此花重工試験場
『読み上げます。
ギア、ドール、合計一万体起動成功。
IDデリートの被害拡大。2万人がロスト。
データバンクの警備強化完了。
災害救助用ALGM 荒神の実地試験開始。
軌道エレベーター、不調収まらず。
マザー&マダム、出生率2.0を維持』
空港の滑走路か一面のサーキットの様な何処までも広いコンクリートのコート。
向こう端は見えないので、数キロは続いているのだろう。
風がやや冷たい。
恒星はその境目の芝生で屈伸運動をしていた。
隣では宵一が手袋型のデバイスを起動し、ここ二週間のニュースを読み上げさせていた。
「遂にアンドロイドの完成か。ギアとドール。まるでアダムとイブだな。」
足の筋肉を伸ばしながら恒星は宵一に話しかけた。
「聖書なんてもう通じないよ。女神はマザーとマダムだけ。人々は女神を見上げるだけで、もう過去を振り返らないし興味もない。マザー&マダムが人間を楽園に連れて行くんだって信じきっている」
「何が悪いんだ?」
「・・・何も悪くないと思う。けど。」
なにかムズムズする、という心理感情以外、とくに問題はないように見える。
もしこうなったら。こうなってれば。
そんな話は人間が中枢を担ってもなくならない。
ならば成果が出続けている今の体制は、楽に正しく進化をしているのかもしれない。
「損得勘定をちゃんとしろってよく親父が言ってただろ。目に見える成果や結果だけじゃなくて、目に見えない感情なんかも計算しろって。
お前が違和感を抱いている。それは十分に警戒対象だ。
間違ってたら気にしすぎただけ。
合ってりゃ危機回避。
悪くない計算だろ?」
「ちょっと僕を信用しすぎじゃない?」
「お前ほど信用できる奴はいないからな・・・きたか。相変わらず気持ち悪い程時間に正確なやつらだぜ」
時間に余裕を持って早めに行動する、なんて今の時代ではロスタイムだ。
時間ピッタリに集合し、時間ピッタリに解散する。
無駄を嫌うのが今の時代の価値観なのだ。
その価値観の通り飛行機の滑走路の様なコンクリートのコートから軍用トラックが向かって来ている。誤差プラスマイナス五秒といったところか。
到着したのは、トラックだけではない。
芳村兄弟以外の操縦士達もだ。
空からエアバイクで近づいてきている。
ドローンの機械音も、軍用トラックが引いている荒神を運ぶ音で消えてしまっている。
地からは爆風を巻き起こしながら
ジェットバギーが近づいてくる。
運転しているのはゴーグルをした色黒で金髪のギャルだ。
ジェットバギーは二人の近くで急停止をすると運転手は即座に地面に降りた。
豹柄のスパッツに長いネイル。ゴーグルを外すとギャルは二人にウィンクした。
ハートのマークが飛び出しそうなウィンクだ。
二人は混乱する。
これが此花重工の麒麟児、此花 咲耶だろうか。
とするとまだ頭上のエアバイクの方が、田中一郎、もしくは格闘技術教官の石凝尊なのだろうか?
混乱は更に酷くなる。
ドローンタイプエアバイクが無事、着陸した。
運転していたのは若く美しい青年の執事で、後ろにしがみついていたであろう金髪縦ロールの少女はなんでもないという風に優雅に歩いてみせる。
その華々しくも圧のある佇まい。
そして横に控える若く美しい執事。
エアバイクで空から降りて来たお嬢様こそ「此花 咲耶」と確信する。
ならばこの金髪ギャルが教官の言っていた「田中一郎」だろうか。
諜報技術関係者だと言っていたから性別など大した問題ではないのかもしれない。
一郎が男の名前だなんて偏見かもしれない。
芳村兄弟の困惑をよそに金髪縦ロールのお嬢様、此花 咲耶がドレススカートの端を持ちゆっくりとお辞儀をした。
「皆様多忙な中、私どもの開発した「荒神」の実施試験にお付き合いくださり感謝いたしますわ。」
たまらず恒星が声をあげる。
「まだ、一郎さんと尊・・・教官がみあたりませんけど!」
「はいはーい。おっさんならここにいますよー」
急に背後から声をかけられて恒星は弾かれた様に飛び退いた。
それを見て声の主であるボサボサの頭に無精髭の、くたびれたスーツを着た中年は興味深そうに目を細めた。
「へぇ・・。大した反応だ。若いっていいねー。」
「はじめまして、石凝尊教官!!」
いやいや、とくたびれた中年・・・田中一郎は手をひらひら降って否定を表した。
「おっさんは田中一郎。今日は斥候係だ。宜しく若者よ。」
くたびれたムードに気を削がれそうになるが、今の間合いは間違いなくキルゾーンだった。
状況が、運命がそうさせなかっただけで、もし違う形で、敵同士として出会っていれば、恒星は今、確実に死んでいた。
嫌な汗を手で拭いながら恒星は挨拶を返そうとした。
そして気付く。
お嬢様は此花 咲耶
今しがた挨拶をしたくたびれたおっさんは田中 一郎。
隣にいるのは宵一。
となると、この金髪ギャルは・・・?
「やっと気付いたのー?恒星ちゃん超ウケるんですけど」
ギャルピースをしながらケタケタ笑う美しい肢体の女性が、髭面眼帯のアバターの中身なのである。アバターは所詮アバター。
とはいえまさか中身が絶滅危惧種、黒ギャルとは夢にも思わず。
恒星は無様にも口を開けて硬直した。
イタズラが成功した子供の様に石凝尊はニシシと笑った。
あれこれ聞きたい気持ちを抑え、操縦士の4人は此花 咲耶と向き合う型で整列をしなおした。
「改めまして、本日は宜しくお願い致しますわ。」
挨拶もそこそこに、軍用トラックでゆっくりとこちらに牽引されている機体を指差した。
5台の軍用トラック。
つまり5台の荒神が牽かれている事になる。
機体が到着するに合わせ、咲耶は簡略ながら機体説明をし、操縦士を任命する。
5体の荒神は正に千差万別でそれぞれ特有の能力に特化していた。
例えば悪路や劣悪な地形を想定した、狼型の四足歩行型の荒神「アマテラス」
操縦士には恒星が選ばれた。
例えば、超近距離特化の高周波ブレード、近距離ブースター、耐久性に重きを置いた太めの両腕が特徴的な機体「スサノヲ」は石凝尊
例えば、光学迷彩による隠密、医療キット、修理キット、食料、災害対策を想定した倉庫を機体に隠し持つ「サクヤヒメ」は此花 咲耶が操縦する。
「ヨイチ。お前は?」
「僕はあの細長い機体。高機動狙撃型の『ツクヨミ』だね」
「そういやお前、碌に研修受けてないのに射撃技術4だって?」
「父さんにね、教えてもらったんだ。兄さんが武術を習ってる時間はほとんど。」
あー、と恒星は顔をしかめる。
父が相手をする、は決して楽なハードルではなかったからだ。
恒星は思い出を振り払う様に頭を振り、近くで最後の機体を見上げている優男、田中一郎に声をかけた。
「一郎さん、だっけ。機体はどんな感じすか?」
一郎は視線を外す事なく答える。
「俺のは隠密重視だねぇ。ホバークラフトにワイヤーフック、ブースターを駆使して高低差もなんのそのってね。ステルスにデータ収集用ドローン。
チェンソーみたいなのは侵入に邪魔なものを伐採用かね。
機体名は・・・タケミカヅチ。」
機体は皆の半分くらいか。
身体の動きを拡張する連動操作型で、操作は一番楽そうではある。
「それでは皆様、各班メカニックに操作説明を受けていただきますわ。
機体テストに使える時間は72時間だけですの。
休憩はこの先をずっと行った所に療養宿泊施設がありますので、ご自身の荒神を使って移動して下さいませ。
不調、不安、不備がある場合は遠慮せずに申し上げてください。」




