開眼
幅300mの谷間。
左右には岩壁がそびえたち、摺鉢状なっている最も狭まった通り道に石凝尊は立っていた。
仁王立ちに腕組みという強者にのみ許されたポーズで。
「砂埃凄くね?地鳴りヤバすぎて小石踊っちゃってるんだけど!マジウケんだけど!アレ一人で堰き止めるとかもう神じゃね?」
数頭が数十頭に。数十頭が、数百頭に。
犬に追われる羊の様に、大きなうねりとなって低きに流れる水の様に谷間に吸い込まれていく!
もう後戻りはできない。
脚を踏ん張り、両手を広げ、スサノヲは完全に受け止める構えを取る。激突まであと1分。
その時無線から新たな報告が届いた。
『尊お姉様ーー!複合シールドをドローンが運んでいますわ!』
通信が届くと同時にサクヤヒメが放ったであろうドローンが箱を3つ落下させた。
石凝尊は無駄のない動きで補給ボックスを開放、中の拡張シールド右方と左方に突き立て地面に固定。
「スサノヲデコるとかマジバイブスあがるんだけど!
あーしはね、プーちゃん。どんな押しの強い男にも!!押し負けた事、ねぇーんだよお!!」
戦闘の集団と衝突。
バチンと空気が破裂した。
爆発したのか、爆縮したのか分からない。
だが石凝尊は言葉通り一歩も押し負けていなかった。
足が地盤を砕き、地面が割れようとも石凝尊は前傾姿勢を崩さない。
それどころか、あろう事に前進を始めた。
数cm,数mmだったかもしれない。
圧倒的な質量を前にしても前進する胆力。
石凝尊の真骨頂である。
完全に出口は詰まった。だが熊の暴走は止まらない。盲目的に追従し、仲間の熊に躓き、阻まれ、踏み越え、運良く隙間を抜けたとしても石凝尊という巨大な壁に叩き潰される。
前方に熊の身体で積み上げた壁、後方からは勢いが衰えない毛皮の津波。
恒星のよく通る声が皆に好機を告げた。
『俺は後方西側に!!タケミカヅチは後方東側だ!!ヨイチッ!準備はいいな!』
『完全に射程圏内だ!この距離なら外さない!』
『うげっ、モニターが真っ赤だ!おっさんだけど今回は熱くなっちゃうよ!柄にもなく!』
『みんなテンションバッチシ高めじゃん!いくよ!!熊ちゃん密です大炎上ぉ(仮)全門開放ぉぉお!!』
死の十字砲火、クロスファイア。
ふざけた作戦名とは裏腹にその破壊力は凄まじい。
アマテラスのガトリング、タケミカヅチのマシンガンが熊の集団の中心で交差する。
規則的に続くツクヨミの狙撃音。
高周波ブレードで前線を押し上げ死地を拡大していくスサノヲ。
まるでジャズバンドかオーケストラだ。
『そっちじゃありませんわあああーー!』
無線から流れるギャリギャリという地面抉り取るような接地音。
タケミカヅチの熱感知センサーから赤いドットがどんどん消えていく。
おそらく300から400程の生態反応。
自然界では熊がこんなに密集する事はありえない。
田中一郎がその謎の答えにたどり着く前に、モニターの赤いドットは全て消滅した。
熱を帯び煙を吐きながら回転を続けるガトリング砲がギュルギュルと空気を裂いている。
丘の上のツクヨミも似た様なものだ。ロングバレルライフルの砲身が真っ赤に灼けている。
暫くのクールタイムが必要なのは誰の目に見ても明らかだった。
その時だ。
森の遙か奥から耳をつんざく咆哮があがった。
熊というには禍々しい、横暴で邪悪な暴君の咆哮。
恒星がすぐ様声の方へ向き直る。
『このシグナルは、さっきの!?恒星!避けろ!第二波が襲ってくるぞ!!』
恒星に油断は無かった。
だが田中一郎の忠告は一拍遅れたし、森の奥に潜むモノは狡猾だった。
第二波。およそ50頭の熊は、自分が何をしているか理解していなかった。ただ、身体に埋め込まれたちっぽけな受信機が、あの声に従わせるのだ。
自我はない。恐れもない。怒りもない。
指示に従うだけのマリオネットでしかない。
第二波の牙は予想より早く恒星のアマテラスに届いた。
一撃で胸のフレームが削れる。体制が崩れた所にもう一頭が覆い被さる様に押さえつける。
首筋に噛み付く。
青、赤、黄のワイヤーがアマテラスの喉元から引き抜かれた。出力が明らかに低下した。
旧式タブレットのホログラムでどこまで空間データを解析できるか・・。
バキン、と鉄がへし折れる音がした。
操縦席の全面の装甲が剥がされたのだ。差し込んでいた旧式タブレットと共に吹き飛ばされる。
あのタブレットは頑丈な造りではない、完全に機能停止、修復は不可能だろう。
宵一、はまだクールタイムで動けない。
石凝尊と田中一郎はまだ距離がある。
フルスロットでも5秒。
だが恒星は怯まない。操り人形に成り下がった熊に殺気を叩きつける。
熊が一瞬怯んだ。
その一瞬が運命を変えた。
『どいてくださいませーーー!!』
ありえない体勢のまま、ありえない速度突っ込んでくるサクヤヒメの機体。
お尻部分を突き出し、バックで突っ込んでくる鉄の塊は、臀部で手前の熊を弾き出し、その衝撃で駒の様にスピンする。右手が熊の顔を払いのけ、左手が鼻っ柱を強襲、バランスを崩しひっくり返るが見事に半回転し、三日月の様なあびせ蹴りを眉間にクリーンヒットさせもう一頭も弾き飛ばした。
見事な蓮撃に恒星は思わず感嘆の声漏らした。
『これが私の実力ですわっ!!恒星兄様、受け取ってくださいまし!弾薬と『新しい眼』ですわ!!』
サクヤヒメのコクピットが開き、剥き出しの操縦席に片手サイズの小さくて黒い箱が投げ入れられた。
くしゃくしゃになった髪を一生懸命手櫛で解かしながら。
恒星はすぐに理解した。
新しい眼。コンタクトレンズ視認型ディスプレイ。そして手袋型のデバイス。
すぐさまサングラスを外し、コンタクトレンズ型ディスプレイを眼球に貼り付けた。
手袋を急いではめる。
周囲にはまだ無傷の熊が残っている。
手遅れになる前に。
聞き慣れたドールの起動する音。
『こんにちは恒星。貴方も新型にしたのですね。
まず貴方に聞かなきゃいけないのは、アマテラスと芳村恒星、同期しますか?』
「ああ、バチッと頼むぜ、俺の新しい眼よ!!」
瞬きをした瞬間、恒星の視界は、恒星の世界は一変した。




