第67話 【閑話】同接7人の配信者ですが、家電量販店の「後輩」と買い物デートすることになった
デート回その2です……!!
「……また、変わったケーブルが欲しくなって来てしまった」
休日の表参道。 小暮 譲は、人混みの中で少し後悔していた。 配信用の新しいオーディオインターフェースを探しに来たのだが、やはりこの街のキラキラした空気は、中年のおじさんには眩しすぎる。
「さっさと用事を済ませて帰ろう……ん?」
ふと、路地裏の方から、困っているような女性の声が聞こえた。
「ですから、結構ですってば」
「いやいや、お姉さん! 絶対に才能あるよ! 俺の目は誤魔化せないって! 地下アイドルから始めて、武道館目指そうよ!」
見ると、深めに帽子を被り、メガネとマスクをした少女が、柄の悪そうなスカウトマンにしつこく絡まれていた。 少女は明らかに不快そうだが、大声を出すわけにもいかず、逃げあぐねている。
(……あ、あの子は)
小暮は、その佇まいに見覚えがあった。 以前、家電量販店のマイク売り場で、熱心に機材の質問をしてきた 「初心者の女の子」だ。
(困ってるな……。よし)
小暮は、迷わずその場に割って入った。
「――すみません。うちの娘(みたいな子)が、嫌がってるでしょう」
「あ?」
スカウトマンが睨んでくる。 しかし、小暮は動じない。 普段、会社で理不尽な上司や取引先に頭を下げ慣れている彼は、こういう手合いの「あしらい方」も心得ているし、何より「父親としての威厳」が自然と滲み出ていた。
「待ち合わせに遅れてすみませんね。……ほら、行くよ」
小暮が自然に背中を向けると、少女はパァッと表情を明るくし、小走りで彼の背後に隠れた。
「……チッ。親父同伴かよ。過保護だな」
スカウトマンは、小暮のあまりに自然な「保護者ムード」に毒気を抜かれ、舌打ちをして去っていった。
◇
「……助けていただいて、ありがとうございます」
「いえいえ。ご無事で何よりです。……えっと、以前電気屋さんで会った」
安全な場所まで移動すると、少女――橘 エリカは、マスクをずらして安堵の息を吐いた。
「はい! あの時はありがとうございました、先輩!」
「先輩?」
「ええ。私にとって貴方は、機材のことを教えてくれた頼れる『先輩』ですから!」
エリカは機械音痴の後輩設定を崩さず、無邪気な笑顔を向けた。 小暮は「先輩」と呼ばれて悪い気はしなかったが、少し照れくさそうに頭をかいた。
「まさか、こんなところでお会いするなんて」
「私もです。……そうだ、先輩。今日はお一人ですか?」
「ええ。機材を見に来たんですが、ついでに服でも買おうかなと思って」
小暮が自分の少し草臥れたシャツに視線を落とすと、エリカの目がキラリと光った。
「それなら、私にお任せください! 先日のお礼に……私、先輩をコーディネートして差し上げます!」
「えっ? いや、そんなの時間も取らせちゃうし悪いよ」
「いいえ! させてください! 先輩には機材のことを教わりましたから、お返しに私がファッションを教えます!」
有無を言わせぬ押し出しの強さ。 小暮が断る間もなく、彼女は楽しそうに彼の腕を引いた。
(カゲさんなんかに負けないわ。私のプロデュース能力で、貴方を一番輝かせてあげる!)
◇
そこからは、エリカの独壇場だった。 表参道のセレクトショップを巡り、彼女は次々と服を選んでいく。
「先輩は姿勢が良いから、ジャケットは少し細身の方が似合います」
「色はネイビーより、このチャコールグレーの方が渋くて素敵です!」
彼女が選ぶ服は、派手すぎず、しかし小暮の「落ち着いた大人」の魅力を最大限に引き出すものばかりだった。 試着室から出た小暮を見て、エリカは頬を染めた。
「……うん。やっぱり、素材が良いから磨けば光りますね」
「え? 何か言った?」
「い、いえ! すごくお似合いですって言ったんです!」
小暮もまた、楽しそうに服を選ぶ彼女を見て、微笑ましい気持ちになっていた。
(電気屋で会った時はおっちょこちょいな子だと思ったけど……やっぱり年相応のオシャレな女の子なんだなぁ)
◇
買い物の後、二人は隠れ家的なカフェに入った。
「ふぅ……。今日は楽しかったです。ありがとうございました、先輩」
「こちらこそ。自分じゃ選ばない服ばかりで、新鮮だったよ」
コーヒーを飲みながら、エリカは少し伏し目がちに、探るような視線を向けた。
「あの、先輩。 ……こういうふうに、若い女性と二人でお買い物とか、よくされるんですか?」
「え? いやいや、滅多にないよ。おじさんだし」
「そうですか? でも、その……奥様とか、特定のパートナーの方とか……怒られたりしませんか? 私なんかと歩いていて」
彼女の核心を突く質問。 小暮は苦笑して首を横に振った。
「いないよ、そんな相手。 毎日仕事と趣味で手一杯だし……僕みたいなのと付き合ってくれる奇特な人なんて、いませんから」
その言葉を聞いた瞬間、エリカの表情が、花が咲いたように明るくなった。 (……よかった! まだ「特定の誰か」のものじゃない!)
「……いますよ。奇特な人」
「え?」
「ふふっ、なんでもないです」
エリカは悪戯っぽく微笑むと、自分のスマホを取り出した。
「そうだ、先輩。 また機材のこととか教えていただきたいので、連絡先、交換していただけませんか? 今日のお礼も、改めてしたいですし」
「お礼なんて!今日、買い物に付き合ってもらっただけでもありがたかったよ……!」
「でも……結局、私も楽しんじゃったので……ねぇ?」
「うーん……まあ……僕ので良ければ」
少し悩んだが小暮は結局、連絡先を交換するのを了承した。彼女の表情から警戒する自分が馬鹿らしく感じてしまったからだ。
そして、ピロン♪ と小暮のスマホに『エリカ』のアカウントが追加された。 もちろん、彼にとって彼女は「電気屋の後輩」であり、まさか国民的アイドルの天塚シエルだとは夢にも思っていない。
◇
「それじゃあ、また!」
駅の改札で小暮と別れた後。 エリカは上機嫌でスキップしそうな足取りだった。
その途中。 さっきの悪質スカウトマンが、懲りずに別の女の子に声をかけているのが見えた。
「ねえ君! 原石だって! 俺に任せれば……」
エリカは立ち止まり、一瞬だけサングラスをずらした。 そして、数万人の観客を熱狂させる『天塚シエル』の絶対的なオーラを解放し、冷ややかな流し目を送った。
(……私の「パパ」に手を出そうなんて、100万年早いのよ。三流さん?)
「ヒッ……!?」
スカウトマンは、その圧倒的な「格の違い」と眼力に射抜かれ、腰を抜かしてへたり込んだ。 「あ、あれ……天塚……シエル……!?」
エリカはフフッと笑い、サングラスを戻すと、小暮の連絡先が入ったスマホを愛おしそうに撫でた。
「ふふ。今日は最高のオフだったわ。 ……覚悟してくださいね、先輩。これからもっと、私色に染めて差し上げますから」
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