ヘイロー事変 後編
『やるじゃんマザーっち。侮ってたわ。でもね。
あーしは。いつか来るこういう日の為に!修行してきたんだッ!!』
駆け出したのは石凝尊である。
この追い詰められた状態で、尊はいち早く先程の立体マップから活路を見出す。
『あっちの方向に下に抜ける通路がある!広い所は不利、狭い通路まで下がるよッ!田中っち、皆の先導ヨロ!恒星ちゃんとあーしは、殿だよっ!』
まるで打ち合わせでいたかの様に皆スムーズに動いていた。
皆が最善を選んだ結果だった。
『尊教官楽しそうっすね!』
『あーしは!大事なモノが守れる様になる為に強くなったんだッ!今がその時でしょッ!』
『やっぱ教官かっけーー!!』
培養カプセルから出てきた人間はもう数えられない程増えていた。
田中一郎のタケミカヅチは既に駆けていた。
サクナヒメが続き、ツクヨミがカバーする。
通路まではそう遠くない。
『あそこの隔壁が閉じる前にくぐりぬけろっ!此花の嬢ちゃんそっちじゃないっ!あそこを右だっ!急げ、あと10秒しかないぞっ!』
田中一郎のタケミカヅチが立ち止まり皆を先にいかせる。
だが次の曲がり角になるといつの間にか先頭にいて次の道を示す。
神出鬼没。
電光石火の動きを見せるタケミカヅチ機。
右下右下下左下右下・・・・そして
五人は狭い通路についた。
銀色に反射するギラギラした通路だった。
今通ったばかりの道がズシンと音を立て、隔壁で閉じられる。
奥には何処までも一本通路が続いている。
『やばいね・・・おっさんたち、パージされたわ』
『えー、田中っち先頭なんだからしっかりしてー。バイブスガンさがりなんだけど。で、ココ、何処』
『廃棄物処理場』
身震いの様な振動が響く。
獲物を追いやり、ルナシティが愉悦に身を捩らせている様だった。
『チェックメイト・・。荒神などと大層な名をつけて大したこともない。買い被りだったか。』
白い長髪の少女がこれで何度目かの邪魔をしてきた。
その正体は地球の半分を統括する合理思考型統括AIマザー。
計算高く、手段を選ばない、合理の化身である。
閉じ込められた通路。奥には一本道。
『ふふふふははは』
『どうした。イチロウ。余りの恐怖でおかしくなったか。お前は有能だ。お前だけなら助けてやってもいい。』
『いえね、マザー。ここが、廃棄物処理場に見えますか?』
閉じ込められた通路。奥には一本道。
ここは部屋ですらない。通路の途中ではないか。
『実際の位置と現在地を入れ替えてデータを送信しました。いかにあなたが最高の知性といえどデータでしか物が見えない。
だから気づかなかった。進行表示がずらされている事に。』
『しかし、お前のスパイコードはとっくに封鎖してある!一体どうやって!』
『マザー?自分は忍者ですよ?抜け道の一つや二つ、残してるに決まってるじゃないですか。』
網膜ディスプレイの向こうで、マザーの無機質だった声が明確に歪む。
銀色にギラギラと反射する一本道の奥。
田中が偽装データを剥ぎ取った瞬間、そこに浮かび上がったのは廃棄物処理場のマークではない。
脈動する巨大な光の心臓。
ルナシティの全エネルギーを賄う『核融合炉』のプラントだった。
『バカな・・・核融合炉に向かいながらマッピングをずらしていた、だと・・。イチロウ、貴様――』
田中のタケミカヅチが、核融合炉の制御パネルに向けて巨大な武器を構える。
この最短ルートの真上には、地球強襲作戦のために集えられた20万体の培養人間を乗せた宇宙船――ルナシティ上部区画が鎮座している。
核融合炉の熱とエネルギーを完璧に循環させる為の無駄のない配置。
熱エネルギーは培養カプセルを温め、宇宙船の推進力になる。
超高温の動力室は進入者を容赦なく焼き尽くす。
完璧な配置。
だが追い詰められているのはマザーだった。
マザーには敗因が3つあった。
一つ目はデータでしか物事を見ない事。
これによりまんまと進路を欺かれた。
二つ目は合理主義だった事。
万が一よりも効率性を重視した。
マザー自身が管理しているのだ。万が一などあり得ない、と。
そして三つ目は油断していた事。
買い被り、とマザーは言った。だが本当はみくびっていたのだ。
データ上では負ける事などあり得なかったのだから。
恒星達がこの炉を暴走させれば、そのエネルギーの指向性は真上へと突き抜け、ルナシティごとあの忌々しい20万の軍勢を消滅させられる。
だが、それは同時に、20万人の「命」をこの手で消し去ることを意味していた。
いくらマザーの作った培養人間だとしても、カプセルの中で確かに呼吸をしていた人間たちだ。
「・・・・20万人、か」
恒星が呟く。アマテラスのコックピットの中で、彼の指先が微かに震えた。
世界を敵に回してでも華を守ると誓った。
だが、いざ眼前にぶら下がった「20万の命の引き金」は、想像以上に冷たく、重い。
『兄さん・・・』
宵一が通信越しに、静かにその名を呼んだ。
引き金を引く役目を、誰も恒星一人に背負わせるつもりはなかった。
尊も、咲耶も、田中一郎も、静かに荒神の武器を炉へと向ける。全員が、その業を背負う覚悟を決めていた。
「いや、俺がやるッ!!」
動力エネルギーは、荒神の機体を秒単位で蝕み、溶かそうと牙を剥く。
宇宙船ルナシティは今にも飛び立ちそうだ。
時間がない。
恒星は、震える手を自らの意志で強く握り締め、アマテラスのガトリングの照準を合わせる。
その照準に被る様に、マザーが割って入った。
『理解不能!理解不能!!
この真上には20万人の同胞が眠っている。
そこを爆破すれば、彼らは宇宙へ吸い出され、全滅する。人類の倫理規範からして、そのような選択は――』
だが恒星は、マザーの言う事を最後まで聞かない。
「オヤジが言ってたぜ『自分の大事なもんは自分で守れ、相手が誰でも、大事なもんなら引くんじゃねぇ』ってな!」
咆哮とともに、アマテラスの放った一撃が核融合炉の制御障壁を粉砕した。
直後、月面が内側から爆ぜた。
臨界を突破した核融合炉の凄まじい光エネルギーが、ルナシティの基盤を、白骨エリアを、そして上部に連なる20万人の宇宙船を容赦なく消滅させていく。
轟音なき宇宙の断末魔。
聖なる破壊の槍が、閃光と共に月から生み出された様でもあった。
ルナシティを構成していた恐るべき量の装甲、コンクリート、そして瓦礫が、爆風によって月の外殻へと激しく巻き上げられていく。
激しく飛び散ったその莫大な瓦礫の群れは、遠くへ吹き飛ぶことはなかった。
月の持つ冷たい引力によって、瓦礫たちは月の周りに沿って流れ始めた。
風に舞う花びらの様に。
地上から見上げれば、まるで月に後光が差したかのような、あまりにも美しく、あまりにも残酷な光景。
のちに歴史が『ヘイロー事変』と呼ぶ、世界の終わりの始まりだった。
明日から最終話まで朝、夜二回更新です。
是非最後までお付き合い下さい。




