第68話 同接7人の配信者ですが、システム開発の会議で「世界のCEO」と対峙し、胃薬片手に人間味(バグ)の必要性を説いた
「……ありえない。なんでウチみたいな中小企業に、あのアレンCEOが直接来るんだ!?」
週明けの月曜日。 小暮 譲の勤める会社は、ハチの巣をつついたような騒ぎになっていた。
事の発端は、米国Nebula Corpが開発した最新鋭のBIフレームワークの導入だ。 本来なら導入コストだけで数億円は下らない代物だが、今回は「特定の条件を満たす日本企業に限り、試験的に無料提供する」というキャンペーンに、奇跡的に小暮の部署が合致したのだ。
その条件とは、『従業員数〇〇名以下』『レガシーな生産管理システムを使用』そして『特定の型番のサーバー(小暮が管理しているもの)が現役稼働中であること』……。 あまりにもピンポイントすぎる条件だったが、上層部は「ラッキーだ!」と飛びついた。 まさかそれが、世界最強のハッカーによる「推しに会うための口実」だとは露知らず。
「小暮君! 胃薬持ったか!? ネクタイ曲がってないか!?」
「ブ、部長、落ち着いてください……」
小暮自身、胃がキリキリと痛んでいた。 相手は、IT業界の神。自分のような平社員が顔を合わせるような相手ではない。
◇
「――ようこそお越しくださいました、ミスター・アレン!」
重役たちが平身低頭で出迎える中、会議室に現れたのは、黒いパーカーにジャケットを羽織っただけの青年――アレンだった。 後ろには、優秀そうなエンジニア集団を従えている。
その場にいるだけで空気が張り詰めるような、圧倒的なカリスマ性。 アレンは鋭いアイスブルーの瞳で室内を一巡し、末席に座っていた小暮を見つけると、ふっと表情を緩めた。
「……やあ、ミスター小暮。久しぶりだね」
「へっ!?」
「「「はぁぁっ!?」」」
役員たちの顎が外れそうになった。 小暮も目を白黒させる。
「え、あ、あの……」
「忘れたのかい? 以前、都内の技術展示会であんなに話し合っただろう。 君の機材を見る目は、とても印象的だったからね」
アレンはサラリと嘘をついた。 実際は「そんな出来事よりずっと前から一方的に知っている」だけだが、表向きの理由作りは完璧だ。
「さあ、始めようか」
アレンが着席し、地獄の会議が始まった。
◇
会議は、Nebula Corp側の独壇場だった。 彼らの提示するワークフローは合理的で、無駄がなく、美しいほど洗練されていた。 しかし――。
「……ミスター小暮」
アレンが、スクリーンに映し出された小暮の作成した業務フロー図を指差した。 その声は穏やかだが、CEO特有の絶対的な圧力を含んでいた。
「君の設計したこの承認プロセスだが……効率が悪いね。 ここの確認作業はAIで自動化できる。なぜわざわざ、人間がハンコを押すような工程を残しているんだい? これはリソースの浪費だ」
部屋の空気が凍りついた。 役員たちは「終わった」という顔をしている。 小暮の胃袋は限界だった。 しかし、現場を知る責任者として、ここで引くわけにはいかない。
「……お、お言葉ですが、ミスター・アレン」
小暮は震える手でマイクを握り、必死に言葉を紡いだ。
「確かに、数字上の効率は悪いです。 ですが、日本の……特に我々のような下請け構造の現場では、『顔の見えるやり取り』が、エラー発生時の防波堤になるんです」
「防波堤?」
「はい。AIで自動化すれば速いですが、例外処理が起きた時、現場はパニックになります。 あえてここに『人間が確認する』というワンクッションを入れることで、担当者は責任感を持ち、柔軟な対応が可能になるんです。 この『無駄』こそが、我々の品質を支える……いわば、必要なバグなんです」
言い切った。 小暮は脂汗をかきながら、アレンの反応を待った。 怒られるか? 契約破棄か?
アレンは少しの間、無言で小暮を見つめていたが、やがて「……フッ」と小さく笑った。
「……なるほど。『信頼』を担保するための冗長性か。 合理性だけでは測れない、日本特有のユースケースだ」
彼は後ろに控えるエンジニアたちに振り返った。
「聞いたか? どうやら我々のフレームワークには、『曖昧さ』を許容するモジュールが欠けていたようだ。 ……おい、今の彼の意見をベースに、日本リージョン向けの仕様を再設計しろ。今すぐだ」
「「「イエス、ボス!」」」
そこからは、怒涛の展開だった。 「その『人間味』を数値化するには?」「承認プロセスの重み付けは?」 アレンとエンジニアたちから、矢継ぎ早に質問が飛んでくる。 小暮は「えっ、あ、えっと、現場の感覚で言うと……」と、必死に千本ノックに応戦した。
(か、帰りたい……! 胃が痛い……!)
世界最先端の頭脳集団と、町工場のオジサンの、奇妙な熱気に包まれたディスカッションは、夕方まで続いた。
◇
「……つ、疲れた……」
帰宅した小暮は、玄関で崩れ落ちそうになった。 魂が抜けたようにシャワーを浴び、這うようにPCの前へ。 今日はもう休みたい。でも、この疲労感を誰かに聞いてほしい。
『こんこん……こんばんは、ルルだよぉ……』
いつもの元気な挨拶も、今日はヘロヘロだ。
『今日はね、お仕事で……すっごく偉い人と会議があって……。 もう、胃がなくなるかと思ったよぉ……』
ルルが弱々しく愚痴をこぼす。 リスナーたちが「よしよし」「お疲れ様」と慰める中、一つのコメントが流れた。
『admin: (スパチャ)お疲れ様。 ……ルル君の現場に対する誠実な姿勢、目に浮かぶようだよ。 今日はゆっくり休んでくれ。……良いバグを見せてもらった』
そのコメントを見て、小暮は不思議そうに首を傾げた。
「adminさん、ありがとう……。 なんか、今日の偉い人も『バグ』って言ってたなぁ。 ……ふふ、偶然だね」
画面の向こうで、アレンが満足げにコーヒーを飲んでいることなど、彼は知る由もない。 小暮は、世界のCEOに認められた自信を胸に、今夜は泥のように眠るのだった。
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