表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

87/89

第87話 【Day 7】小休止中の配信者ですが、病室に「財界の王」が頭を下げに来て、僕の言葉が彼の孤独を救った

入院7日目。最終日。 病室には、張り詰めたような静寂が漂っていた。


「……来ますよ、小暮さん」


影山 栞が、短く告げる。 小暮こぐれ ゆずるは、ベッドの上で居住まいを正し、深呼吸をした。 緊張で掌が汗ばむ。相手は、日本経済を動かすフィクサーであり、今回の過労のきっかけとなった人物でもある。


コン、コン。 重く、しかしどこか躊躇いを含んだノックの音が響いた。


「……どうぞ」


小暮が努めて明るい声で答えると、ドアが静かに開いた。 そこに立っていたのは、御子柴みこしば 厳蔵げんぞう。 いつもなら周囲を威圧するような覇気を纏っている彼が、今日は少しだけ背中を丸め、どこかバツが悪そうに入ってきた。


   ◇


「……体調は、どうだ」


ベッドの脇に立った厳蔵が、絞り出すように尋ねた。


「はい。おかげさまで、もうすっかり元気です。明日には退院できます」

「そうか……」


厳蔵は短く頷くと、意を決したように深く頭を下げた。


「……すまなかった」


「えっ!?」


「ワシが、貴様を追い詰めた。 結果を急ぐあまり、現場の負担を顧みず……将来ある若者を、潰してしまうところだった。 ……本当に、申し訳ない」


財界の王が、一介の社員に頭を下げる。 その姿は、自分の不手際を認める実直さと、若者を傷つけてしまったことへの深い後悔に満ちていた。


小暮は慌てて手を振った。


「や、やめてください会長! 頭を上げてください! 違うんです、これは僕の自己管理ができてなかっただけで……! それに、僕の方こそ、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」


小暮の必死な言葉に、厳蔵はゆっくりと顔を上げた。 その目には、安堵と、未だ消えぬ罪悪感が混じっていた。


「……恨まないのか? ワシを」


「恨むなんて、とんでもない!」


小暮は真っ直ぐに厳蔵を見て、微笑んだ。


「僕、今回のプロジェクト、すごく楽しみにしてるんです。 あの日……パーティー会場で初めて会長とお話しした時、この人となら、本当にユーザーが喜ぶ『良いもの』が作れるんじゃないかって、ワクワクしたんです。 その気持ちは、今も変わりません」


厳蔵は目を見開いた。 この若者は、自分の圧力を「期待」と捉え、あろうことか「ワクワクした」と言うのか。


「……貴様は、本当に……」


厳蔵の声が震えた。


「……ワシの周りにはいない、稀有な心を持っているな。 誰もがワシを恐れ、顔色を窺う中で……どうしてそこまで、純粋でいられる」


厳蔵の言葉に、小暮は少し照れくさそうに頭をかいた。


「いやぁ、そんな立派なものじゃありませんよ。 僕はただ……『人の良いところ』を見つけるのが、好きなだけなんです」


「良いところ……?」


「はい。だから、御子柴さんの良いところを見つけるのも、とっても簡単でしたよ?」


小暮は、いつもの配信でリスナーに語りかけるように、穏やかに続けた。


「厳しくて怖いけど、それは誰よりも仕事に真剣だからだし。 上辺だけの言葉じゃなくて、ちゃんと本質を見てくれる。 ……そんな熱い人と一緒に仕事ができるなんて、僕は幸運だなって思ってます」


「…………」


「あ、でも……。 普段、会長の周りにいる優秀な方々は、もっと洗練された言葉を使うでしょうから……。 僕みたいに、語彙力の足りない直球な言葉が、珍しかっただけじゃないですか?」


小暮が茶化すように笑うと、厳蔵はハッとしたように息を呑んだ。


かつて。まだ自分が「会長」と呼ばれる前。バリバリの現役で、会社を大きくすることに燃えていた頃。 まだ学生だった息子が、自分に向けていた眼差しを思い出した。


『親父はすごいよ。尊敬してる』


そう言ってくれる。関係は良好だ。決して仲が悪いわけではない。 だが、いつからだろうか。 息子も、部下たちも、自分に対してどこか「一線」を引くようになったのは。


『父さんの言うことは正しいから』

『会長の仰る通りです』


そこには敬意がある。だが、冗談を言い合ったり、弱音を吐いたりできるような「隙」は、自分の威圧感がすべて消し去ってしまっていた。


(……ああ、そうか)


彼らが遠ざかったのではない。 自分が、その「強い語気」と「正論」で、彼らを近寄らせないようにしていたのだ。 尊敬という名の、見えない壁を作っていたのは自分自身だった。


「……それでもだ」


厳蔵は、目頭を押さえ、声を絞り出した。


「……それを、ワシに気づかせてくれるきっかけを……お前さんはいつもくれるのじゃな」


小暮の飾らない言葉が、その壁を軽々と乗り越えてきた。 威厳など必要ない。ただの人間として向き合えば、こんなにも温かい関係が築けるのだと、教えられた気がした。


「……ありがとう。小暮」


厳蔵は、憑き物が落ちたような、穏やかな顔つきに戻っていた。 彼は右手を差し出した。


「大事がなくて、本当によかった。 ……これからも、よろしく頼む。大切な『仲間』として」


「はい! こちらこそ!」


小暮はその手をしっかりと握り返した。 固く、温かい握手。


「……では、行くか」


厳蔵は背筋を伸ばし、踵を返した。 その背中は、入室した時よりも柔らかく、しかし確かな決意を帯びていた。


(……今度、息子を飯にでも誘ってみるか。 仕事の話抜きで、ただの『親父』としてな)


部屋の隅で、その光景を静かに見守っていた栞も、目元を拭いながら温かい微笑みを浮かべていた。 これで、すべてのわだかまりは解けた。 あとは――彼が「帰るべき場所」へ戻るだけだ。

毎日0時に1更新を目指して頑張っています。


もしお気に召しましたら、作者のやる気アップのために

ブックマークや評価やスタンプで応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ