限界突破
恒星の眼の前に現れる、青い半透明の世界。
手前で暴れる熊が透過して、奥の森の造形すら視認できる。植物の輪郭の、さらに奥まで──。
両眼が青く光り出した。
眼球に浮かんだ十字形照準が、ターゲットを幾つも捕捉する。最も奥に潜む超大型の熊が、ヌシに違いない。脅威度や距離はおろか、弱点すら映し出している。丸裸だ。
『これが、新しい眼……イケるっ!!』
恒星は突発的に駆け出す。
アマテラスとリンクした眼は、何の違和感もなく感覚を四肢に伝えてくれる。本当に獣になったような気分だった。力の伝達率が全然違う。たった二歩で、トップスピードに達した。
『ヨイチ! 奥に親玉がいる! 距離はジャスト2km! 俺が引き付ける、脳髄を撃ち抜いてやれ!』
迷っている暇はない。託されたなら、死ぬ気で応える。それが芳村兄弟のやり方だった。
『任せて、兄さん!』
宵一は反射的に無線で応える。
そして逸る気持ちを押さえつけ、深呼吸をした。
2kmの狙撃なんて、僕に出来るのか?
そう自分に問うと血が熱くなり、心拍数が上がるのが分かった。心の中で自分に語りかける。
──落ち着け宵一。冷静になれば僕はなんだってできる。
『落ち着いて、ヨイチ。貴方が狙撃を成功させる確率は100%よ』
宵一は耳を疑った。100%なんてない。そんな事ドールの方がよっぽど分かってる筈だ。
『100%よ』
『ふざけてないで』
『私はふざけていません。何度演算しても100%になります』
パチパチッとドールの周囲に青い火花が散った。
何か異常があるのだろうか、という疑念より屈託のない真っ直ぐな本心(に見えただけだとしても)が宵一の心に火をつけた。
そして考える。2km先を撃ち抜く方法。
ここにあるもの。ここにないもの。自分にあるもの、自分にないもの。そして、自分になくて、他人にあるもの。
次の瞬間宵一は無線に向かって叫んでいた。
『タケミカヅチ、田中一郎さん! 僕に、奴を打ち抜ける、道を示してくれ!』
抽象的な要求だった。
だが、田中一郎の胸に、ずしりと何かがのしかかった。田中一郎は理解する。託されたのだと。信じて預けたのだ。あの天才スナイパーが、自分自身より田中一郎を。
『君らは本当に、暑苦しくて、まっすぐで、
泣きたくなるくらい、胸が熱くなるなぁ。』
田中一郎は自分の顔を引っ叩いた。目つきが明らかに変わる。短い付き合いだが、初めて見る険しい顔付きだった。
全ドローン、一斉発射。地形、天候、風速、湿度、ありとあらゆるデータから導かれる正解は──。
『田中っち危なーーーい!!』
気を散らした一瞬に熊に距離を詰められていたタケミカヅチは、慌てて回避をする。手前の熊は邪魔だ。だが、ヌシを倒えばこの熊たちは無力化するはず。確証はない。ヌシを倒した後も暴れ続けるかもしれない。
クソッ、迷うなオレ! 託されたんだぞ!! おっさんにだって意地があるんだよ!
タケミカヅチに送られてくるデータを、異常な集中力で解析する。脳に負荷がかかり、鼻血が垂れた。血を拭く余裕もない。
距離は2km、着弾までラグは1.6秒──。いや、それは直撃した場合だ。
目が充血し出す。だが、瞬きすらできない。奴は臆病だ。必ず太い樹の裏に隠れる。
ここか?違う。
田中一郎は頭の中に何通りものシュミレーションをし、ついに見つけた。
絶対安全地帯、3本の巨木の裏。
ならば。
その3本ぶち抜いて……着弾までは2秒。シュートポイントは、ここだ!
『アマテラス! オレが指定したポイントへ東から真っ直ぐ追い込んでくれ! これが弾道予測だ! ツクヨミはオレの指定したポイントを、オレが指定したタイミングで撃ち抜け!』
口調を取り繕う余裕もない。予測をしろ。いや、予測じゃ足りない。予知をしろ。未来を解析するんだ。
タケミカヅチが指定した射的ポイントマップに、宵一は一瞬躊躇いを見せたが、兄と田中を信じ何も問わず、指示に従うことにした。
十字形照準が、ヌシではなく2km手前の太い巨木の幹を示している。
カウントダウン。
-2秒00
カカトからアンカーを地中に突き刺す。人工筋肉をロック。固定砲台と化す。
-1秒00
ゆっくり引き絞る引き金。弓の弦のようにギリッという音を拾った。
『ーーーー届け。』
0秒00 発射
銃弾は大気を切り裂き、森の深部目指して飛んでいく。
──銃弾を軸に、世界のカメラワークが反転する。
着弾点には、アマテラス。
指定された通り、巨木の影に追い詰められたフリをしていた。だが、その佇まいに焦りはない。
「じゃあな、熊のヌシ」
アマテラスはひょいと、身体を翻してみせた。
+1秒00
樹の繊維をショットガンのように撒き散らしながら、轟音をあげて銃弾が3本もの樹の幹を貫通する。バキンッ、ゴギンッ、ボギンッ、と三つの木の節をへし折って、ついさっきまでアマテラスがいた地点を通過した。
「俺の弟に」
+2秒00 着弾
「撃ち抜けないものは無い」
直後、灼熱の弾丸が、デカい図体して隠れる臆病者──熊のヌシの脳髄を、正確に、完全に破壊した。




