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第82話 【Day 4裏】中間管理職の「業務命令」という名の見舞いと、会長への進言

少し前。それは、田中良太が小暮の病室を訪れる数時間前のこと。


東京、大手町。『ミコシバ・フロンティア』本社ビル、最上階。 グループ傘下のシステム会社で課長を務める田中 良太は、生きた心地がしないまま、重厚な扉の前に立っていた。


「……入りたまえ」


許可を得て入室すると、部屋の奥には、この巨大グループを統べる 御子柴 厳蔵(ミケ)が鎮座していた。 本来、田中のような関連会社の一課長が、サシで呼び出される相手ではない。 だが、今回のプロジェクトは会長肝いりの案件であり、田中はその現場責任者の一人。 そして何より――二人は、ネット上の「戦友」でもあった。


「……失礼いたします。田中です」

「うむ。早速じゃが……例のプロジェクト、進捗はどうなっている」


厳蔵は書類に目を落としたまま、事務的に問いかけた。


「はい。概ね順調ですが、開発のコアメンバーである小暮氏がダウンしたため、現場は少々調整が必要です」


田中が報告すると、厳蔵の手がピタリと止まった。 数秒の沈黙。 空調の音だけが響く中、厳蔵は低い声で言った。


「……そうか。 ならば田中。貴様が直接行って、様子を見てこい」


「……は?」


「重要戦力の離脱は、グループ全体の損失に関わる。 現場の責任者として、彼が復帰できる見込みがあるのか……あくまで『業務上の確認』として、()()()()見てくるのだ」


その命令は、会長としての理屈を装ってはいるが、あまりに不自然だった。 関連会社の課長に、他社のいち担当者の見舞いを、会長が直接指示するなど異例中の異例だ。あり得ないといっていい。


(……会長。素直に「心配だから見てきてくれ」って言えばいいのに)


田中は、厳蔵の眉間に刻まれた深い皺を見て、その裏にある焦燥と自責を痛いほど感じ取った。 この老人は、今にも胃に穴が開きそうなほど動揺しているのだ。


「……承知いたしました。 業務の一環として、彼の容体を確認してまいります」


田中が深々と頭を下げると、厳蔵はふいと窓の外に視線を逸らした。


「……うむ。頼んだぞ」


   ◇


病院へ向かう電車の中。 田中はスマホでニュースサイトを眺めていた。 トップニュースには『国民的VTuber・天塚シエル、体調不良で活動休止』の文字。


「……あの子(名無し)もか」


田中は小さく溜息をついた。 本来なら接点などないはずの、巨大企業の会長、大臣、アイドル、ハッカー、科学者。 そんな彼らが、たった一つの小さな配信に救われ、こうして裏で繋がり、不器用に支え合っている。 自分もその末席に、偶然か運命か、こうして関わっていることの不思議さを噛み締めた。


「……ルルちゃん。君が倒れたら、俺たちは全滅だよ」


田中は、窓に映る自分のくたびれた顔を見つめ、気合を入れ直した。


   ◇


そして、見舞いの後。 病院を出た田中は、人気の少ない路地で一本の電話をかけた。 相手は、会長室で待ちわびているであろう厳蔵だ。


『……田中くんか。どうだった』


コール一発で出た。やはり待っていたのだ。


「はい。先ほど小暮さんにお会いしてきました。 顔色はまだ悪かったですが、会話はしっかりされておりました。 医師(ドクター)の指示で絶対安静とのことですが、命に別状はありません」


『……そうか』


電話の向こうから、深い、本当に深い安堵の吐息が聞こえた。 張り詰めていた空気が緩む気配が、電波越しにも伝わってくる。


「それと、彼はプロジェクトの遅れを気にしていました。 『ご迷惑をおかけして申し訳ない』と」


『……馬鹿者が。 謝らねばならんのは、ワシの方だというのに……』


厳蔵の声が、悔恨に沈む。 彼は自分を責めている。自分の圧力が、将来ある若者を潰しかけたのだと。


田中は、会社員としての立場を一瞬忘れ、一人の「裏サミットの仲間」として言葉を選んだ。


「会長。……差し出がましいようですが」

『なんだ』

「そんなに気になさるなら、ご自身で行くべきです」


『……なっ』


「業務命令ではなく、一人の人間として。 ……彼は、会長が恐れているような、恨み言を言うような人ではありませんよ。 誰よりも、貴方が()()をご存知のはずです」


あえて「ミケとして知っているはずだ」というニュアンスを含めた。 数秒の沈黙。 やがて、厳蔵の不器用だが、少しだけ憑き物が落ちたような声が返ってきた。


『……フン。子会社の課長風情が、偉そうな口を利くようになったな』

「現場の人間は、いつだって図太いんですよ。 ……では、失礼します」


通話を切ると、田中は大きく息を吐いた。 会長相手に説教など、寿命が縮む思いだ。 でも、これでいい。


「さてと。俺も帰って、シエルちゃんとルルちゃんのアーカイブでも見るかな」


田中はネクタイを少し緩め、駅の雑踏へと消えていった。 それぞれの「戦友」たちが、再び集える日を信じて。

毎日0時に1更新を目指して頑張っています。


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