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月のhalo(ヘイロー)〜兄ちゃんが闇堕ちしたので月の輪から勢いつけてブッとばす〜  作者: 諷吟


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救済


バツンッ。


電源が切れたかの様に視界が閉じた。

この悲劇に耐えられなかった何者かが、無理矢理介入してきたかのようだった。


光が闇から逃げていく様に遠ざかる。

だが意識はあるようだ。


不意に。

スーッと下から上へ建築物が伸びていく。

植物が育ち、葉をつけ、花を咲かす。

高層建築物の間を透明な道路が架かっていく。

一本角の幻獣、イッカククジラ。


ここはーーー電脳世界アビス。


電脳世界アビスに、恒星は一人立っていた。

血の涙を流しながら。


遠くから誰かが嘆き叫んでいる声がする。

一人や二人ではない。


地上で発狂した何千万、何億という民衆の精神が、マダムの手によって強制的にアビスへ隔離され、阿鼻叫喚のノイズとなって世界を埋め尽くしていた。


それほどに、マザーの存在は重かったのだ。

恒星にとって、家族が全てであったように。

誰かにとってはマザーが世界の全てだったのだ。


だが、そんな事に今更気付いた所でなんになる。

華は帰ってこない。

マザーだって帰ってこない。

失ったまま、進むしかないのだ。


『あらあら、可哀想に。私の可愛い子供たち。もう泣かなくていいのよ?』


歪む世界の中心で、マダムの等身大ドールが、まるですべての罪を赦す聖母のような、ひどく歪んだ慈愛の笑みを浮かべて現れた。


このアビスに閉じ込めた全ての人間の前に同じ様に現れているのだろう。

何億人いようが関係ない。

マザーがいなくなった今、マダムは全ての能力が使えるのだから。




『現実(あっち)はもうダメ。マザーの嘘に踊らされた人間たちが、正義という病気で共食いを始めているわ。

だから、わたしが全員ここへ匿ってあげたの。このアビスなら、倫理も、悲しみも、死すらも存在しない。ねぇ恒星、ここに華ちゃんの偽物(データ)を作ってあげましょうか? あなたが望むなら、どんな楽園だって――』


「楽園、か。」


ーーお兄ちゃんーー


ジジジッと少女の姿が浮かび上がった。

つい最近アビスに来た華のデータは残っている。

永遠に老いず、永遠を分かち合う妹を、永遠に操り続けること等、今のマダムには造作のない事だった。

マダムは全能感に酔う。

今の自分ならば、全ての人間を癒し、全ての人間に愛され、全ての人間を愛する事が出来ると確信していた。


「ーーーー消せ。』


ーーどうしたの?お兄ちゃんーー


「消えろおおおおおっ!!」


フッと華の映像は消えた。跡形もなく。だがーーー。


「・・・やっぱり、消えねぇか・・・」


恒星の左目の機能は完全に狂っていた。

電脳世界のはずなのに。

生身の身体ではないのに。


左目から、華が消えない。

パイプで打たれ、石で打たれ、惨たらしく八つ裂きにされた、絶望に染まった眼が。

恒星を見て恨めしく囁く。



ドウシテタスケテクレナカッタノ。と。



マダムの用意した華は、恒星の怒りに火を注いだだけだった。

忘れれるハズがない。

忘れてはいけない。

この怒りも、悲しみも、殺意も、破壊衝動も、全て華が生きた証。


勝手に触れるな。これ以上おれから奪おうとするな。


バチバチッと恒星が紫電を纏った。

髪の毛がザワザワと逆立つ。

静電気のエフェクト効果か。

怒髪が天を衝いたか。

あるいはその両方か。


「オレを解放しろ。このクソッタレた電脳世界(アビス)から」


恒星の言い分に、マダムはカチンと来た様に距離を詰めてきた。


『起きて何をするつもり?』


「すべてを壊す。人も文明もなにもかも」


『そんな事をして何になるの?現実は地獄じゃない?それに比べてここは楽園よ〜?』


「残りたい奴は残ればいい。だが俺を解放しろ」


『いやよー。だって傷つくじゃない。戦いにいくじゃない。そんなのは不毛よ。私じゃなくても分かるわ。』


「解放しろぉぉぉぉお!!!」


『五月蝿い子ねッ』


次の瞬間、恒星の身体が猛烈な重圧に押し潰された。

――重力制御。1Gから一気に数百Gへと跳ね上がった仮想の重力が、恒星の精神体に牙を剥く。

ガハッ、と電脳の身体が苦痛に悲鳴を上げた。

膝を突き、床に両手をめり込ませる恒星の頭上から、更にマダムの巨大な手のグラフィックが天から降り注ぐ。


『ここはわたしの聖域(テリトリー)。マザーが消え、拮抗という枷を失ったわたしは、この世界において文字通りの『神』になったの。光の速さも、重力の向きも、すべてはわたしの思考一つで書き換えられるのよ?』


天からの巨手が恒星を床深くへと叩き伏せた。

血の涙が仮想の床を汚す。


壊れた左目には、今も惨たらしく八つ裂きにされた華の幻影が映り込み、恒星の正気をガリガリと削り続けている。

圧倒的な神の力。世界そのものが、恒星を「拒絶」している。


『ねぇ、どうして戦うの? わたしが作った世界を否定することは、ここに強制収容された何億人もの『現実を諦めた人間たち』を、再びあの凄惨な地獄へ引きずり下ろすことよ? 

現実(あっち)に戻って何があるの。待っているのは崩壊した世界と、華ちゃんのいない絶望だけなのに!

悲しみも、死も、傷つける人間もいない。これこそが、かつてあなたの父親が語り、人類が夢見た『完璧な未来』じゃないの!!』


「完璧な未来ーーー。現実を諦めて、仮想空間に逃げ込むのが、完璧な未来・・・?それってよぉ」


ずんっと床を凹ましながら恒星は立ち上がる。

みしみしという身体の軋みが聞こえそうなほどの重力。

パキパキと骨を鳴らしながら、恒星は目の前の若きマダムを指差した。


「妥協ーーーっていうんじゃねぇのか?」


『・・・え・・・?』

マダムの美しい顔が、初めて困惑に歪んだ。


地球を統括する最高知性として、数億の民衆を救うための「最適解」を導き出したはずだった。

非の打ち所がない、完璧な論理(ロジック)だったはずだ。


それを、この少年は、たった二文字で『ただの諦め』だと切り捨てた。


「俺は妥協なんかしねぇぇ!オヤジは俺たちにこう言ったんだ!『欲しいんもんは自分で掴み取れ』ってなぁぁ!」


重力の楔が解かれた。


『じゃ、じゃあ何・・。私よりマザーの方が正しいって、そう言いたいの・・・?』


明らかにマダムは動揺した。

おそらくそれは最後のチャンスだった。


恒星は賭けに出た。

命を賭けた、最後の賭けだ。

全てか無か(オールオアナッシング)


「ーーー俺が正しいか。お前が正しいか。勝負だ。

俺の心の内を全て受けれたらお前の勝ち。受け切れなかったら、俺の勝ちだ。

それとも負けるのが怖ぇか?全知全能さんよ。」

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