最後の攻防
弓張月到達まで150秒を切った。
「放せ!放せぇぇぇ!!」
突貫工事とは思えない深い落とし穴でもがく2体の荒神。
恒星の左目の出血は止まらない。
視界は赤く染まり、もがれた華(妹)の顔がうらめしそうに恒星を見据える。
「壊すんだッ!壊すんだッ!このくそったれた世界の全部をッ!もう誰も悲しまない!もう誰も苦しまない!何もかも、無かった事にしてやるッ」
狂った狼は社会を、文明を、歴史を否定する。
『無かった事になどさせませんわ!!荒神を!貴方方を!此花を!あの日の約束を!』
ーーー練習に付き合ってやるよーーー
電流が走る様に、恒星の脳裏に映像がフラッシュバックする。
だがその記憶は泥水に落ちた紙の様にあっという間に闇に蝕まれていく。
『私、まだまだやりたい事がありましてよ!世界をもっと良くするのがこの此花 咲耶の使命!そして荒神の使命ですわ!』
凡夫を超越する此花の麒麟児は肯定する。
人々の営みを。進化を。荒神を。それを操る依代を。
剥がそうとするアマテラス。しがみつくサクヤヒメ。
弓張月到着まで後120秒を切る。
上空から石凝 尊操るスサノヲが急降下をし、二人の間に割って入った。
「死に損ないがっ!そんなに!そんなに死にたいかぁぁぁ!!」
ーーー華ノ様ニ。
「あーしは死なないっ!あーしが死んだら、誰が世界を!大事な人を守るワケ!?あーしは、世界も大事!恒星ちゃんも大事!」
「うるさい!うるさい!うるさい!」
「見たくなくても見せてやるッ!度肝ぬいちゃうよ!あーしのアチュラチュパワーで!!」
スサノヲはサクヤヒメを自分の背中側に匿う。
かつて月面基地で皆を庇った時の様に。
敵対するアマテラスを蹴り上げ、落とし穴の中腹まで身体を押し戻した。
スサノヲは闘志を練り上げる。
殺す為でなく、救う為に。
倒すためではなく、止める為に。
二段跳躍をしても、壁を蹴り上げて登っても、この地形から抜けるには数秒かかる。
そこが狙いだった。
「逃げ場がないっしょ?しっかり受け止めなよ!あーしの気持ち!!
ガチ!!恋!!レボリューショーーン!!!」
喜怒哀楽全てを込めた尊最大の一撃だった。
穴底から空に向けて、落とし穴の淵をゴリゴリ削る波動砲と追尾ミサイル。
一撃200体を屠った「ムカチャッカファイヤー」を一回り、いや二回りは大きくした天へと伸びるエネルギーの柱。
だがしかし。
尊渾身の一撃は虚空を貫く。
荒神アマテラスは、事もあろうに空中を走ったのである。
『鍵を寄越せ。咲耶。教官。俺が全てを終わらせる。』
落とし穴の入り口まで登り、深い穴を覗きこんでいた。
弓張月到着まで90秒を切る。
『油断大敵って教わらなかった?恒星ちゃん』
先回りしていたのは田中一郎操るタケミカヅチ。
『おっと、一歩でも動いたらおっさんのマキビシがアマテラスの脚を壊しちゃうよ?』
「おっさんは若者に道を譲れよ・・・もうあんたらの時代は、人の時代は終わりだ。
俺が終わらすからだッ!!」
アマテラスは神速で宙空という見えない道を移動する。
4m近くある筈の機体は影しか捉えれず、暴風雨の様に荒れ狂って、タケミカヅチに突進した。
だが、神速の攻撃はやはり空を切った。
『立体映像式「分身の術」。ドローンの数だけタケミカヅチの分身が出る様にしてる。突貫だけどおっさんだってまだまだいけてるでしょ?』
急遽用意された此花のドローンは50体もない。
だが田中一郎はさも底がないかのように嘯く。
恒星が操るアマテラスは一瞬だけ動きを止めた。
だが一瞬だった。
「・・・・・。聴こえる。呼吸の音。ポンプが血管の様に巡る音。空気を響かす軋み。おっさん。そこだな?」
アマテラスが瞬きする間に消えた。
次に目が開いた時、アマテラスの牙がタケミカヅチの顔を噛み砕こうとしていた。
不完全ながらの無拍子。
神速とあいまり、忍びの虚をつくほどの形を成していた。
落とし穴から一番離れた場所に陣取っていたタケミカヅチは、戦いを超接近戦へと持っていかれた焦りを見せた。
残り60秒。
諦めるわけにはいかない。
諦めてはいかない。
おっさんとして、友人として、この素晴らしい若者を闇から引き上げなければならない。
『君たちが、おっさんの闇を照らしてくれたみたいにね!』
タケミカヅチは右腕をアマテラスの口に突っ込む。
飴細工が割れる様にいともあっさり右腕は噛み砕かれた。
だが田中一郎は構わず口の中を押し続けた。
体制を崩したアマテラスは電子クラッシュまきびしを警戒して大きく距離を取った。
落とし穴側でもなく。
タケミカヅチ側でもない。
大きく開けた広場だ。
「闇を照らした?記憶にねぇぜ、おっさん」
『記憶にない?思い出したくないだけなんじゃないの?』
図星をさされ明らかにカチンと来ていたアマテラスにタケミカヅチ残った左腕で静止の合図を送った。
そのジェスチャーの意図は分からないが、恒星は少し周りを見る余裕ができた。
「思い出す必要もねぇ。バカの一つ覚えだろ。開けた場所。おっさんが囮。教官は追い込み、咲耶はサポート。
今頃、アイツが俺の隙を狙ってる筈だ。」
残り30秒
『流石兄弟だね。』
「今更俺は捉えられない。神経がイカれちまったらしい。すべてがスローに見える。だがアマテラスは俺の意識通り動いてる」
自転車と飛行機ほどの違い。
自転車でどれだけ必死に走っていても、空飛ぶ飛行機からは何も変わっていない様に見えるものだ。
犬と人間の時間の流れが違うように。
恒星もまた人間の時間の流れからはみ出ようとしていた。
すべてが静止したように見える、限界を超えた速度の世界。
恒星は、これで見納めだとばかりにタケミカヅチを見据え、終わりを告げる一歩を踏み出そうとした。
――その瞬間。
『誰が、捉えられないって!』
スローモーションの世界を強引に引き裂いて、至近距離に一瞬で割り込んできたのは、左腕を失い、ボロボロに血を流す尊のスサノヲだった。
「なっ・・,教官、お前、その身体でまだ動けるのか・・・っ!?」
「あーしのバイブス!舐めんじゃないわよッ!」
ーーーこの、バカ弟子がぁぁ!ーー
恒星の脳裏に一瞬だけ傷だらけの、筋肉ダルマのアバターが映った。
その一瞬を尊は見逃さない。
残った左腕でアマテラスの左脚を抱き抱えた。
『帰ったら恒星ちゃんのオゴリで!絶対!オールで!あそびいくんだァァァ!』
アマテラスは機動力を大きく失う。
残り15秒。
泥だらけのサクヤヒメがアマテラスの右脚に縋りつく。
『恒星お兄様は練習に付き合ってくれると言いましたわ!そしてお兄様は言った事を必ずやり遂げるとーーー。』
約束約束約束。守った約束。守れなかった約束。何もできなかった約束。
恒星の心は一瞬だけ凍りついた。
残り5秒
タケミカヅチが残った左腕でそっとアマテラスの前足を包んだ。
『宵一ちゃんが、君を呼んでるよ。』
タケミカヅチが顎で空を差した。
アマテラスの頭上の天空にポッカリ穴が空いている。
尊の放ったエネルギーの柱が、文字通り天を衝いたからだ。
ドームが破れた隙間から外が見える様に、穴からは「夜」が見えた。
月の輪は銀の粉を塗したみたいにキラキラ輝いていた。星の瞬きは、夜の始まりの時間「宵」を思い出させる。
子供の頃、夜は冒険の時間だった。
幾つもの海を越え、幾つもの山を越え、悪党を退治し、弱きを助け、強きをくじくベッドサイドストーリー。
宵一・・・
恒星が弟の顔を思い出した時。
主役は訪れた。
一瞬、月が激しく輝いたと思った時には
恒星の胸は、遥か38万4400キロ先からの狙撃によって心臓を撃ち抜かれていた。




