滅亡の夜明け
スペースシップのすぐ傍で、4人はキャンプを張っていた。
焚き木で暖かいご飯を食べる。
狭いコクピットを抜けて、平原とはいえ身体を伸ばして寝れる。
久しぶりの地球。
久しぶりの大地。
だが心の弾むものはいなかった。
ディディは全員のディスプレイから姿を消していた。
マザーもいなく、マダムもいない。
統治者を失った巣が崩壊するように。
まずは仮想空間がパニックに陥ったようだった。
そしてそれは現実でも。
横になりながら、宵一は深い星空をバックスクリーンに緊急情報のニュースを選査していた。
「各地で相継ぐ、暴動、略奪、自殺・・・。人ってこんなに弱かったんですね・・・。」
思わず口に出てしまう。
幻滅とは違った。
勘違いだと気付いたのだ。
「そうだよ、ヨイッチ」
返したのは石凝 尊だった。
「人は皆んな弱いの。忘れたの?あなたも、恒星も、あーしも元々は弱かった。
一人で歩けないくらい、弱かったんだよ。」
「皆んな最初は「自分の命」しか持ってないのさ。そこから色々得ていくんだ。おっさんには難しかったけどね。」
「こんな私でも、弱気になる事がありますのよ?一般の方々が一歩も動けなくなる気持ち、察して余りありますわ。」
皆んな弱い。
そうだ。
なんで忘れていたんだろう。
兄さんは強くなんかなかった。
ただずっと、強くなろうとしてただけじゃないか。
「僕達は・・・何もするべきじゃなかったのかな」
統治者は消え、人は狂い、月は壊れ、世界は終わる。
「あーしはそうは思わないよ、ヨイッチ。
ヨイッチも、恒星ちゃんも、華ちゃんも、田中っちも、サクヤっちも。
みんなそれぐらいの価値があるって、私は信じてる。
私のマブは世界と天秤にかけれるくらいヤバいって。
それで、必ず世界を良くしてくれるって。
信じてる・・・・・」
その日、宵一は夢を見た。
淡い夢だった。
そこは、あの海だった。
電脳世界で見た銀之砂浜
最後に華と会った場所。
紫の空。
黄色の空。
紺色の空と波の音。
お前だって華の兄貴じゃ無いのか。
潮風にまぎれて兄の声が聞こえる。
兄はきっと、そう言いたかった。
そう言いたかったのに呑み込んだ。
卵サイズの溶岩の塊を飲むみたいに。
無事なわけがない。
大丈夫なわけがない。
でも兄は止まらない。
誰も許さない。
兄自身も。
『ヨイチ。』
不意に名前を呼ばれた。
違和感があった。
振り向くとそこには等身大のドールがいた。
いつものショートジャンプスーツ。
長く白い髪にピンクのインナーカラー。
「・・・・ディディ?」
『久しぶり、ヨイチ。』
いつもの妖精サイズのサポートAIではなく、そこにいるのはマザーやマダムと同じサイズのディディだった。
『ヨイチがアビスに連れて行かれて、帰ってくるまで二日かかっています。』
「二日・・・もっと短い間かと・・。」
『私はマダムコードをもっていたので、安全に着陸できたのですが。マザーに続きマダムまで倒れた今、各地で崩壊、暴動が起きています。』
「ディディ・・・僕達は・・」
『間違えたかもしれない、と?』
宵一は、静かに頷いた。
その不安が恐怖を加速させ、次の一歩が踏み出せないのだ。
『一度も間違いのない人生を歩みたいですか?』
唐突な質問だった。
宵一は少し考えこんだ。
「自分の言葉通りに世界が動くか、誰かが知ってる正解通り動かないと無理じゃない?」
『ヨイチ。生きるのに正解はありません。
全部が正解で全部が不正解。今、不正解なものも明日には変わるかも。
この半世紀でどれほどの正解が不正解に?
その逆は?』
「君は・・・・ディディなのか?」
『マダムは私にマダムコードを遺していきました。
統治者がいなくなったシステムは、誰かが統治しなければ崩壊してしまいます。
今の世界の様にーーー。』
「君がいま、この滅びそうな世界を支えているのか。この・・・地獄の様な世界をーーー。」
涙が頬をつたった。
理不尽だと思った。
何故自分なんだと。
何故自分達なんだと。
僕はただ、兄さんと、華と、三人で暮らせたらそれだけで幸せだったのに。
生命を守るなんて
神の力を求めたばっかりに。
統治者は消え、人は狂い、月は壊れ、世界は終わる。
『泣かないで、ヨイチ。世界はまだ、終わっていません』
等身大のディディが、静かに宵一の前に膝をついた。半透明の手が、宵一の涙をそっと拭う。感覚はない。指先がノイズに揺れた。
『・・・落ち着きなさい、ヨイチ。冷静になった貴方なら100%なんだって出来ます。奇跡だって起こせます』
「君は・・・父さんと・・同じ事を・・・。」
ディディの長く白い髪が、夢の風に揺れる。
『今、恒星はマダムから受け取った【終末プログラム】を起動させ、この狂った世界そのものを完全にデリートしようとしています。世界と、人類と、自分自身を巻き添えにして、すべてを終わらせるつもりです。――それを止めれるのは貴方しかいない。』
「今の兄さんは誰にも追いつけない。僕は見たんだ。兄さんは僕のライフルの弾を追い越してから躱した!弾の回転数を数えることすら出来るかもしれない。今の兄さんには絶対に届かない!」
それでも宵一は叫んだ。4対1で引かせたとはいえ、あの圧倒的な暴力を前に、心が折れかけていた。
『いいえ。出来ます。音よりも速く撃てばいいのです。』
ーー宇宙ステーションのリニアレールウェイみたいにーー
ーー兄さん、宇宙と地球では法則がーーー
「・・・・宇宙から・・・でも大気の壁で大爆発を起こしてしまう・・・」
『大気の壁を消し飛ばしてもらえばいいのです。尊のスサノヲを使って。』
「・・・一口に宇宙と言ってもどこから狙撃するかでラグが変わる・・。宇宙ステーション?流石に動くスペースシップからの狙撃は・・」
『月です。』
「・・・・月・・から狙撃・・・・?」
『この作戦は一度しか使えません。その一度のチャンスで確実にコウセイを止めるには、これしかありません。
宇宙なら、大気はありません。ヨイチ、もう一度、私と共に月に昇るのです。
『月の輪』磁気レールにして、限界を踏み越えた超加速で撃ち下ろす。――初速、秒速2000キロメートル。
38万4400kmの果てから、アマテラスのコアを撃ち抜く超弩級遠距離射撃。
作戦名はーーー弓張月。
ヨイチ。私の全部を賭けて、貴方をサポートします。』
今のディディはきっと無敵の存在だ。
その無敵の存在が、無敵の力を持って助けてくれると宣言した。
結局やるかどうかは自分次第。
そんな事は分かってる。
でも。
答えたくなったんだ。
僕は兄さんと同じ、男だから。
宵一は力強く、まっすぐにディディの瞳を見つめ返した。
宵一は、朝の冷たい空気の中で勢いよく目を覚ました。
キャンプの焚き木はとっくに消え、平原の向こうから、レモン色の朝が昇り始めていた。
壊れたツクヨミのハッチを開ける。
周囲を見回す。
尊、咲耶、田中がすでにそれぞれの機体の前で待っていた。
宵一は、涙の乾いた両目で、3人を見据えて言った。
「みんな、聞いてほしい。――僕はもう一度、月に昇る。兄さんを、宇宙から撃ち抜くために」




