ヘイロー事変 前編
コンテナは正しい軌道に乗っていた様で寸分違いなく資材発着場――貨物ポートについた。
ルナシティの外れ。うちっぱなしのコンクリートの様な無機質な建物の側にある、異様に広く、不自然なまでに平で広い発着場だった。
ここらにはまだ空気はない。
空気があるのはここからでも見えるあのドームの向こうだ。
『地球強襲作戦って言ってたか?』
恒星が全員に確かめる。そして全員が頷いた。
ゆっくりしてる暇はなさそうだ。
各自、自分の荒神を動かし、可動力を確かめた。
月の重力は地球の重力より弱い。
力加減を間違えたらすっ飛んでいってしまいそうだった。
ある程度状態を確かめると、打ち合わせもせずに恒星が駆け出した。
宵一はいつもの事なので先んじて動いていたが、他の三人が寸分遅れず着いてきたのは意外だった。
とくにサクヤヒメの進歩は目覚ましかった。逆境は彼女を強くする餌でしかなかった。
10分もせず、五人はドームの入り口についた。
厚い金属製の自動ドア、左右に開くタイプだろうと割れ目に手を掛けると、緑のランプがつきドアは自動的に開いた。
奥にもう一つ同じ様な扉がある。
一つめのドアが閉まり、二つめのドアが開いた。
待っていたのはアビスに勝るとも劣らない月の絶景――ではなかった。
『なんだ、これは・・・。まるで墓地じゃないか』
宵一が思わず漏らす。
人が一人横になれるぐらいの白い棺だった。
一糸乱れず、どこまでも整列をしている。
棺は蓋にあたる部分が半透明でカプセルの様にも見える。
『何か、見覚えが・・・冷凍睡眠装置?』
宵一はすぐに記憶の糸を辿った。
――『17%の値下げで1年100万ポイントです』ーー
――「社会で一年生きるより安いのか」ーー
『違います宵一。』
ディディがコールドスリープ装置との比較画像を提示してから否定した。
『マダムコードから情報を入手。あれは培養装置です。マダムが反対を示し、地球では作られなかったもの』
恒星と尊がユニットを覗きこみ、ぎょっとした。
髪も眉毛も、毛という毛がないつるりとした人間が規則正しく呼吸をしている。
『培養・・?人を作っている・・・のか?』
『えー、なんかここに寝てる人超アレに似てるくない。追っかけてきたキモい銀のやつ!』
尊の言葉に恒星は同意した。
カプセルで寝ている培養人間は、機械人形にそっくりだった。
これがマザーにとっての「理想の人間」なのだろう。
宵一は辺りを確認しながら培養装置に近づく。
棺の横に数を数えるカウンターが浮いていた。
30.00から29.59になった瞬間だった。
宵一は全身の毛が逆立つのを感じた。
まさか、この培養人間全員で強襲作戦・・!
マダムが言うことが本当なら、
地上のギアの権限は5対5。
それにここの培養人間が加算されるとしたら。
記憶の糸を手繰る。
ディディが教えてくれてたはずだ。
――操縦士の呼称を依代に――。違う。
――電脳世界アビス相次ぐデリート――違う。
――ルナシティ住人が20万人突破―――それだ!!
『20万・・・!まさか20万もコレが・・・』
この棺が、月の表面に20万個も整列し、そこでは人間が培養されている。
その事実に宵一は吐きそうになった。
だが、気を強く取り直し、深呼吸をした。
何かは分からないが、あと29分しかないのだ。
『ディディ、マダムコードから月面都市の情報をだせるかい?』
『了解しました。ヨイチ。
マダムコードより、ルナシティ最外周、通称【白骨区画】のデータを抽出――網膜に展開します』
ディディの冷徹な合成音声とともに、宵一たちの視界にルナシティの構造図が立体的に浮かび上がる。
20万個の培養装置が並ぶその広大な区画・・・それは居住建築物ではなかった。
『これは・・宇宙船・・・じゃあないのか?』
宵一の言葉に全員の視線が集まる。
残り28分。ルナシティは宇宙船。20万人の培養人間。地球強襲作戦。シナリオは実にシンプル。
20万人を入れ替えるつもりだ。
ゴゴゴと地面が揺れた。
と同時に通信ウィンドにコールが入った。
恒星が忌々しげに吐き捨てた。
『何もかもお見通しってことか、マザー!!』
通信ウィンドにノイズがはしり、通話指示を無視して勝手に通話フェーズに移行した。
『よくここまで来たな異端児達。まずは褒めてやる』
通信ウィンドの向こう、白い長髪の少女――マザーの声音には感情が一切なかった。
ロボットがプログラムされた台詞をただ再生しているだけの、ぞっとするような無機質さ。
しかし、恒星は荒神のコクピットで獰猛に、不敵に笑ってみせる。
『流石マザー。最終決戦の作法は分かってるってか』
『――しかし、作法に意味はない。褒美は破壊だ。お前たちの生存確率は、これより0.00%となる』
『ここの人間達はなんだ。何をする気なんだ。』
『ここで死ぬお前たちに話した所で無駄でしかないが・・・。これも作法か、冥土の土産に教えてやる。』
やれやれ全く人間は、とマザーは首を振る。
完璧であるマザーは手順を簡略したりはしない。
『選別だ。我が強化人間に打ち勝てるものは生きてよし。勝てぬものは淘汰する。まずはーーー我が故郷。そして異端児の巣窟、日本からだ。』
ガッチンと、何がロックされる音がした。
『ここは白骨区域、ボーンセクター。人間のアバラと同じ役割をしている。侵入者を食い止め。』
ボンッと大きな音を立てて棺の蓋が飛んでいった。
破裂したのではない。
中から蹴り上げられたのだ。
ボンッボンッボンッとポップコーンの様に蓋が蹴り上げられていく。
『動けなくなった所を排除する』




