第69話 同接7人の配信者ですが、納品トラブルで「天才科学者」に呼び出され、職人の意地で無理難題を解決した
「……解せんな。なぜこのような非合理な配管にした?」
とある化学工場のプラント内。 白衣を翻した 如月 恭介は、不機嫌そうに頭上のパイプを見上げていた。
今日は、以前恭介が開発し、小暮の会社経由で納品された『新型冷却スプレー』の再評価と、現場環境のデータ収集の日だった。 しかし、現場に到着した恭介は、冷媒を循環させる配管レイアウトを見て、眉をひそめたのだ。
「最短距離で接続すれば、熱輸送ロスは最小限に抑えられる。 なのに、なぜわざわざ天井を迂回させ、歪なカーブを描かせている? これでは私のスプレーの性能が100%発揮されないではないか。 ……設計担当者はどこだ! 話を聞かせろ!」
恭介は、単に怒っているのではない。 自分の理論値が、現場の判断によって「最適ではない形」で運用されていることへの、純粋な技術的疑問と苛立ちだった。
「す、すみません! お待たせしました!」
そこへ、ヘルメットを被った小暮が息を切らして駆けつけた。
「……君か、小暮くん」
恭介は、相手が小暮だと分かると、少しだけ表情を緩めた。 以前のやり取りで、彼が技術に対して誠実な人間であることを知っているからだ。
「君なら話が早い。……説明したまえ。 なぜ理論値を無視して、配管長を1.5倍も長くした? 君ほどの人間が、無意味な設計をするとは思えんが」
恭介の鋭い問いかけに、小暮はヘルメットを被り直し、図面を広げて真っ直ぐに答えた。
「……恐縮ですが、博士。逆なんです。 博士のスプレーの性能が、あまりにも凄すぎるからです」
「……ほう?」
「当初は理論値通りの最短ルートで設計しました。 ですが、試運転をしたところ、配管の表面温度が想定以上に低下しました。 もし最短ルートを通すと、通路を歩く作業員の肩口に冷気が直撃します。 このスプレーの威力だと、長時間の作業で体調を崩す恐れがありました」
小暮は、配管を指差しながら続けた。
「博士のスプレーは、これだけ迂回させても十分な冷却能力を維持しています。 だからこそ、あえて効率を数パーセント落としてでも、作業員が安全に動ける『逃げ』を作ったんです」
「……ヒューマンファクターへの配慮か。だが、純粋な熱力学的には……」
「それに」
小暮は、さらに言葉を重ねた。
「熱応力の問題もあります。 博士の理論値は『定常状態』が前提かと思いますが、この工場は朝晩の寒暖差が激しく、配管の伸縮が起きます。 最短距離でガチガチに固定すると、半年で継ぎ目にクラックが入ります。 この『歪なカーブ』は、その熱歪みを吸収するための……我々職人の『経験則』なんです」
小暮の言葉には、長年現場で機械と向き合ってきた者だけが持つ、確かな重みがあった。
恭介はしばらく配管を睨みつけていたが、やがてフンと鼻を鳴らした。
「……なるほど。現場ならではの不確定要素か。 いいだろう。その『経験則』とやらが正しいかどうか、私が検証する」
恭介はそれ以上の修正命令を出さず、踵を返した。 だが、その目は「納得」ではなく、新たな「探究心」に燃えていた。
◇
その夜。大学の研究室。 恭介は、スーパーコンピュータ『天元』のコンソールに向かっていた。
「……通常のシミュレーターでは変数が足りん」
彼は、先ほどの工場の『3次元レーザースキャンデータ』を取り込み、さらに現地の過去10年分の気象データ、建屋内の微細な気流、さらには作業員の動線による熱源移動までも計算モデルに組み込んだ。 通常なら考慮しない、しかし確実に存在する微細な要素を全て網羅した、完全な仮想空間を構築したのだ。
「配管A(最短ルート)と、配管B(小暮の設計)。 ……シミュレーション開始」
膨大な計算の末、モニターに弾き出された結果を見て、恭介は息を呑んだ。
最短ルートの場合、初期性能こそ高いが、熱疲労の蓄積により『故障率』が半年後から急激に上昇していた。 対して、小暮の設計したルートは、冷却効率こそ3%落ちるものの、故障率はほぼゼロで横ばい。『継続稼働性』において、圧倒的な優位性を示していたのだ。
「……馬鹿な。 あの男、高度な流体解析シミュレーターも回さずに、この『最適解』にたどり着いていたというのか?」
恭介は、戦慄した。 自分がスパコンをフル稼働させてようやく導き出した答えを、あの男は現場の空気と感覚だけで見抜いていた。
「……現場の『経験則』とは、これほどまでに高精度な演算処理なのか。 小暮くん。君の脳内には、私が知らないアルゴリズムが実装されているようだな」
◇
『……ふぅ。みんな、こんばんは……』
その夜の配信。 小狐ルルの声は、少し枯れていた。
『今日はね、お仕事ですっごく頭の良い博士と議論になっちゃって……。 でも、僕たちの現場のこだわりを伝えたら、なんとか分かってもらえた……かな? やっぱり、すごい人と話すと緊張してドッと疲れちゃうねぇ……』
ルルは、ぐったりと椅子にもたれかかっている。 コメント欄には、事情を知る人物からの書き込みが流れた。
『ドクター: (赤スパ)……きっと君の現場判断は正しかった。 その博士とやらはおどろいているはずだ ……理論だけでは到達できない境地があることを、君は証明したんだろうな』
「えっ? ドクターさん、スパチャありがとう! ……ふふ、なんか今日の博士と同じこと言ってる。 僕のこだわり、間違ってなかったのかな。嬉しいな」
小暮はホッとしたように笑った。 その笑顔を見ながら、恭介は研究室でコーヒーを啜った。
「……当然だ。 スパコンと同等の『答え』を出せる男を、私が評価しないわけがないだろう」
天才科学者が、町工場の職人の「直感」という名の超高速演算に敬意を表した夜だった。
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