実施試験開始
『おはようございますヨイチ。準備はできましたか?間も無く0900、作戦開始の時刻です。』
宵一の視界のみに映るdirect operation litlle lady,
白く靡く長髪のホログラム通称、dollが淡々と宵一に告げる。
「基本操作はバッチリさ。個別の回線で兄さんと通信したい。」
宵一の乗るツクヨミは、荒神の中でもタイトな作りだ。
コクピットは完全一人用。
手足を無駄に動かす余地もない。
顔の周りはモニターだらけで、これでもかと膨大な外の情報を流し込んでくる。
視界に通話用ウィンドウが開く。
-call-の文字が暫く続き、数秒も待たずに恒星の応答があった。
『うわったった!!』
狼型の荒神もやはり内部は狭いらしい。
鼻の穴まで見れる接写だ。
恒星の興奮デバイスは板の上に立体映像が浮かび上がる旧式なので置き場所に苦労している様だ。
全長は同じ3.8mだが、ツクヨミは直立歩行に対し、アマテラスは四足歩行。視線の高さ(アイレベル)が違う。
『最初は足がバラバラで酷く揺れたんだけどよ、ちゃんと走るとすげ〜安定するんだわ!お前の方はどうだ?』
「僕の方は、走行巡回モードと狙撃モードの二種類あったから少し大変だったかな。」
『少し〜!?スクロールしてもスクロールしても終わりが見えないあの取扱説明書、二種類分、全部読んだのか?』
「そりゃ読むでしょ。いざと言う時困るのは自分だからね」
『俺のも読んでもらえば良かったー!』
「兄さんの荒神を僕が理解してもしょうがないだろ」
くっくっくと恒星が笑う。
つられて宵一も笑う。
走行地点は数kmは離れている。
だが一緒に走り回ってるような感覚に陥いる。
『そろそろ現着だ!ヨイチ!トチんなよ!』
「また古臭い言葉を・・。兄さんこそトチらないでね」
その言葉を最後にウィンドウが閉じる。
『ーーーあなた方は不思議です』
ドールが少しの間を置いてヨイチに話しかけた。
末端AIが自発的に会話をする事も、躊躇いを見せる事も珍しい事だった。
「何が?」
話しかけられた事が嬉しくて宵一は思わず笑顔になった。
『貴方と貴方の兄の間には本来あるはずの壁がない。どこまでが貴方でどこからが貴方ではないのか、たまに分からなくなる事があります。』
「兄さんは兄さん、僕は僕さ。
僕は兄さん程強くないから、君にしっかり見張ってて貰わないと逃げたい気持ちに負けそうになる」
『あなたがですか!?』
「ドールも驚くんだね」
『理解不能です。本機は、メインユーザーであるあなたの狙撃適性を100%と演算しています。あなたが恐怖を覚える論理的根拠はありません』
「いつだって必死さ。心の中のちっぽけな勇気を見つけてきて、色々やって勇気を大きく燃やすんだ。だから、君がいると心強いんだ。カッコ悪いとこ、見せられないぞって。」
『非合理的です。
ですが・・・。
それを貴方が望むなら。』
ドールはユーザーと共に独自の成長を続けるように作られている。
つまりヨイチの愛用しているドールもまた、宵一と同じように成長過程にあるのだった。
間も無くして宵一の操るツクヨミは指定位置の小高い丘に着いた。
木も少なく、視界は開けている。
熊は群れない。
だが目撃件数は看過できないほど異常な数値である。
熊の生息区域で何かあったかもしれないがマザー&マダムのルールは野生地帯への立ち入りを厳格に禁じていた。
何かあっても、何があっても守らなければならない。
人間に許されたのは、防衛目的による迎撃だけである。
前方に見える20平方キロメートルの森は直線距離だと端から端まで4.5km、徒歩で1時間くらいだろうか。
森の反対側には視認できる距離に人間の生活圏が広がっていて、森の入り口から人里の入り口までの更地には数百m置きに監視タワーが続いている。
街の手前には谷間があり、くたびれた防壁が栓をしている状態だ。
左右にそびえる頑強な岩壁のせいで、街へと続く進路を取った場合最も細い道幅は300mと言った所だろう。
ツクヨミの任務は「森から出てきた熊を一匹足りとも人間の生活圏に通さない事」
此花重工試験場でみせた動きから計算すれば、野生の熊の20匹や30匹、恐るるに足らず。
自分の出番は数えるぐらいだろうと宵一は楽観的に構える事にした。
「ツクヨミ現着!指示があるまで待機します!」
全機に聞こえる様無線を飛ばした。
『こちらスサノヲ。バッチとうちゃーく』
石凝尊が森と街の丁度真ん中辺りを陣取る。
ここを通せば、街の守りはくたびれた防壁しか残らない。
『こちらサクナッヒッメー!!』
無線から流れる何かの衝撃音。
『現着までッ!!ああ、そっちじゃありませんわっ!!』
無線から流れる何かの衝突音。
『まだ・・・しばらくかかりますわ』
『ヒメっちりょっかーい!恒星ちゃんは?』
『教官のそれ、やっぱり慣れないなぁ・・。こちらも現着!アマテラス、森の出入り口にて待機中!』
前衛にアマテラス、索敵にタケミカヅチ、狙撃にツクヨミ、壁役にスサノヲ、救護にサクヤヒメ。
布陣としてはこれ以上ない展開である。
『こちらタケミカヅチ・・・。今、森の手前にいるんだが・・・、これは・・・』
田中一郎は動揺を隠しきれなかった。
『ドローンのデータをリンクする。タケミカヅチのセンサーに同期してくれ。その方が早い』
旧式のタブレットを使っている恒星以外、
全員のコンタクトレンズ視認型ディスプレイにタケミカヅチの熱センサーレーダーが表示される。
そして全員が言葉を失った。
10や20では効かない一面の赤いシグナル。
『まだ数百メートルの索敵でこのザマじゃ、ちょっと作戦を練らにゃならんかもよ?』
『そんなっ!暇はありませんわーーー!ブレーキはどこですのーー!?』
無線に飛び込んでくる爆発音。
『はぁ、はぁ。このデータを見る限り、一刻を争う危機的状況ですわ。先手を取って主導権を握れなければ、この人数では押し潰される事もあり得ますわ・・・!』
此花 咲耶の意見に宵一が同調する。
『数は力だからね。僕の狙撃で数を少しずつ減らすっていうのは?』
『あーしは反対。狙撃を引き金に暴走するかも知れないし?』
『今の練度で肉弾戦は厳しいとおっさんは思うな』
『・・・・よし、暴走させようぜ』
恒星の発言に皆がまた言葉を失った。
『とりま『まっすぐ行ってぶっとばす』作戦?』
『いやいや教官、俺だって成長してますから!・・・俺等って皆んな長所が違うでしょ?だからそれをうまく使って・・・』
旧式のタブレットを通して恒星は皆んなに作戦を伝える。
指先を使う為どうしても説明にタイムラグが起きるが、幸い熊は森で息を潜めたままだった。
巨大な一匹の熊の様に森が風に吹かれ息づく。
『・・・これで計算上は300体くらい倒せると思うんだけど。特にヨイチの狙撃が重要になる。やれるよな?ヨイチ。』
『兄さんの頼みじゃ、しくじる訳にはいかないね』
『背に腹は変えられませんわね。皆様、私が救護に行くまでぇー!?前進したはずなのになんでですのー!!ブレーキ!ブレーキー!!』
無線から流れる何かの発射音。
ただでさえ不確定な事が多いのに、更に不安要素を抱えている現状。
重い空気を吹き飛ばしたのは石凝尊である。
『ミスったってあーしが秒でカバーするし!イモってないでドーンとやればいけっしょ!』
一見するとなんの根拠もない発言だが、石凝尊は達人である。
その事実が皆に妙な安心感と高揚を与える。
『よし、作戦名はクロスファイアスペシャルで行くぞ!』
士気を上げる為に即席で考えた作戦名はしかし呆気なく石凝尊に主導権を奪い取られた。
『は?恒星ちゃんセンスなっ。
それじゃバイブスサガるっしょ。
あーしが気合い入る作戦名考えてあげるわ。
えーと・・・作戦名は熊ちゃん密です大炎上(仮)で!!』
『おいなんだこの(仮)ってのは。おっさんのディスプレイに変なモン映さないで。』
『田中っちはおっさんだから、この良さが分かんないだけじゃね?恒星と宵一には伝わってるし!』
此花 咲耶が異議を唱えるも、早く現着しろと一蹴され、恒星、宵一の不満気な空気は黙殺され、作戦名は『熊ちゃん密です大炎上(仮)』に決定した。




