空間跳躍 前編
「最終舞踏場 だって?中々洒落てるじゃない、ドールちゃん。おっさんからは見えないけど、谷底は修羅場なんだろうねー」
どこ吹く風か、300m先の崖口を眺めながら飄々と軽口を叩く田中一郎。
人間から見ても掴みどころがないのだから、サポートAIからは得体が知れない存在なのだろう。
ディディは珍しく答えに詰まる。
『ディディ。私の名前はディディですイチロウ』
「ディディ。いい名前じゃない、誰が付けたの?」
ディディは辺りを素早くサーチした。ほんの一瞬ならば警戒を解いてもいいのか判断する為だ。
答えは否
『まだ気を抜くのは早いですイチロウ。あと30秒もしないで、アマテラス, スサノヲ両機が崖を踏破します。そして。』
ディディは立体映像の体で北東を指差し、同時に田中一郎の網膜ディスプレイに大量のターゲットマークを表示する。
『およそ3分で、貴方が撒いたハズのギア達がここに到達します。』
気の抜けた顔でにへらと笑い、田中一郎はバツが悪そうに全機に無線を飛ばした。
『おっさんの囮バレちゃった』
アマテラスがスサノヲ背中に担いだまま、崖の上に飛び乗った。
『ハァ〜〜!?おっさん、忍者じゃねぇのかよ!?バレんの早くねぇか!?』
『いやいや恒星ちゃん、おっさんは忍術を使えるだけで忍者ではないのよー。ほら、さっき辞めるって言ったし?彼ら機械だし?』
『田中っちヤバすぎなんだけど・・・今囲まれたら秒で終わる・・・ガンダッシュしてバックれるしかないっしょ・・・』
石凝尊操るスサノオはアマテラスにしがみつきなんとか崖を上る程度の元気しかなかった。
だが逃げ腰にみえる口調には、必ず生きて返るという熱いバイブスが宿っている。
マザーのいう「不沈性」は何も間違っていない。
『僕もその意見に・・・』
ズドンッ
『賛成だ!!ドールーーー』『ディディよ』
言葉を続けようとする宵一をディディが制す。
心なしか不機嫌そうに見える。
そんな事あるハズないのに。
『私の事はディディと呼んで宵一。』
様々な思いが胸をよぎったが、今はそれどころではなかった。
『ディディ、緊急脱出だ!予定通り頼む』
『任せてヨイチ!』
ズドンッーーーー。
時は遡る。
心なきAIの「心意気」を試されたあの時に。
デリートコードの譲渡を咲耶に迫られたあの時に。
『ーーーー芳村 宵一に。 全額ベットします。』
「なぁ宵一・・・リニアチューブってなんだ?」
恒星はコソッと宵一に尋ねる。
脳筋と思われがちだが恒星は非常に頭が柔らかく、知らないものに対しての好奇心も子供の様に強かった。
知ってるものも知らないものなんでも喰らい栄養にする。
それは恒星の強さでもあった。
シリアスな会話をしているし時間も余りない。
しかし邪険にする事もできず、手早く説明をしてしまおうと口を開こうとした、その刹那
『よいですか恒星お兄様!!』
シリアスな話そっちのけで此花 咲耶が割り込んで入ってきたのである。
『私たち此花重工が誇る超電導リニアの原理は最高にエレガントで単純ですの!
レール側の磁力を神速の速さで交互させ「前へ前へ押し出す力」を使って物体をぶんなげる。これだけですわ!』
『え、めっちゃ分かり易い。咲耶は説明すんのが上手いんだな!』
恒星の反応に宵一がムッとしたよう反論した。
『兄さんにも分るように説明するとN極とS極の進行磁界を高速で位相制御させてローレンツ力を生み出すってことさ』
・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・。
沈黙と混乱の空気を吹き飛ばしたのはやはり恒星だった。
恒星のリーダーシップ性、そしてムードメーカーとしての力はこんな微妙な空気をも何とかすることができる。
『ヨイチは賢いんだけど言葉が足りないってオヤジがよく言ってた。言葉を効率化すんの悪い癖だぞヨイチ。要は磁力で作った大砲に乗ってすっとんでいくわけだ。』
『そのとおりですわ恒星お兄様!!この技術の素晴らしい点は磁気の一列さえあれば数トンの鋼鉄すら超加速させることができることですわ!ああっ!私、自分のあまりの才能にめまいを起こしてしまいましたわ』
『咲耶はやっぱすげーんだな!!操縦は苦手だけどな!』
『ぐはあっ。痛いところを突かれましたわ・・・・。私、実は運動や反射は得意ではありませんの・・・』
『大丈夫だぜ咲耶!今度一緒に練習しようぜ!『結果を決めるのは抜かりない準備と習練の積み重ね』ってオヤジが言ってたからな!』
『それでもうまくいきませんでしたら?』
『足りない部分は心でカバーだ!それでも足りなかったら俺の心も使ったらいい!』
通信ウィンド越しに目をうるうるさせ顔を紅潮させる咲耶。
宵一に至っては、流石兄さん、それでこそ兄さんとばかりに泣きながら頷いている。
『上手くやったら空とか飛べそうだよな。ほら、ルナシティ建設する時、宇宙ステーションからリニアレールウェイ使って資材を月に送ったって聞いた事あるぜ。あの要領でさ。』
『流石兄さんだ。でも宇宙と地球では法則が色々変わるから。重力は勿論、空気の壁やかかるGを考えると、資材は送れても人間はーーー。』
『Automatic Life guard machine・・・荒神は・・、生命を守る・・・ですわ・・・。』
突然、此花 咲耶が真顔になる。
中空を睨みつける様に見つめ、手を口元にあてぶつぶつと何かを呟きだした。
『田中おじさま!此花重工製のドローン100台が必要ですわ!』
難しそうな会話だから最初から参加しない、という体裁をとりつつしっかり聞き耳を立てていた田中一郎は突然名前を呼ばれ不覚にも驚き、その後自分の発言「忍者もスパイもやめる」を思い出して思わず苦笑いしてしまう。
『ドローン100機?タケミカヅチには最初から70機しかないじゃない。』
『知ってますわ。私が設計したのですから。だからおじさまにお聞き・・・、いえ、お願いしているのです』
『此花重工のドローンってお値段張るんだよ?』
『高性能なのですから当然ですわ!』
『足りない30機出したら安い家くらい買えちゃうよ?』
『ええ、おじさま。そんなドローンを此花重工試験場から盗み出そうなんて、忍者くらいしかおりませんわ』
全てを見透かした透明な目のアップを通信ウィンドウに映され、田中一郎は観念してため息をついた。
『それは施設のじゃなくて、おっさんの私物。全部出せば足りない分くらい、まぁ、なんとかできると思うけど・・・』
『ならば作戦は決まりましたわ!この此花咲耶!かならずや皆様を可及的速やかに、かつエレガントに!試験場までお連れしますわー!おーっほっほっほ!』
そして時は戻る。
崖下をよじ登り、荒神の生殺与奪権を奪わんとする750体のギア達。
その先頭が、丘の頂上へとたどり着いた現在に。




