第四章 溺れる夜
【第四章 溺れる夜】ーーーーーーーーーーーーーー
あの晩、俺は眠らなかった。
横になれば、すぐに胸の奥へ水が流れ込んでくる。
だから、膝を抱えて壁にもたれ、目を開けたまま時をやり過ごそうとした。
午前一時四十五分。
部屋の温度が急に下がった。
まるで窓を全開にしたみたいな冷気が、畳の目をすり抜けて這い上がってくる。
呼吸をすると、湿った塩の匂いが鼻の奥を焼いた。
すぅー……ふぅー……。
また、あの音だ。
今回は、一息ごとに部屋の空気が少しずつ重くなる。
気づけば、足首が濡れていた。
見下ろすと、畳の隙間から黒い水がじわじわと染み出してきている。
水は音もなく膝まで達した。
足元で、何かがゆっくりと揺れ動いている感触がする。
恐る恐る目を凝らすと、白く膨らんだ指先が、水の中で俺の足首をつまんだ。
思わず立ち上がろうとした瞬間、腰のあたりまで一気に水がせり上がった。
濁った水面に、ぼんやりと顔が浮かんでいる。
瞳は閉じられ、口だけがゆっくりと開閉を繰り返していた。
その口から――すぅー……ふぅー……と音が漏れる。
部屋の天井近くまで水位が上がる。
俺は必死で息を止めるが、肺が焼けるように苦しい。
視界の端で、壁の中や天井裏からも人影が水中へ滑り出してくるのが見えた。
十人、二十人、もっと。
全部、かつての“二号室”の住人たちなのだろうか。
誰も目を開けない。
ただ、同じ呼吸を繰り返しながら、俺を包み込むように近づいてくる。
息が限界に達した瞬間、口が勝手に開いた。
冷たい水が喉を満たし、肺へ流れ込む。
海底のような静けさの中で、俺の耳にだけ、はっきりと声が届いた。
――これで、やっと眠れる。
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