act,20_友人役Aの予想外な幼馴染の暴言
本家の屋敷、自分の部屋。
昔は何の違和感もなく使っていたそれだが、今は状況からか、それとも帰ってきた理由が理由からなのか、とても不愉快だ。
前は楓もよく来ていた。
プライドが高い上に金持ち意識がある母、初め楓と関わる俺のことをよく思っていなかった。ただ関わるなと言っても、金持ちに逆らわないというような大人の暗黙の了解みたいなことが分かってなかったその頃、楓は断るどころか母を挑発する結果になっていた。
『自分が性格悪いからって、紅くん取られて逆恨みするな!』
的外れな言葉に意気消沈したのか、相手にするのが馬鹿らしくなったのか。忠告の対象は楓の母親になり、その相手に会いに行ったのだが――帰ってきた時、母は珍しくご機嫌なっていて。ワケを聞けば目を細めて、楓の母親――桜さんを気に入ったのだと言う。
桜さんは真っ直ぐな人だった。純粋というわけではないが、俺の母とはまた違った意味で姿勢の良く、自分の信念を大事にする人だ。凛とした姿に憧れる人間も少なくはないだろう。……残念ながら、その桜さんが娘たちをふじょし? にしたらしいが。
楓が本家に来た時は退屈しない。
人当たりの良さと持ち前の明るさで、楓は周りから気に入られ歓迎されていて、俺の母こそ気に入りはしなかったが家に来るのも阻害しなくなくなり、思いっきり遊べた。
あの頃は楓を取られたくない一心で、焦って話しかけまくったことも懐かしい。
コンコンッ
ノックの音、障子の向こうの人影。
返事をすれば入ってきたのは蒼生だった。
「あの……聞きたいことがあって」
「入れ」
「失礼します」
おずおずと入ってくた。ベッドに寝そべっていた体を起こす。
俺の取っつき難い性格と不良みたいな外見が理由か、それとも分家と本家の人間ということがあって緊張しているのか、年下という事実がある以上に遠慮している。
ベッドの傍で座り、口を開く。
「杠学校には十二の家の本家の人間が全員通っていると聞きましたが……」
「ああ、そうだな。生徒であれ教師であれ、全員能力者だ」
「僕はどういった立場になるのでしょうか。能力関係者と言っても、それだけであまり親しく装うのもおかしいですし……聡い人なら、尚更」
「……ああ、成程」
楓には俺の知り合いとして蒼生を紹介するが、幼馴染の楓なら勿論のこと、俺の周りは俺が進んで友好関係を築くタイプではないと知っている。それならばわざわざ友人だと紹介するのはおかしいし、説明しなければ家の人間だと思うのも自然だ。
それならば蒼生が心配するように、友人だと言うだけで傍にいるのは不自然。不自然じゃない、理由がいる。
「そうだな……それなら、死んだ父親に世話になっていた頃があった、ということにしておけばいいだろ。アイツは深入りするようなやつじゃねえし、ぼかせば追究はしない。だから面倒をみる義理だと思わせておけば、どうにかなる。死んだ人間に確認は取れねえからな」
「っ、分かりました。では、僕と鶫さんが姉弟として杠学園に行くことを、他の能力者たちは知っていますか?」
死んだ父親を利用する言い方に、顔を歪ませた蒼生だが、すぐに切り替えてそう言った。
「知っている。だが、家関係の人間に怪しまれないように、初対面として扱うことになってるからな」
「……そうですか。すみません、ありがとうございます」
そう言ってホッと肩を下して立ち上がる。障子を開けて一礼すると、その場を去った。
自分は緊張するほどの人間ではないと思っているが、どうも慣れていなければ、傍にいる人間を強張らせてしまう。大層な人間ではないんだがな。
やることもなく、もう一度ベッドに体を預ければ、丁度枕元にある携帯に目が入る。メールの受信を確認するが、何もない。――楓からも、着ていない。
少々女々しいかもしれないが、これまでずっと傍にいて、一週間も顔を合わせないなど、年に一回あれば珍しいというほどだった。顔が見られないのは勿論、会話もできないのは辛いし……正直寂しい気持ちもある。
だが自分からメールするのもおかしい。今まで用事意外でメールをし始めるのは、楓から送ってきた時がほとんどだ。だから何を送ればいいか……分からない。
そう思っていれば、心を読んだかのようにかかってくる電話。
慌てて誰からの着信か見れば、そこには望んでいた相手の名前。
「もしもし」
『あ、紅くん。声聞くの四日ぶり』
「ああ、……なんか用だったか?」
無愛想。脳裏に浮かんだ言葉。素直じゃない生き方をするのも、簡単じゃない。
そもそも望んでこんな性格なわけではないが。
『別に用とかじゃないんだけどさ、なんか声聞きたくなっちゃって。帰るの後三日だよね。木曜日、その日、体育祭の競技決めるらしいからさ、こっちに着いて一休みしたいかもしれないけど、ちゃんと来てね?』
「そうか、もう、体育祭がある時期か……」
『孫の成長に驚くお爺ちゃんみたいな言葉だね、紅くん』
「あんま行事に興味ないからな」
『出なきゃ単位取れないよ。あれ、でも、紅くん――』
疑問の声。
『――なんか、元気ない?』
ほら、こうやってすぐに言い当てる。嘘を付けないのも、付きたくないと思うのも、こうした鋭いところがあるからだ。
あまり他人に気を許さない金坂が好感を持ったのも、こういうところがあるからだろう。心を読めるなら尚更、能力者は気配りができる人間が好きだ。
能力を持った人間は、将来それが有効活用される仕事につく。表沙汰に出来ないものも、当然含まれている。だから能力を持つ人間たちは、あまり上下関係を作ろうとしない。
教師と生徒の関係があるにも関わらず、気軽に振る舞っているのはそういう事実があるからだ。今は親しく話すことができるものの――十二の家の協定がいつ崩れるか分からないから、今だけは、必要以上にフレンドリーでもいいんじゃないか、と。
十二の家はお互いに監視し合っている、兄妹がいるならともかく、当主になるなら気安く声をかけることもなくなるのだから。
「なんでも――いや、そうだな……お前のアホみてーな顔みたら、元に戻るかもな」
『ちょっと、紅くん! 僕アホみたいな顔してないよ? これでも成績優秀な優等生だからね? そこ分かっているかい?』
「そういえばそうだったな」
『忘れないで! 僕から優等生の称号を抜き取ったら、何が残るの!』
「何が残るか、って……」
お前は顔もいいだろう。良くも悪くも分かりやすくて裏表がないし、明るいし、俺みたいな奴にも優しいし。惚れた欲目を引いても、周りをちょろちょろ動き回る姿は、背が低いのがあって小動物っぽいし。少しスキンシップが多いかと思えば、よく見ればあんまりしてなかったのに気付いて、俺だけかって嬉しくなったのは最近のことだっていうか……俺らしくもない、美辞麗句ばかりしか出てこない。
「…………変人?」
『なに? 変人、だとう……? む、……反論できない気がする』
「実際そうだろうが」
『むむむ、そんなこと言う紅くんは受けっ子にしちゃうんだからね!』
「受けっ子?」
『あんあん喘がせてやる!』
「ばッ、お前女のくせに喘がすとか言うな! 少しくらい慎みを持て!」
『相手は雪路さんにしちゃうんだからね!』
「なんでアイツ?」
『あ、お姉ちゃんが読んでるからまた今度ね! アディオス、ツンデレヒロイン!』
「おい待て、明らかな嘘だろうが!」
最後に「元気だしてね! ヒーローの座は雪路さんに譲らない!」と言いながら電話を切る相手、椛さんが楓を呼ぶ声など聞こえなかったが、声を聞けただけでもよかったから、かけなおすことはない。
初期画面に戻った携帯を元の枕元に置いて、ベッドから立つ。トイレに行こう。もう一度手に取った携帯をズボンの後ろポケットに入れ、部屋から出る。
「あ」
「あ!」
人に出くわした。
胸元あたりにまで伸ばした茶髪。弟と同じようにたくさん開けたピアス。ネコミミがトレードマークのフードを腰に巻いている、火八馬にも気軽に顔を出せる存在。
むしろ今だからこそ、姿を現すべき存在。
「鶫、」
「はぁーい、鶫ちゃんでーす。久しぶり! こ、う、き」
ハートマークの付きそうな声音で言ったのは、金坂満の姉――金坂鶫。
能力者でないにも関わらず、能力者を軽くあしらう頭脳を持つ金坂家の長女。
「おっきくなったわねえ、と言っても一センチ? 最後に会ったのはいつだったかしら」
「親父の誕生日の時、だった気がするけど」
「じゃあお正月のちょっと後かぁ。どう、もう楓ちゃんはモノにした?」
「…………残念ながら、まだ」
「すんごい前から片思いしてるくせに、早くしないと取られちゃうわよ」
まるで近所のおばさんを相手にしているかのようだ。この取っつき易さと相手を騙す時に見せる鋭さが楓に似ていて、傍にいるのは嫌いじゃない。
鶫は楓のことを知っている。楓が最後の火八馬本家に来たのは半年前。しかし会ったのはもう五年も前のことだ。多分、鶫も探りを入れる人間として写真を見ていなかったら、楓のことなど俺の思い人というわけで、思うだすことはなかっただろう。
「ま、あたしが行くからには安心しなよ。監視ついでに他の男の邪魔してあげるし、ラッキースケベも作ってあげるから」
「いらん。仕事に集中しろ」
「紅貴の了承とか聞いてないし。仕事とは言え、学校行けるのよ? 教師としてだけど。ついでに楽しんで行かなきゃ損でしょ、っていうか娯楽がないと仕事続かないし」
堂々とサボり宣言をする鶫の後ろから、俺の従者――雪路の姿が見えた。
スーツを着こなした姿は仕事モードだ。しかしその顔には、言い切った鶫への呆れがあからさまに出ている。
雪路は俺と鶫の間に割り込むと、にこやかな笑顔で言った。
「鶫様、そろそろお仕事のお時間では」
「まだちょっとぐらいは大丈夫よー、もう本当相変わらずね、雪路は。あんまり主人の番犬しすぎて溜息吐かれてもしらないわよ?」
「さて、なんのことやら」
過保護な雪路としたら、俺をお世辞にも良い人とは言い難い鶫に近寄らせたくないんだろう。結構前からこうやって横から入ることがあったりする。
従者としてはやってはいけないことなのだが、それが心配から来ているのを知っているため、一応主人である俺は勿論咎める人間はいない。
……こう見えても、鶫は残虐なところもあるから。
「あー、はいはい、どっか行ってやるわよ。それじゃあ紅貴、学校でね」
「おう」
特に気にした風でもなく、軽く手を上げて自分の屋敷に戻っていった。そういえば、火八馬の屋敷に何か用があったのか? 蒼生のように母親に仕事の詳細を聞きに来たのかもしれない。
考えていれば、雪路がおずおずと話しかけてくる。
「紅貴様、あの、」
「何だ?」
「余計なお世話だったでしょうか……」
ああ、と納得する。真面目な雪路のことだから、相手が鶫とはいえ主人の会話を邪魔したのを気にしているのだ。
だから気にするなと言えば、パッと明るくなる。
そういえば楓は雪路がヒーローだとか言ってたが、何のことだったんだ?




