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第84話 【Day 5裏】世界の支配者の「過保護なハッキング」と、早く戻ってこいという願い

小暮が倒れた直後の裏サミットから、今日に至るまでのこと。


『admin: カゲ、搬送先の病院のスペックはどうだ? スイスから私の医療チームを飛ばそうか?』

『カゲ: いえ、結構ですわ。信頼できる病院に入れましたから』

『admin: ドクター、彼の脳波データ送れ。必要なら世界中の論文から最適解を検索する』

『ドクター: 落ち着けadmin。ただの過労だ。寝てれば治る』


世界最強のIT企業『Nebula Corp』のCEO、アレン・スミスは、珍しく苛立っていた。 カゲが手配し、ドクターが診察する。 完璧な布陣だが、そこに自分の入る余地がない。 「見守る」という行為が、何でも解決してきた彼にとっては一番のストレスだった。


   ◇


そして朝。 アレンは痺れを切らし、ドクターに直接回線を繋いだ。


「……ドクター。彼が入院している病院の院長は、貴様の友人だったな」

『ああ、そうだが? ……今度は何を企んでいる』

ハッキング(視察)したところ、あの病院のインフラは前時代的だ。 Wi-Fiは遅い、飯は不味そう、空調も雑だ。……あれで彼の精神(メンタル)が回復すると思うか?」


『……まあ、普通の病院だからな』


「許せん。バグだ」


アレンは断言した。


「医療行為は貴様らに任せる。 だが、環境(プラットフォーム)を整えるのは私の領分だ。 ……院長に話を通せ。これから『アップデート』を行う」


  ◇


日本の病院、院長室。 年配の院長(ドクターの友人)は、突然の来訪者に驚きつつも、温かく迎え入れた。


「やあ、君がアレン君か。 恭介から話は聞いているよ。『友人が騒いですまない』とね」


「突然の訪問、失礼します。院長」


アレンは帽子を取り、予想に反して丁寧な態度で接した。 友人の顔を立てる程度の常識は持ち合わせている。


「実は、折り入ってお願いがあります」

「お願い?」


「はい。この病院のインフラ設備を、すべて『最新鋭』にアップデートさせていただきたいのです」


アレンは、秘書に命じて目録を提示した。 全館の超高速Wi-Fi整備、AI制御による空調システムの導入、そして食材供給ルートの高級化。 その規模は、一室の改修などというレベルではなく、病院全体を次世代型へ作り変えるほどのものだった。


「こ、これを全て……? 寄付してくれるというのかね?」


「はい。条件は一つだけ。 『患者』に、最高の療養環境を提供していただきたい」


アレンは、あくまで全体への貢献という体を崩さなかった。 特定の患者(小暮)だけを優遇すれば、余計な詮索を生む。ならば、病院ごと変えてしまえばいい。それが彼の流儀だった。


「病は気からと言います。 ストレスのないネット環境、快適な室温、そして美味い食事。 それらが患者の回復を早めると、私は確信しています」


院長は、アレンの真摯な眼差しを見て、深く頷いた。


「……なるほど。君の哲学は分かった。 恭介の言う通り、面白い男だ。ありがたく受け取らせてもらおう」


「感謝します。……友人を、よろしくお願いします」


アレンは最後に短く頭を下げ、院長室を後にした。


   ◇


病院を出て、リムジンに戻ったアレンは、シートに深く沈み込んだ。


「……ふぅ。これで多少はマシになるだろう」


一仕事終えた彼は、スマホを取り出し、何気なくニュースサイトを開いた。 トップには相変わらず『天塚シエル、活動休止』の文字が踊っている。


(……あの子(名無し)もか)


アレンの脳裏に、いつも裏チャットで明るく振る舞うアイドルの姿がよぎった。 今の彼女は、きっと世界中から心配され、その重圧に一人で耐えているのだろう。


「……やれやれ。どいつもこいつも、繊細すぎるんだよ」


そう悪態をつきながらも、その声色には仲間を案じる響きがあった。 今はそっとしておこう。下手に干渉するより、彼女が自分で答えを見つけるのを待つべきだ。


アレンは画面を閉じ、窓の外の病院を見上げた。 そこには、少しずつ明かりが灯り始めている。


「それは俺も同じか。……早く戻ってこい、小狐ルル。 お前がいないと……私のサーバー(こころ)も、そしてあの子たちの心も、静かすぎて不安定なんだ」


世界を支配する男は、友人の回復と、それぞれの場所で戦う仲間たちの平穏を願いながら、静かに目を閉じた。

毎日0時に1更新を目指して頑張っています。


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