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第80話 【Day 3裏】小休止中の配信者ですが、選挙勝者の無力感と、電波に乗せた「たった一人へのメッセージ」

「――当選確実です! おめでとうございます、剣崎先生!!」


選挙事務所が、割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。 テレビカメラのフラッシュが焚かれ、万歳三唱が始まる。 その中心で、剣崎けんざき 塔子とうこは深々と頭を下げていた。


「ありがとうございます。皆様のおかげです」


完璧な所作、完璧な笑顔。 『氷の女帝』の異名に相応しい、冷静沈着な勝利者の姿。 だが、その仮面の下で、彼女の心は鉛のように重く沈んでいた。


(……私は、無力だわ)


3日前。大切な友人――小狐ルルが配信中に倒れた夜。 彼女は何もできなかった。 大臣という立場ゆえに、救急車を呼ぶことも、身元を明かして見舞いに行くことも許されなかった。 ただ、裏チャットでオロオロと法的なリスクを口にし、カゲに全てを託すことしかできなかった。


(日本を動かす権力を持ちながら、たった一人の友人の危機に寄り添うことすらできないなんて……)


当選の花束を受け取りながら、彼女は自分自身を嘲笑っていた。 この勝利に、何の意味があるのか、と。


   ◇


「先生、スピーチをお願いします!」


マイクの前に立つ。 手元には、秘書官が作成した完璧な原稿がある。 経済対策、外交問題、未来への展望。 それを読み上げれば、滞りなくセレモニーは終わるはずだった。


『ご支援、ありがとうございます。 しかし、これはゴールではありません。ここからが始まりです』


序盤は原稿通りに進めた。 しかし、ふと。 スーツのポケットに入れた私用スマホが、小さく振動した気がした。 それは、ルルが何かを発信した合図かもしれない。


(……彼は今、病室でこれを見ているのかしら)


そう思った瞬間、塔子の中で何かが弾けた。 彼女は用意された原稿を伏せ、顔を上げた。 カメラのレンズを見据える。その奥にいる、病床の彼に向かって。


『……今回の選挙戦の最中、私はある友人が過労で倒れたと聞きました』


会場がざわつく。原稿にはない話だ。 秘書官が慌てた顔をするが、塔子は構わずに続けた。


『彼は、誰よりも真面目で、誠実で……そして自分のことよりも周りを優先してしまう、不器用なほど優しい人です。 誰に知られることもなく、黙々と社会の歯車を回し続けている。 今の日本を支えているのは、華やかなリーダーたちではなく、そういう名もなき人々の、献身的な労働です』


彼女の声に、熱が帯びる。 それは政治家の演説ではない。一人の人間としての、魂の叫びだった。


『私は誓います。 そんな彼らのような、正直で誠実な人々が、報われない世の中であってはならない。 彼らが安心して働き、そして安心して休める社会を作るために……私は、この命を燃やし尽くします』


一瞬の静寂の後。 地鳴りのような拍手が巻き起こった。 「そうだ!」「頼むぞ!」という声援が飛ぶ。 国民は、それを労働者全体へのメッセージだと受け取ったのだ。 けれど、塔子は知っている。 これは、たった一人――子狐ルル(小暮 譲)という、世界で一番誠実な友人への「私信」であることを。


   ◇


喧騒が去り、移動中のリムジンの中。 塔子は深くシートに沈み込み、震える手でスマホを取り出した。


「……届いたかしら。私のわがままなメッセージ」


SNSを開く。 そこには、数分前に投稿されたルルの言葉があった。


『友達や、いろんな方から温かい言葉をもらえて……。 僕は、本当に幸せ者ですね』


その一文を見た瞬間。 張り詰めていた塔子の表情が、音を立てて崩れた。


「……よかった」


彼女はスマホを胸に抱きしめ、窓の外の夜景を見つめた。 瞳から一筋、涙がこぼれ落ちる。 それは安堵の涙であり、勝利の喜びよりもずっと温かいものだった。


「……貴方が幸せなら、私も頑張れますわ。 ゆっくりお休みなさい、私のヒーロー」


車窓に映る彼女の顔は、『氷の女帝』ではなく、恋する乙女のような、柔らかく美しい笑顔だった。

毎日0時に1更新を目指して頑張っています。


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