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第71話 同接7人の配信者ですが、トップアイドルの「凸待ち企画」に奇跡的に当選し、なぜか向こうから熱烈なラブコールを受けた

「……う、嘘……」


金曜日の夜。 小暮こぐれ ゆずるは、PC画面に表示されたメールを見て、手が震えていた。


『件名:【当選通知】天塚シエル「新人V応援!凸待ち企画」へのご参加について』


それは、国民的アイドルVTuber・天塚シエルからの招待状だった。 ダメ元で応募した企画に、まさか当選してしまうなんて。


「ど、どうしよう……。あの大スターと話すのか……。 へ、変なことを言って炎上したらどうしよう……」


小暮は胃薬を飲みながら、ガチガチに緊張していた。 一方、そのメールを送った張本人――橘 エリカ(名無し)は、高級マンションの自室で、配信開始のカウントダウンを見つめながら、妖艶に微笑んでいた。


「……ふふ。ルルちゃんを呼ぶ準備は万端。 でも、彼を世間に晒して、あの隠れ家(同接7人)を荒らされるのだけは勘弁ね」


彼女の指先が、配信機材の配線に触れる。 「推しと話したい」けれど「推しを誰にも渡したくない」。 その矛盾した欲望を叶えるため、彼女は「禁じ手」を使うことにした。


   ◇


『はい! それでは次の方をお呼びしましょう! ……もしもーし?』


YouTubeLIVE、天塚シエルのチャンネル。 数十万人が視聴する中、通話が繋がった。


『あ、あ、あの……はじめまして……! 個人で活動しています、小狐ルルと申します……! よ、よろしくお願いしますぅ……!』


『は、はいっ! はじめましてルルさん! 天塚シエルです!』


ルルの緊張した声が流れた、その瞬間。 エリカは躊躇なく、配信画面を映すキャプション映像出力のケーブルを引き抜いた。 同時に、マイクのミュートボタン(配信側のみ)を叩く。


プツン。 配信画面がブラックアウトし、視聴者への音声も途切れた。


『……あれ?』


コメント欄がざわつく。 『止まった?』『放送事故?』『音声も聞こえないぞ』


しかし、通話アプリだけは繋がっていた。


   ◇


「あ、あれ? シエルさん? 画面が真っ暗に……僕、何かやっちゃいましたか!?」


小暮はパニックになった。 自分のせいで、国民的アイドルの配信を壊してしまったのではないか。 すると、ヘッドホンから、シエルの焦ったような、しかし妙に落ち着いた声が聞こえてきた。


『……ご、ごめんなさい! ルルさん! こちらの機材トラブルです! どうやら映像と配信音声が落ちてしまったみたいで……!』


「い、いえいえ! 事故なら仕方ないですよ! シエルさんがご無事なら何よりです!」


小暮が優しくフォローすると、シエルは「復旧作業中」を装いながら、静かに語りかけた。


『……あの、ルルさん。復旧まで少し時間がかかります。 その間だけ……せっかくですから、オフレコでお話しさせてもらえませんか? 実は私、今回の応募に合わせて、ルルさんの配信アーカイブをいくつか拝見したんです』


「えっ? シエルさんが、僕のを? あぁ、お恥ずかしい……あんな地味な配信を……」


小暮は恐縮して身を縮こまらせた。 しかし、シエルは真剣なトーンで否定した。


『いいえ。特に……先日の「ボルトを磨く配信」。あれ、結構好きでした。 私、拝見していて……すごく救われた気持ちになったんですよ……』


『救われた……ですか?』


『ええ。私たちは普段、数字や流行に追われてばかりですから。 貴方が無心で錆を落とすノイズを聞いていたら、「あぁ、余計なものを捨てて、ただ磨けばいいんだ」って。 初心を思い出させてもらえたんです』


それは「いつも見ているファン」としてではなく、あくまで「たまたま見た同業者」としての感想を装った、エリカの本心だった。


『ルルさんの世界は、とても静かで、職人のような誇りを感じました。 ……この業界は騒がしいですから。貴方のようなスタイルは、とても貴重だと思います』


「……ありがとうございます。 トップアイドルの方にそう言っていただけるなんて……自信になります」


小暮は胸が熱くなった。 自分の地味な活動が、誰かの心に届いていたことへの感動。


二人の間に、温かい沈黙が流れた。 頃合いを見計らい、エリカはケーブルを手に持ち直し、切り出した。


『……そうだルルさん。ご相談なのですが。 この後の配信では、「回線トラブルで会話できなかったこと」にしようと思うのですが、大丈夫ですか?』


「えっ? あ、はい。それはべつに構いませんが……」


小暮が理由を問う前に、シエルはプロとしての建前を述べた。


『私のファンの方々は少し熱量が高くて……もし「裏で二人きりで話した」なんて知られたら、ルルさんに嫉妬の矛先が向くかもしれません。 貴方の大切な「静かな場所」を守るためにも……ここは私が「不運な事故」として処理します。 ……よろしいでしょうか?』


それは完璧な理屈だった。 そして何より、エリカ自身の「独占欲」を満たすための嘘だった。


「な、なるほど……! リスク管理ですね! 確かに、僕みたいな弱小がシエルさんと裏で話したなんてバレたら、炎上しかねません……。 わかりました。その流れで行きましょう」


小暮は深く納得した。 社会人として、その提案が最善であることは痛いほど分かった。


『ありがとうございます……! ご協力に感謝します、()()()()()


   ◇


カチャッ。 エリカがケーブルを差し直した。


『――あ! 復旧しました! ごめんなさいみんな! ちょっと機材が熱暴走しちゃって!』


配信が再開された。 シエルは「プロのアイドル」の顔に戻り、深々と頭を下げた。


『そして、お電話繋がっていた小狐ルルさん……。 こちらの不手際で回線が切れてしまい、お話しできませんでした。 せっかくの機会を台無しにしてしまい、本当にごめんなさい……!』


画面越しにも伝わる、痛切な謝罪。 視聴者たちは「シエルちゃん泣かないで」「ドンマイ」「ルルさんも不運だったな」と同情ムードになった。


『いえいえ、気になさらないでください。 またいつか、機会があれば』


小暮も話を合わせ、短く挨拶をして通話を終了した。 完璧な連携プレーだった。


   ◇


「ふぅ……。緊張したぁ……」


配信を終えた小暮は、どっと疲れが出て椅子に沈み込んだ。 チャンスを逃した形になったが、不思議と悔しさはなかった。 炎上リスクを回避できた安堵感と、裏でトップアイドルと「秘密の共有」をしたという事実が、心地よかった。


「『初心を思い出させてもらった』か……。 シエルさん、優しかったなぁ。また明日から頑張ろう」


彼はいつものように、自分の配信を開始した。 同接はいつもの7人。 登録者数も増えていない。平和なままだ。


『フクロウ: ルルさん来ましたね。コラボでしたっけ?お疲れさまです』

『リョウタ: さっきシエルちゃんとこ出てた? トラブルで即落ちしてたけど大丈夫か?』

『ミケ: 不運だったな。まあ、有名になりそこねたのはワシらにとっては僥倖だが』


小暮はマイクに向かって、穏やかに笑いかけた。


「うん。トラブルになっちゃったんだけどね。 でも、少しだけお話できて、すごく大事なことを教えてもらった気がするよ」


『名無し: (赤スパ)うんうん! トラブルは残念だったけど、ルルちゃんの声が元気そうでよかった! シエルちゃんも、裏できっと「素敵な配信者さんだったな」って思ってるはずだよ!』


画面の向こうで、エリカはしてやったりという顔ではなく、大切な宝箱に鍵をかけたような、安らかな笑顔を浮かべていた。


「……ふふ。これでルルちゃんは、私だけの秘密の推し。 誰にも教えないわ」


こうして、小暮の世界は平和なまま、しかしトップアイドルとの見えない絆だけが深まっていくのだった。

毎日0時に1更新を目指して頑張っています。


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