鬼君主への怒りを力へ変えてヘルマンへ両手の武器を構える。
「······」
「······」
周囲に人々の叫びが響き渡る中、互いに刃を向け合ったアレルとヘルマンの間には暫し沈黙が訪れる。
アレルとしては、傷付ける事なくヘルマンを無力化したいと隙を狙い、一方でヘルマンとしては未知の武器と騎士剣の二つ持ちになった事による戦い方の変化にも警戒しなければならない。その均衡の釣り合いが取れてしまったが為に、アレル達は互いに動き出せないという妙な間を作り出してしまっている。
こういった場合、先に動いた方が負けだというのが通説だが、それはあくまでも何の考えもなしに焦って動いた場合を指す話だ。なので、逆説的に相手の考えを読み切って先に動いた場合はその限りではない。
そして、現状を鑑みるに読み合いにおいては、ソードクラッシャーというそれまで見せていない武器と二振りの剣を手にするこれまでと異なる戦闘方法を匂わせる自身の方が多少有利であるとアレルは考える。ヘルマンは、未知の武器に対する警戒と目にしてない戦闘方法を踏まえた上で、こちらの動きを読み切らない事には下手に動けない。
だが、有利だからといってアレルも即座に動ける訳ではない。
仮に、アレルから不用意にヘルマンへ仕掛けたとすると、数手でどんな攻撃の仕方をするのかという手掛かりを与える事になるので、その数手の間で勝負を決めなければならない。ただ、アレルが有利なのはそうした読み合いの勝負をしなくてもいい選択肢がある所だ。
それは、ヘルマンが焦って読みが甘いままに先手を取った場合で、その場合アレルは落ち着いてヘルマンのそういった隙を突けば良いだけとなる。更に言えば、ヘルマンの剣はルクスタニア流の基本的なものであるが故に、ラルフの剛剣やミリアの守り重視のものの様に一点突破出来る様な特徴もない事が仇となりヘルマン自身からは動きにくい。
つまり、この睨み合いにおいてアレルは自ら強引に勝負を決める他に、ヘルマンから動き出す事での自滅を待つ選択肢もある。そして、アレルはそうしてヘルマンの反応を待つ間に、ヘルマンがどの様な手段で仕掛けてくるのかをじっくりと読む事が出来、仮にヘルマンの考えを読み切れてしまえば自ら仕掛けて勝負を決める事も出来る。
時間の経過──それがアレルには有利に、逆にヘルマンには不利に働く中で、両者の間で読み合いという静かな攻防が繰り広げられる。
ただ、その時間の経過はヘルマンとの戦いだけに関わるものではない。
靄に漂う瘴気は濃くなり、幽鬼君主には回復する暇を与えてしまう。それに伴い、靄の中で苦しむ人々への負担も増していく。
それが判っていながら、焦って迂闊に動く訳にはいかないという理解が、逆にアレルの焦燥感をジワリと煽ってくる。それでも、全てを取りこぼす事なく掬いきろうと考えるのであれば耐えろとアレルは自身の衝動を抑え込む。
「骸骨戦士──いや、生前はそれなりの剣士であったのだろう。その手で積み上げし誉れ······知らずに葬る事を許せッ!」
そこへ、そんな宣言と共に意を決した様子のヘルマンが一息にアレルとの間合いを詰めてくる。ただ、幻覚に囚われながらも死者に対しての敬意を払う言葉に、アレルはそういう所のあるヘルマンをやはり傷付けたくないとないと感じる。
そんなアレルの思いなんて知る由もないヘルマンは、骸骨戦士だと思い込んでいるアレルに対して長剣を縦に振り下ろしてくる。それをアレルは、こちらの出方を見る為の一撃だと先程の攻防から読んでいたので、後方へ下がる事で初撃を躱す。
「なんのぉッ!」
だが、そんなアレルの回避を織り込み済みの斬撃だった故か、ヘルマンはそこから更に一歩を踏み込んで本命の突きをアレルへ放ってくる。対して、アレルは予想よりも鋭い突きに対して面食らってしまうも、どうにか防御する事なく自身の右側へ軸移動する事で回避する。
そこへ、再度一歩だけ浅い踏み込みで突きの勢いを止めたヘルマンは、突きを回避したアレルを追う様に長剣を横に振るってくる。そんな頭部の破壊を狙った斬撃に、アレルはヘルマンの長剣の切っ先が頬を掠めて傷付けるのも構わず紙一重で躱す。
「クッ──!?」
三連撃、ヘルマンはそれに勝敗を懸けていたのだろう。それら全てを躱されたヘルマンは、敗北を覚悟したのかその表情を悔しさで歪める。
そこから、アレルはやはりヘルマンも時間を使えば使う程に自身が不利になっていくのを判っていたのだろう。しかし、焦りを隠しきれずに動いたその動きは読みやすく、アレルも回避にそこまでの難しさは感じなかった。
そして、アレルは連撃の影響で僅かな硬直を見せたヘルマンに対して、その手にする長剣をソードクラッシャーで挟んで無力化する。それから、アレルは騎士剣をその場に捨てる事で自由になった右手で拳を握り、ヘルマンの顎下を目掛けて振り抜く。
「ガハ──ッ!?」
すると、ヘルマンはほぼ無防備にアレルの拳をもらった為に、ガクッと脱力してその場に膝から崩れ落ちてしまう。その際に、長剣をソードクラッシャーで折ってしまわない様に気を付けつつ、意識を失ったヘルマンをそのまま寝かせたアレルは取り敢えず何とかなったかと安堵する。
そして、アレルは長剣から外したソードクラッシャーを鞘に納めてから、その長剣をヘルマンの腰の鞘へと戻してやる。続けて、先程落とした騎士剣を拾ってから本来の目的へと目を向ける。
「······ようやくだな」
考えていなかった訳ではなかったが、ヘルマンとの戦闘でもそれなりの体力を消耗させられた。それでも、仮にヘルマンが正気であったなら、削られる体力は今の比ではなかっただろう。
ただ、これで最後の楔とされている人は助けられると、アレルは風詠による感知を高めつつその目を対象の人物へと向ける。




