第72話 同接7人の配信者ですが、炎上プロジェクトの会議で「死んだ目の戦友」と隣になり、無言の連携で修羅場を生き残った
「……では、この納期の遅れについて、誰が責任を取るつもりですか?」
火曜日の午後。都内の貸し会議室。 そこは、地獄の釜の蓋が開いたような修羅場だった。
複数の会社が絡む合同プロジェクト。仕様変更、連携ミス、予算超過……あらゆるトラブルが積み重なり、プロジェクトは炎上寸前。 今日の定例会議は、責任の押し付け合いと化していた。
小暮 譲は、末席で身を小さくしていた。 (帰りたい……。胃が痛いよ……)
彼の隣には、他社から派遣されてきた、同じく中間管理職とおぼしき男が座っていた。 くたびれたスーツ。整髪料で固めているが隠しきれない寝癖。 そして何より、「全てを諦めたような、光のない死んだ目」。
ふと、その男―― 田中 良太と目が合った。 言葉は交わさない。だが、その一瞬の視線だけで、二人の間には電流のような共感が走った。
(……アナタもですか)
(……ああ。お互い、貧乏くじ引いちまったな)
それは、社畜という名の戦場を生き抜く者同士だけが持つ、悲しきテレパシーだった。
◇
「おい、そこの! 御社の担当範囲の進捗、どうなってるんだ!」
親会社の部長が、田中に矛先を向けた。 田中が作成した資料は完璧だったはずだが、別会社の不手際でデータが届いておらず、説明がつかない状況だ。 田中が言葉に詰まる。
(マズい。このままじゃ彼がスケープゴートにされる……)
小暮は反射的に動いた。 手元の資料を素早く確認し、自分のPC画面をさりげなく田中の視界に入る角度に向けた。 そこには、未着データのログ解析結果である「他社の送信ミスである証拠」が表示されていた。
田中は一瞬目を見開き、すぐに微かに頷いた。
「……失礼ですが。その件については、サーバーのログを確認したところ、送信エラーの記録が残っております。 ですので、弊社側の進捗以前に、データ連携の不備かと」
「な、なんだと!?」
部長が怯んだ隙を見逃さず、小暮が追い打ちをかけた。
「あ、確かに。ウチの方でも同様のエラーを検知してますね。 これはシステム側の共通バグの可能性がありますから、個人の責任を問うのは時期尚早かと。 ねえ、田中さん?」
「……ええ。おっしゃる通りです、小暮さん」
初めて名前を呼び合った。 事前の打ち合わせなどない。 だが、二人の呼吸は、まるで長年連れ添ったダブルスのように完璧だった。
その後も、地獄の会議は続いた。 小暮が詰められそうになれば、田中が「そういえば、その件は先ほどの議題と関連して……」と巧みに論点をずらす。 田中が資料を探していれば、小暮が「こちらに予備があります」とスッと差し出す。
アイコンタクトと、あうんの呼吸。 死んだ目をした二人のオジサンが、無言の連携で、理不尽な弾幕を回避し続ける。 その姿は、まさに戦場を背中合わせで守り抜く「戦友」だった。
◇
「……お疲れ様でした」
3時間に及ぶ会議が、ようやく終わった。 誰もが疲労困憊で退室していく中、小暮と田中は、自販機コーナーの前で並んで缶コーヒーを開けた。
「……助かりました。貴方がいなかったら、胃に穴が開いてましたよ」
「いえいえ。こちらこそ、ログの件は救われました」
二人は、どちらからともなくポケットに手を突っ込んだ。
「これ、よかったらどうぞ。胃薬です」
「あ、奇遇ですね。僕はフリスクをどうぞ」
小暮が錠剤を差し出し、田中がタブレットを渡す。 現代の戦士たちの、ささやかな物々交換。
「……また、来週も(地獄)ですかね」
「でしょうね。……まあ、お互い生き残りましょう」
二人は短く言葉を交わし、それぞれの会社(戦場)へと戻っていった。 連絡先は交換しない。 名乗るほどの仲でもない。 ただ、同じ痛みを共有したという事実だけで十分だった。
◇
その夜。
『……ふぅ。こんばんはぁ……』
配信の小狐ルルは、あからさまに疲弊していた。
『今日はね、お仕事で修羅場の会議があって……。 もうダメかと思ったけど、隣の席の人がすごく出来る人でさ。 言葉も交わしてないのに、息がぴったり合って助けられちゃったよ』
ルルが安堵の息を吐くと、コメント欄に一つの書き込みが流れた。
『リョウタ: お疲れ様。 ……奇遇だな。俺も今日、似たようなことがあったよ。 死んだ目をした「戦友」のおかげで、なんとか生きて帰れた』
小暮は、そのコメントを見て、ふっと笑った。
「あはは、リョウタさんも? やっぱり、どこにでもいるんだねぇ。頼れる仲間って」
『リョウタ: ああ。名前も知らない相手だが……もしまた会えたら、今度は美味い酒でも奢りたい気分だ』
画面越しに、二人は乾杯した。 今日、隣の席で互いの社内政治的な命を救い合った相手が、まさにその人だとは露知らず。
小暮は胃薬を飲み、田中はフリスクを噛み砕きながら、それぞれの夜を癒やすのだった。
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