招待状
「きゃーー!すご〜い!!あーしいっぺん宇宙いってみたかったんだよねー!!」
星の海を渡るのだから海外はあながち間違いではない。
宇宙に行く事と海外旅行に大した違いはもうないのだ。
全面強化ガラスの広く豪華な広間。
50m四方はあるだろうか。
4mはある荒神の機体が5体入った所で、空いてるスペースの方が尚広いのだ。
各所に設置されたふかふかのソファを見て、田中一郎が安堵のため息を漏らした。
「やっとゆっくりできる〜。おっさん過労で死ぬ所だった。」
「えー、こんなビジュならシャワーとかある系?恒星ちゃん一緒入る?」
「なんだ教官、どっか痛めたのか?一人で身体洗えないんだったら全然手伝うぞ?」
宵一が恒星と尊の会話を盗み聞きしながらニヤリと笑った。兄さんの勘の悪さを舐めるなよ、と。
しかし尊とて恒星とは一年以上、ほぼ付きっきりで指導してきたのだ。
恒星の呼吸などとうに掴めていた。
「もちろん、恒星ちゃんが洗ってくれるんだよね?」
この男の事だ、どうせ咲耶に手伝わせるから!とか言うに違いない。
それは正解だった。
目に見えて耳まで真っ赤になる恒星とその背後で感情が死んだ目で青くなる宵一。
そこにマダムが割って入る。
まるで家族の日常だ。
だがマダムが続けた言葉は、現実を突きつける非情なものだった。
『残念だけどシャワーはないの。それにあなた達が乗るのはこっちじゃないわ』
網膜ディスプレイに方向を示す矢印が表れた。
矢印は右側を指していたが、正確には真後ろ、反転を示していた。
『しょうがないじゃない。マザーの放った機械人形達が追ってきてるのよー?ちんたらあがってる暇はないわ』
矢印は最終的に向かい側のハッチをロックオンした。
銅色の筒。言われなければ昇降機だとは分からない。だが言われてみれば分かる。
これは資材運搬用の昇降機の入り口だ。
おそらく安全性は配慮されていない。
『コノハナ サクヤ、と言ったわね。あなた大したものね。Automatic Life Guard Machine ALGM『荒神』
宇宙活動まで想定して作られていたのは予想外だったわ』
突然の賞賛に咲耶は一瞬眉をひそめたが、鼻を高くし胸を張ってもっと褒めろと催促する。
『酸素循環システムに人工筋肉。弾き飛ばされた筈の装甲や自壊寸前だったスサノヲがほんの数時間で再生する自動修復機能。
それどころか、『より強固になって再生する』なんて、天才にしかできない所業。
正に芸術だわ。』
「流石の慧眼ですわマダム。荒神は生命を守る事が使命。その姿は胎児を守る母から来ていますわ。」
それ以上の説明は不要とばかり、咲耶は胸を張り誇り高い顔をあげた。
「さぁさぁ行きますわよ皆様!この天才、此花 咲耶の荒神が必ず皆様を守って差し上げます!宝船に乗った気持ちで出航致しますわよ!」
尊はよっしゃとばかりにガッツポーズを。
恒星は準備運動をしながら静かに燃え。
宵一は遥か天空を見上げ。
此花 咲耶はてきぱきと指示をしながら皆を減圧室へ誘導し。
田中一郎は情けなく吐いている。
「おっさん、大丈夫か!?」
「これが大丈夫そうに見える?恒星ちゃん。おっさんもう限界。これ以上は失禁する。」
『あらあら全く。情けないわよタナカ イチロウ。でもそうねぇ。確かにこの旅はイチロウには過酷よね。それじゃあ少し早いけどこれをあげようかしら』
全員の網膜ディスプレイに
【電脳世界アビスへの招待状】
と表示された。
『聞きなさい貴方達。
これから貴方達は遥か天空の宇宙ステーションに向かうの。
そこから資材運搬用のリニアレールコンテナでルナシティまで13時間のフライトになるわ。
宇宙ステーションのものは全て使っていいわ。それでも尚過酷な旅になるでしょう。
これは私からのせめてもの労り。
アビスは知っているでしょう?』
その問いに答えたのは宵一。
彼は普段から情報にアンテナを張って生きている。
その彼にとってアビスは初歩的な質問だった。
「超富裕層のみに開かれた電脳世界。現実世界で許されない事も、アビスでは許される。なんでも夢が叶う楽園。それが電脳世界アビス」
『その通りよヨイチ。やっぱり貴方賢いのね。その招待状と、私の回線の使用許可を貴方達のドールに渡したわ。
貨物コンテナで月までの13時間。せめてそこで安らぎなさい。』
マダムの回線を使えば、できる事の限界が跳ね上がるのは用意に想像できた。
だが恒星は本能で。
尊は磨かれた戦いの勘で。
宵一は洞察眼で。
咲耶は考察力で。
一郎は忍びの習性で。
奇しくも同じ結論に至った。
本当に信じていいのかーー?と。
掘り下げる時間も、確かめる時間も残っていない。
だが次の言葉でその疑念は大きく揺らいだ。
『ーーーー必ず帰ってくるのよ。貴方達ならできるわ』




