月を食らう太陽
恒星の、獣の如く吠えた。
慟哭にも、威嚇にもとれる哀しく恐ろしい咆哮。
次の瞬間、アマテラスの振動する前爪が、ツクヨミの掲げた巨大な銃身を真っ向から弾き飛ばした。
川の一つも挟めそうな程遠かったのに。
金属が激しく擦れ合い、火花が夜空を焦がす。
近接格闘におけるスペック差は絶大だった。
ーー狼にリミッターなんて必要ありませんわーー
今の恒星には華を失った狂気と怒りに限界がない。
アマテラスと狂気のシナジーを紡いでしまっていた。
衝撃はコクピットを貫く。シェイクした様に叩きつけられる宵一。
ツクヨミの細身な装甲が、アマテラスの凶悪な蹴りによって容赦なくへこみ、千切れとんだ。
ルナシティの爆発にさえ耐えたのに。
距離を離そうとバックステップを踏むツクヨミだったが、アマテラスは神速の踏み込みでその懐についてくる。
此花神楽・狂い咲きと同等、いやそれ以上の速度で。
「邪魔をするなァァァ!!」
飛びかかり、押し倒すと肩を噛み砕いた。
一瞬だった。躊躇はなかった。
殺すつもりは無いからだ。死なないと確信できていた。
逆を言うならば。
殺そうと思えばいつでも殺せた。
圧倒的な力の差だった。
煙を吹き出し、四肢を激しく火花で痙攣させるツクヨミの機体の中で宵一は血の混じった息を吐きながら、じっと兄を見上げていた。
強い。あまりにも強すぎる。
怒りと悲しみで『太陽』そのものと化した今の兄は、どれほど言葉を尽くそうが、正面からどれほどの戦力をぶつけようが、絶対に止めることなどできない。
兄はいつも先を歩く。
死ぬ気で追いついても、その頃は更に先へ。
心が折れそうになった。
捕まえれる気がしなかった。
今の兄は弾丸でも捉えれそうになかった。
『こら、恒星ッ!!』
石凝 尊の、スサノヲの最高出力加速拳、あわや音速を越えていそうな拳は、しかしながら完全に空を切った。
完全に虚を突いたはずなのに。
攻撃をしてから声を出した筈なのに。
ズドドドドドドッ
横倒しにされたツクヨミと、離れて潜伏していたタケミカヅチの十字砲火が炸裂した。
完璧なタイミングだった。
だが今度は・・・遥か上空に。
狼型とはいえ、他の荒神と一線を画す、跳躍。
『まだですわ!!』
バーニアジャンプでサクヤヒメが追撃をする。
空中なら身動きは取れない。
この旅で掴んできたサクヤヒメの操作法と可能性。
今ならまぐれと言われたあの時の技を再現できる。
『此花神楽ッ!!』
鼻先を狙った右拳は浅いが頭を揺らす事に成功。
続く左手は掌底に、打撃面積を広げ、耳を狙ったが、これは腕で防がれる。
その防いだ腕をがっちりと掴み、巻き込みながら回転、不可避の浴びせ蹴りを・・・。
『邪魔ッすんなッ!!!』
掴まれた腕を力尽くで剥がし、同じ方向に回転、浴びせ蹴りを浴びせ蹴りで返す。
腹部に食い込んだ狼の踵はみしみしとアーマーに亀裂をいれる。
空中でアマテラスの凶悪なカウンターを腹部に叩き込まれ、咲耶のサクナヒメが激しい火花を散らしながら地表へと墜落した。
着地したアマテラスを、即座に田中一郎のタケミカヅチと、ボロボロになりながらも這い上がった尊のスサノヲ、そして宵一のツクヨミが再び包囲した。
立ち上がったサクナヒメを加え、恒星の目の前に荒神が4体という地上最大戦力。
完全に臨戦態勢の武器が、一斉にアマテラスへとロックオンされる。
「チッ。邪魔者が次から次へと・・・!」
恒星は忌々しげに吐き捨てた。
華を失った怒りで脳は灼けついていた。
いかに守るかを考え続けていた頭はいかに壊すかを効率よく弾き出す。
経験は直感へと至り、敵の弱点や急所を浮き彫りにする。
ズドンッ!
近距離からライフルか。だがそれすら今の恒星には遅い。
躱す事は造作もなかった。
散弾で撃たれようが、全ての弾を弾き、かわし、いなすことすらできそうだ。
だがそれでも。
4対1。
この怪物たちを同時に相手にして、無傷で全員を屠ることは不可能だ。
ここで無駄に消耗すれば、華を殺した世界をすべて壊すという『約束』を果たせなくなる。
「・・・今回は引いてやる・・」
アマテラスのコクピットの中で、恒星は壊れた左目で一同を睨みつけ、濁った不敵な笑みを浮かべた。
「だがな、お前たちじゃ俺は止められない。このクソッタレな世界ごと、俺が全部終わらせてやる。――精々、精一杯足掻いてみせろよ」
影を纏うように反転し、アマテラスは凄まじい速度で荒野の闇へと姿を消していった。
静まり返る荒野。
激しい過負荷で煙を吹き出すツクヨミの中で、宵一は兄が消えた方角をじっと見つめたまま、血の混じった息を吐いた。




