戦士の休息
電脳世界アビス
『ガチやべぇんだけど・・・!』
電脳世界アビスの首都
混沌を意味する街、ケイオス。
光を纏う摩天楼の高層建築物。
あそこにも住人がいるらしい。
一人一フロアだとか、一人三フロアだとかを占めているから、見た目以上に住人は少ない。
だが、ノンプレイアブルキャラクター。
いわゆるNPCは違う。彼らは役目を全うするため、アビスをかき混ぜるため日々何かしらの役目を追っている。
『見ろよ教官!鯨が空飛んでるぜ!俺鯨初めて見たけどほんとにあんなんなのか?』
絶滅したはずの鯨を見て、恒星はテンションを上げた。
五人は長い旧式のオープンカーに乗っていた。ペールに氷、シャンパンとブランデーにチョコとアメ。
ドレスにタキシードという着慣れない服も、全く不快感なく着こなせている。
『あれは・・・あら珍しい、イッカククジラですわ。かつて幻獣と呼ばれた、一本角をもつクジラですわ。』
『いやはや、熱烈な歓迎だね〜。おっさん目ぇまわしそう。』
『田中っちは泣き言ばっか言ってるとマジバイブス下がるかんね?あとおっさんだって言ってれば何でも許されると思ってね?」
しかし田中一郎は悪びれない。
『4分の3は許されると思ってるよー?ま、君達もおっさんの年になれば分かるよ』
などとマウントを取る始末。
『もうすぐ指定の地点です。』
ディディが"ARRIVED"到着の表示を出す。
長い旧式のオープンカーが止まった場所で表示が切り替わる。
『シルバーサンズに到着しました。あそこです。』
車を降りると、立体掲示板にシルバーサンズ入口と書いてあるのを見つけた。
この青い境界線を超えたところに大至急くるようにと、ログインする時に念を押されている。
『さっさと自由行動したいよ』
と恒星は遊びたくてうずうずしている様だった。
境界線の向こうは、海だった。
明け方の海。夜の紫を、朝の黄色が染め上げ、紺色の空が晴れていく時間帯。
澄んだ冷たい空気まで感じられた。
水もきっと冷たいのだろう。
ーー宵一兄ちゃん!恒星兄ちゃん!ーー
華の事が心配だった。
側に入れない事が不安だった。
側に入れれば守れるのに。
守れなくても、側に入れるのに。
気にしすぎて、話が入ってこない。
恒星も。宵一も。
『兄さん。華ちゃんが心配すぎて幻聴が聞こえる』
『お前もかよヨイチ。・・・俺もだ。』
『宵一兄ちゃん!恒星兄ちゃん!』
懐かしいというにはおこがましいかもしれない。
だがもう何日も聞いていない懐かしいその声。
宵一と恒星は声の主に駆け寄る。
磁石が引かれ合う様に三人は抱き合った。
宵一が華を包み、恒星が宵一と華を更に包む。
三人ともボロボロと泣いていた。
本物か、本物の華かと二人は聞いた。
華は泣きながらうんと答えた。
大丈夫か、安全な場所にいるか、近くに頼れる大人はいるか、ご飯はたべれてるか。
二人は矢継ぎ早に質問をし、華は泣きながらうんうんと頷くだけだった。
いかに強くとも、いかに才に溢れようとも、まだ10代の子供である。
気丈に振舞ってた鎧はいとも簡単に剥がれ、安堵と心配が顔を出す。
『ああいうの観ると、おっさんも家族ほしいってなるわ』
涙目の田中一郎の横で、貰い泣きをしない様に怖い顔で涙を堪える石凝 尊は、恒星のいつかの言葉を思い出していた。
ーー俺が家族を守らなきゃいけないんです。
軽く見てた。
甘く考えていた。
だがこの短い旅で尊は恒星がどれほど家族に愛を向けている理解した。
恒星にとっては、華と宵一が世界の全部なんだ。と少し胸を嫉妬で焦がす。
でも、だから納得できた。
あの修行の日々も。この巻き込まれた戦いも。
全部全部、あの子達を守るためーーー。
『あーしの弟子、鬼イケてっしょ』
涙声で尊は虚勢を張る。
田中一郎は気づかないフリをして。
『ホントにね。おっさんにも、あんな兄ちゃんがいたら、もっと熱く生きれたかもねぇ』
『田中っちも田中っちでイケてるよ?恒星が眩しすぎるだけ』
二人は芳村家の邪魔にならない様にひっそりと砂浜を抜け出した。
車を降りた所まで戻る。
車を降りた辺りで、咲耶がテーブルを広げていた。
見たこともない豪勢な料理を瀬馬が並べている所だった。
ミニマリズム蔓延る現代では中々お目にかかれない、『ご馳走』というものだった。
ルナシティ到着までまだ10時間以上ある。
ここでエレガントにお茶をしようと咲耶が提案し、二人はそれに乗った。
暫くの時間が経ち、芳村三兄妹が仲睦まじく、塊になって歩いてきた。
合流した七人は、そのあと動物ハイウェイレースをしたり、イッカククジラの背に乗ったり、古いカードゲームで遊んだり、温泉プールで泳いだり、高層ビルに登ったり、そこからスカイジャンプをしたり、時間を忘れて遊び回った。
しかし栄枯必衰の理は変わらない。
夢の様な時間は申し訳なさそうなディディの言葉で終わりを告げる。
必ず迎えにいくと、兄達は言った。
言った事はやり遂げろと父は兄達によく話していた。
父の言葉はいつだって兄妹達を守ってきた。
だから、今度だってーーー。
『ルナシティ到着まで、あと15分です』
つい何日か前、現実だった夢は消え
今まで考えた事もない悪夢のような現実がはじまる。
三人はまたハグをした。
いてもたっても居られなくて、尊を三人をハグした。
田中一郎も、咲耶も、瀬馬も寄り添ってハグをした。
そして皆が胸に固い決意を秘めた。
誰一人失う事なく、日常を取り戻してみせる、と。
最後のアナウンスが流れた。
『・・・ルナシティに、到着しました』
ブツッ、とアビスの美しい景色が消え、5人は現実のコックピットへと引き戻される。
網膜ディスプレイに映し出されたのは、人類の最先端都市のはずの、あまりにも静まり返った淡い光の月面都市。
今しがた訪れたアビスとは違い、高層建築物はなさそうだった。
同期されたスピーカーから、ディディたちの声ではない、体温のないマザーの声が抑揚なく流れた。
『――これより、地球強襲作戦フェーズ1を開始します』




