第81話 【Day 4】小休止中の配信者ですが、見舞いに来た「戦友」と、二つの人生を生きる大変さについて語り合った
入院4日目。 小暮 譲の病室に、少し緊張した空気が流れていた。
「……というわけで、例のプロジェクトの進捗報告は以上です。 小暮さんの不在分は、私がカバーしておきますので」
ベッドの脇で手帳を開いているのは、以前「炎上案件」で共闘した他社の担当者・田中 良太だった。 今日は業務連絡のため、栞が彼を連れてきたのだ。
「すみません、田中さん。ご迷惑をおかけして……」
「いいえ。あの時は小暮さんに助けられましたから。持ちつ持たれつです」
田中は、死んだ魚のような目を少し緩めて言った。 最低限の打ち合わせを終えると、栞がお茶を淹れてくれた。ここからは少し雑談タイムだ。
「……それにしても、最近はどこもガタが来てますねぇ」
田中がお茶を啜りながら、ふと遠い目をして呟いた。
「実は、私の生き甲斐である『推しのVtuber』も、体調不良で一週間の休養に入っちゃいましてね」
「――っ!?」
小暮の心臓が、早鐘を打った。 (推しのVtuber? 体調不良? 一週間の休養……?) すべての条件が、今の自分(小狐ルル)と完全に一致している。
小暮の背中に冷や汗が伝う。 まさか、田中さんは僕のリスナーだったのか? あの「リョウタ」さんが、目の前の田中さん?
(……いや、待て待て。落ち着け)
小暮は必死に理性を働かせた。 僕の同接はたったの7人だ。 対して、ネット人口は何千万人。 仕事でたまたま関わった人が、その奇跡的な7人のうちの1人である確率なんて、天文学的な数字だ。 世界は広い。そんな漫画みたいな偶然、あるわけがない。
(そうだ。きっと有名なVtuberの話だ。自意識過剰になるな、僕)
小暮はなんとか動揺を押し殺し、引きつった笑顔で尋ねた。
「そ、そうなんですか……。それは心配ですね。 ちなみに、どなたなんです?」
「天塚シエルちゃんっていうんですけどね。 急に『一週間休みます』って。……心配で仕事が手につきませんよ」
「あ、あぁ……! シエルさんですか……!」
小暮は全身の力が抜けるほど安堵した。 (よかった、やっぱり国民的アイドルの話だった……! びっくりさせないでよ……) と同時に、以前、少し話した彼女もまた休養していることに、奇妙なシンパシーを感じた。
「……やっぱり、大変なんでしょうね」
田中が窓の外を見ながら、独り言のように続けた。
「ネット上のキラキラした『アバター』と、現実の生身の『自分』。 二つの人生を背負って生きるっていうのは……僕らが思う以上に、精神を削るものなのかもしれません」
その言葉は、小暮の胸に深く刺さった。 地味な会社員の自分と、みんなに愛される小狐ルル。 その乖離に悩み、疲れ、そして倒れてしまった自分自身と重なる。
「……そうですね。でも、きっと」
小暮は、自然と言葉を紡いでいた。
「二つの人生があるからこそ、救われている部分もあると思うんです。 現実が辛くても、もう一つの場所に帰れば『本当の自分』になれる。 ……だから、その場所を守るためなら、多少の無理もできちゃうというか」
それは、ただの一般論ではなく、実感を伴った重みのある言葉だった。 田中は、その言葉を聞いて、ハッとしたように小暮を見た。 その目は、小暮の「正体」を確信したような、優しく温かいものだった。
「……小暮さん。 なんだか、すごく実感のこもった意見ですね」
「えっ? あ、いや、その……!」
田中は、死んだ目を少しだけ細め、探るように、しかし深くは踏み込まずに尋ねた。
「もしかして小暮さんも……何か『配信』とか、やられてるんですか?」
「……!」
小暮は言葉に詰まった。 会社の人には秘密だ。でも、この「戦友」になら、嘘をつきたくない。
「えっと……実は、少しだけ。 ほんの趣味で、顔も出さずに細々とやってるんです。 ……恥ずかしいので、誰にも言っていませんが」
小暮が照れくさそうに明かすと、田中は驚くこともなく、ただ深く頷いた。
「そうですか。……いいですね、そういう『帰れる場所』があるのは」
田中はそれ以上、アカウント名を聞いたり、詮索したりはしなかった。 ただ、帰り際に一言だけ、ニヤリと笑って言った。
「もし、もっと仲良くなったら……いつかこっそり教えてくださいよ。 その時は、スパチャ投げに行きますから!」
「あはは。……考えておきます」
◇
田中が帰った後。 小暮はスマホを手に取り、SNSを開いた。 シエルさんの休養、そして田中さんの言葉。 自分だけじゃない。みんな、それぞれの場所で戦っているんだ。
『ほかの活動されてる方も、みんな頑張ってるんだなぁ……。 お休み中だけど、なんだか無性に配信したくなってきましたっ! 早くみんなと話したいな』
その投稿を見て、帰りの電車に乗っていた田中が、スマホ画面に向かって小さく「無理すんな、馬鹿。……待ってるから」と呟いたことを、小暮は知らない。
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