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いつか神殺しのアマデウス  作者: 焼き29GP
第一部 王国の動乱
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一章〜非望〜 千七十話 領域の楔

 急ぎたいのは山々だが、それでも(はや)る気持ちを抑えてアレルは()えてゆっくりとした歩調で(もや)の中を進む。

 その理由は単純で、如何(いか)に魔力を(まと)わせた騎士剣で散らせるとはいえ、呼吸を乱して瘴気(しょうき)混じりの(もや)を必要以上に吸い込むのは良くないからだ。そんな不注意で、自分も正気を(たも)てなくなれば幽君主(ファントムドミヌス)の思う(つぼ)だとアレルは思う。

 しかし、現状の様に周囲が瘴気(しょうき)混じりの(もや)(おお)われていても、自分は酷くて吐き気を(もよお)す程度の影響しか受けないのをアレルは不思議に感じる。思い返せば、シープヒルでアンデッドと戦った際にも瘴気(しょうき)の影響みたいなものは感じなかったので、もしかしたら異世界の人間には瘴気(しょうき)に対する抵抗力があるのかもしれないと考えてしまう。


(······向こうは、黄砂やらPMなんちゃらやら空気の悪さはこっちの比じゃないからな)


 などと思いながら、アレルはなるべく阿呆(あほ)な事を考える事で負の感情に(とら)われない心の柔軟性を保つ。

 そうしていると、視界の先にぼんやりとではあるものの、倒れ伏す人々がほとんどの中で直立している人影が見えてくる。ただ、歩いていたりはしないのでヘルマンではないなと確信したアレルはそのまま人影へと近づく。


「──ッ!?」


 だが、そうして手の届く範囲まで近づくとその人影から()れ出る(もや)と超音波みたいな音にならない叫びに、アレルは思わず足を止められてしまう。

 本能的に、それに近づくのは危険だと何かがアレルに(うった)えてくるものの、それを理性や使命感で抑えつけたアレルは更に一歩その人影へと近づく。そうして、音としては聞こえないものの耳鳴りの様な状態が続く不快感に耐えつつ、騎士剣を軽く振るって放出される(もや)を散らしながら少しずつ人影へと近づく。

 すると、段々とその人影の輪郭(りんかく)がハッキリとしてきて、遂にはその外見や性別なんかも判る様になる。


 オレンジブラウンの髪色に、全体的にパーマがあてられたミディアムヘア。歳の頃は二十代ぐらいで、薄化粧ながらもどこか気合の入った女性らしい服装をしていてデートの途中かこれから向かう所だったのかもしれない。

 そんな女性が、白目を()いた酷い表情で幽鬼君主(ファントムドミヌス)領域(テリトリー)を維持する為に(もや)を噴出し続けている。


 そんな姿を目にし、心を痛めるアレルではあったが、周囲に目を向けると近くにヘルマンらしき人影はなかった。その事から、亡くなった男性から一番近い場所にいないという事はヘルマンが誘導されていない事と、術中(じゅっちゅう)の中にいても尚その影響をあまり受けていない事が判る。

 それが判り、多少の安堵(あんど)が得られたアレルは、今は目の前の事に集中しようと白目を()いた女性を観察する。アレルの思い通りであるなら、身体のどこかに幽鬼君主(ファントムドミヌス)(ほどこ)した印付(マーキング)があると思い、アレルは風詠(かぜよみ)の感知を()る事に集中させる。

 すると、アンドレの(たましい)()た時の様に、女性の(たましい)から何かを吸い上げている様な(みょう)な力の流れをアレルは感じ取る。その流れは、女性の中心から背中側へと向かい左肩の肩甲骨(けんこうこつ)の辺りへ続いていた。


「······」


 アレルは、それが幽鬼君主(ファントムドミヌス)(ほどこ)した印付(マーキング)かと思うが、何があるか判らないと慎重になってしまう。だが、自身に残された継戦能力やヘルマンの事を踏まえると悠長(ゆうちょう)に構えている時間もない。

 なので、何があっても良いように心構えだけをして、アレルは右手に騎士剣を手にしたまま女性の背後に回り込み魔力を(まと)わせた左手で女性の左肩の肩甲骨(けんこうこつ)に触れる。


「キャアァァァァ!!」


 その瞬間、女性はまるで何かを拒絶するみたいな絶叫を上げ始め、立ったままガタガタと身体を震わせてしまう。

 それを目にしたアレルは、対応を間違えたかと(あせ)り手を離そうとするも、()えていた力の流れも同時に乱れた事から()えてくれと願いながら左手へ更に魔力を込める。


「ヤァァァァッ──!!」


 すると、女性は更に甲高い叫び声を上げていき最後はまたも超音波の様な音にならない奇声と化してしまう。

 しかし、その甲斐(かい)あってか(みょう)な力の流れは完全に断ち切れて、アレルの()にも女性の肩甲骨(けんこうこつ)()えていた起点の様なものが消えたのが確認出来た。そして、女性の身体がぐらりと揺れて倒れそうになるのをアレルが受け止めると、女性の周囲の(もや)だけが他と比べて僅かに晴れていく。

 そんな、亡くなった男性の所との違いを目にしたアレルは、やはり(くさび)とされている人達は死ぬ事で(くさび)としての役割を強めるのかもしれないと考える。


「無事ですか? 意識はありますか?」


 ただ、今は受け止めた女性の状態の(ほう)こそを気にすべきだと、アレルはその意識の有無(うむ)を確かめる為に声を掛ける。しかし、女性からの返事は無くアレルの腕に意識の無い人の重さを伝えてくるだけだった。

 それでも、その状態で騎士剣を地面へと置いたアレルは、女性の首筋で脈があるのを確認するとどこかホッとして女性をその場でそっと寝かせる。


「すみません······今は、外へ運んで差し上げる事は出来ませんが、必ず後で誰かに保護させますので」


 意識がなくとも、声だけは届いている可能性も考えてアレルは横に寝かせた女性へ最後にそう声掛けだけはしておく。

 それから、アレルは地面に置いた騎士剣を拾い上げると、再び風詠(かぜよみ)を頼りに(くさび)とされている他の三人の所へと足を向ける。その途中で、ヘルマンと合流出来るか(ある)いは手負いの幽鬼君主(ファントムドミヌス)へとどめを刺せれば良いのだが、どちらも無理であるなら(くさび)とされてる人達をそのまま解放しようとアレルは考える。

 (くさび)とされてる人の死──それが、幽鬼君主(ファントムドミヌス)が仕掛けた何かの引き金となるのであれば、その思惑(おもわく)を潰す事も重要な事の一つではある。ただ、そうする事で別の事が手遅れになる事も考えられる為に取捨(しゅしゃ)選択が重要になってくる。


(······それでも、な)


 解っていても、既にアンドレと先程の男性の二人が犠牲となってしまっている。その事実に、胸の奥がどこか重くなるような感じのしたアレルだったが、今はまだ後悔に沈む時ではないと歯を食いしばる。

 そうして、今からでも犠牲を出さないように次の(くさび)とされてる気配がする場所まで来たアレルは、そこで解放した女性と同様に奇声を上げながら白目を()く少年の姿を目にしてしまう。



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