第74話 同接7人の配信者ですが、最終プレゼンに現れた「財界の王」の威圧感に耐え、誠実さだけで案件を勝ち取った
「……次。御社だ」
東京、大手町。『ミコシバ・フロンティア』本社。 その最上階にある会議室は、重力が増したかのような重圧に包まれていた。
今日は、同社が公募した「次世代VRプラットフォーム」の基幹システムに関する最終コンペ。 競合他社が次々と「不採用」を言い渡され、顔面蒼白で退室していく中、ついに 小暮 譲たちのチームの番が回ってきた。
「し、失礼します……!」
小暮の上司(営業部長)は、入室した瞬間から足が震えていた。 無理もない。 正面の席に鎮座しているのは、日本のフィクサー 御子柴 厳蔵その人なのだから。
「……始めろ。持ち時間は5分だ」
厳蔵は、手元の資料に目を落としたまま、低い声で告げた。 その放つ覇気だけで、室内の気温が数度下がった気がした。 同席した営業部長はすでに萎縮して言葉が出ない。 末席に座る小暮は、こめかみの鈍痛をこらえながら、静かに立ち上がった。
(……やるしかない。現場のみんなのためにも)
ここ数週間、アレン、如月、剣崎といった「怪物」たちとの連戦で、心身の疲労はピークに達していた。 だが、不思議と頭は冴えていた。 極限状態ゆえの、ランナーズハイのような感覚だった。
◇
「……つまり、御社のシステムには『華』がない」
厳蔵が資料を放り投げる。 絶体絶命の空気。しかし、小暮は一歩前に進んだ。
「……あの、よろしいでしょうか」
小暮が、すっと手を挙げた。 部長が「バカ、余計なことを!」という目で睨むが、厳蔵の視線が小暮を捉えた。
「……ほう。技術担当か。言ってみろ」
小暮は深呼吸をした。 足は震えている。喉もカラカラだ。 でも、嘘をついたり、取り繕ったりすれば、この人は即座に見抜くだろう。 ならば、僕にできるのは、いつもの配信と同じこと――「正直に話す」ことだけだ。
「……正直に申し上げますと、弊社のシステムは、他社様より少しだけ処理が重いです。 最新の機能も、全部は載っていません」
「おい小暮!?」部長が悲鳴を上げる。 しかし、厳蔵は「続けろ」と顎をしゃくった。
「ですが……『止まりません』」
小暮は、真っ直ぐに厳蔵の目を見て言った。
「僕たちは、派手な機能よりも、バックエンドの『堅牢性』にリソースを全振りしました。 ユーザーが夢中で遊んでいる時、一番冷めるのは『エラー落ち』です。 楽しい時間を、システムの都合で中断させたくない。 ……どんなに地味でも、泥臭くても、ユーザーの『没入感』を最後まで守り抜く。 それが、僕たちの……技術屋としての『魂』です」
小暮の言葉は、拙いが、熱がこもっていた。 それは、かつてパーティー会場で語り合った「ゲームへの愛」そのものだった。
厳蔵は、じっと小暮を見つめていた。 その沈黙が、永遠のように感じられた。
やがて、厳蔵は口元をニヤリと歪めた。
「……地味で、泥臭い、か。 フン、聞こえは悪いが……『頑丈』ということだな?」
「は、はい!」
「よかろう。ワシが求めていたのは、上辺だけのスペックではない。 ユーザーの『楽しみ』を第一に考える、その愚直さだ」
厳蔵は、手元の不採用通知を破り捨て、契約書を手に取った。
「採用だ。 ……その『止まらないシステム』、ワシに見せてみろ」
「は……はいっ!! ありがとうございます!!」
◇
「やったな小暮! 大手柄だぞ!」
「お前、あんな度胸があったなんてなぁ!」
帰りのタクシー。 上司たちの興奮した声をBGMに、小暮はシートに深く沈み込んでいた。
(……よかった。本当に、よかった……)
安堵した瞬間、鉛のような重さが体を支配した。 手足の先が痺れているような感覚。 だが、小暮はそれを「大仕事を終えた心地よい疲れ」だと思い込もうとした。
「……今日は、帰って祝杯だな」
彼は薄れゆく意識の中で、早くリスナーたちに報告したい一心で帰路を急いだ。
◇
その夜の配信。
「みんな、ただいま……。今日はもう、ボロボロだよぉ」
小狐ルルは、魂が抜けたような顔で配信を始めた。 ただ、声は少し掠れているが、そのトーンは明るく、達成感に満ちていた。
「今日ね、最終プレゼンですっごく偉い人と対決……ううん、お話ししてきたんだ。 もうオーラが凄くて、睨まれただけで石になるかと思ったよ……」
ルルは、怖かった体験を語った。 でも、最後にこう付け加えた。
「でもね、僕が『ユーザーの楽しい時間を守りたい』って言ったら、笑ってくれたんだ。 ……怖かったけど、やっぱり、ちゃんと中身を見てくれる人だったな」
ルルが嬉しそうに報告すると、コメント欄には祝福の言葉が溢れた。
『ミケ: フン、当然だ。上に立つ者が本質を見抜けなくてどうする』
『カゲ: おめでとうございます、ルルさん! 貴方の誠実さが勝ったのですわ』
『ドクター: (赤スパ)今日は祝杯だな。脳の報酬系を満たしてやれ』
いつもの温かい場所。 小暮は、画面の向こうの仲間たちに囲まれ、最高の気分だった。
「へへ、ありがとう。 ……それじゃあ、今日は自分へのご褒美に」
小暮は、奮発して買ったプレミアムビールの缶を開けた。 プシュッ、という小気味よい音が響く。
「……みんなに、そして今日会ってくれた同士に。 かんぱーい……」
ルルがグラスを持つモーションをする。 小暮は缶を口に運び、冷たい液体を流し込んだ。
その、瞬間だった。
(……あ、れ?)
視界が、ぐにゃりと歪んだ。 手から缶が滑り落ちる感覚すらない。 世界が急激に遠ざかっていく。 張り詰めていた糸が、プツリと切れる音がした。
ガタンッ。
マイクに何かがぶつかる、鈍く重い音。 そして、小さく空気が漏れるような吐息。
『――あ……』
それを最後に、画面の中の小狐ルルが「停止」した。
小暮が机に突っ伏し、カメラの認識範囲から外れたため、トラッキングがロストしたのだ。 アバターは、乾杯のために少し首を傾げ、微笑んだ表情のまま。 まばたき一つせず、ピクリとも動かなくなった。
呼吸モーションもない。 物理演算による髪の揺れもない。 ただの「静止画」となったルルが、無音の画面に張り付いている。
『……ん?』
『フリーズした?』
最初はラグだと思ったリスナーたちが、異変に気づき始める。
『admin: ……パケットロスではない。映像は送出されているが、アバターが動いていない』
『リョウタ: おい、今の音……やっぱり、倒れた音じゃないか?』
『ミケ: おい! 返事をしろ!ルル!!』
厳蔵が、今日会ったばかりの青年の顔を思い出し、血相を変えて叫ぶ。 しかし、返事はない。
シーンと静まり返った配信画面。 凍りついた笑顔のままのルル。 聞こえてくるのは、マイクが拾い続けるPCのファンの回る音と、遠くで鳴る救急車のサイレンのような幻聴だけ。
それは、いつも彼らを癒やしていた「小さな灯火」が、あまりにも唐突に消えた瞬間だった。
――プツン。
数分後、配信が唐突に切断された。 真っ暗になった画面に、7人のリスナーたちの動揺だけが取り残された。
続く
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